第463話 閑話: 妙案





 いつも通りにラインハルトは帰宅した。アドリアンやオーレリアンも一緒だ。


 2人に仕事場の様子などを聞きながら、離宮に戻る。




「お帰りなさいませ」




 アントンが扉を開けた。


 その表情に、ラインハルトは違和感を覚える。何か言いたいことがありそうに見えた。


 その理由に直ぐに気づく。


 出迎えた家族の中にマリアンヌの姿がなかった。


 エイドリアンが微妙な顔をしてこちらを見ている。


 ラインハルトはそんな息子に微笑んだ。




「ただいま」




 声をかける。優しく頭を撫でた。子供達の中で、ラインハルトが一番接点を持っているのはエイドリアンだ。


 マリアンヌたちが息子と共にアルステリアに行って以来、一番気にかけてもいる。






「おかえりなさい」




 エイドリアンは小さく微笑んだ。


 それにラインハルトも微笑み返す。そして執事を見た。




「アントン」




 呼ぶ。




「はい」




 何を聞かれるかわかっていたアントンは初めから待ち構えていた。




「マリアンヌ様は体調を崩されて寝ています。医者と産婆を呼びましたが、貧血だということです。念のため、2~3日は安静にするようにとのことです」




 ラインハルトが聞きたいことを全て言う。




「……そうか」




 ラインハルトはため息混じりに頷いた。


 マリアンヌは意外と無理をする。自分の元気を過信しているところがあった。たまに体調を崩す。妊娠期間中はその頻度が普段より高かった。




「すぐ会いに行かれますか?」




 アントンは聞く。


 ラインハルトはちらりとアドリアンとオーレリアンを見た。


 2人は心配そうな顔をしている。マリアンヌが体調を崩した時に遭遇したことがあまりなかった。 




「そうだな。2人も気になっているようだから、そうしよう」




 ラインハルトはアドリアンたちを連れて、寝室に向かった。












 寝室ではマリアンヌが寝ていた。


 付き添っていた産婆のおばあさんはカウチに座っている。


 ラインハルトを見て、立ち上がった。




「どうだ?」




 ラインハルトは様子をおばあさんに尋ねた。




「疲れが出たのでしょう。休んでいれば大丈夫です」




 おばあさんは答えた。




「そうか。ご苦労だった」




 ラインハルトは労をねぎらう。




「では、わたしはこれで」




 ラインハルトに報告するため、帰ってくるのを待っていたおばあさんは仕事を終えて帰って行った。


 それをアドリアンとオーレリアンが不安そうに見送る。




「ついていてもらわなくて、平気ですか?」




 オーレリアンは尋ねた。




「2人は知らないだろうが、こういうのは初めてではない」




 ラインハルトは苦笑する。




「放っておくと、無理をする人なんだ。でも、止めても聞かないからね」




 やれやれという顔をした。


 その言葉に、アドリアンとオーレリアンは顔を見合わせる。


 心当たりがありすぎた。




「それ、普通に悪口ですよ」




 不満そうな声が響く。


 マリアンヌが目を覚ましていた。




「起こしたか?」




 ラインハルトは申し訳ない顔をする。




「いいえ。寝すぎて、もう眠れない感じなので」




 マリアンヌは首を横に振った。ゆっくりと身を起こす。


 さっとラインハルトは手を貸した。


 こういう時、2人の間に愛を感じてアドリアンはちょっと照れくさい気持ちになる。




「それより、ちょうどいいのでこの状況を利用してしまいましょう」




 マリアンヌはそんなことを言った。




「何の話だ?」




 ラインハルトは首を傾げる。




「体調不良につき、今年の社交は招待を受けるのも招待するのもお休みしようと思います」




 マリアンヌは宣言した。


 ラインハルトも息子達も、ぽかんとした顔でマリアンヌを見る。




「休んでいる間にそんなことを考えていたのか」




 ラインハルトは呆れた。




「暇なので、いろいろ考えてみました」




 マリアンヌは答える。




「妊娠中に、あちこちに気を遣ったりするのが嫌になりました」




 きっぱりと言った。




「来年が大変になるだけだと思うが、それでいいのか?」




 ラインハルトは尋ねる。


 今年出来ない分、貴族達は気合を入れるだろう。




「まあ、来年は産んだ後ですから。少しは元気でいろいろ考える余裕もあるのではないですかね?」




 どこか他人事のようにマリアンヌは言った。




「お前達はそれでいいのか?」




 ラインハルトは息子達を見る。




「母が心配なので、パーティに出ずに家にいようと思います」




 にっこりと答えたアドリアンに、ラインハルトはただ苦笑した。




「そんなところだけ似るな」




 困った顔をする。




「母様の息子ですから」




 アドリアンの言葉は妙な説得力を持っていた。

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