第431話 閑話:双子(中)
誉められたクロードは大変複雑な顔をした。目の前の男が自分より優秀なことに、なんだか腑に落ちないものを感じる。
クロードは王族に生まれた。将来は自分が王位を継ぐだろう。そのため、小さな頃から周りの期待を一身に受けていた。
跡継ぎの王子を有能に育てるべく、周囲は王子が5歳になる前から優秀な家庭教師を用意し、最上級の学習環境を整えた。勉学も剣術も一流の講師に習い、それに見合う成果をクロードは上げる。
自分が優秀であることにクロードは疑いを抱かなかった。
そして7歳の時、寄宿学校に入学する。
この寄宿学校は誰でも入学できるわけではない。王族や上級貴族などのいわゆる上流階級の人間に限られ、それを成績でふるい落とす。どんなに地位が高くても、成績が悪ければ入学の許可は下りなかった。
おかげで、この学校を卒業するとそれだけで箔がつく。横や縦の繋がりも出来、それだけでもこの先の人生が有利になった。
クロードはその学校にトップの成績で入学する。その後も首位を維持した。学年の途中から双子が編入してくるまでは。
双子は編入当時からとにかく目立った。
それは華やかな容姿のせいばかりではない。2人がアルス王国の皇太子の息子であることに誰もが注目した。
アルス王国と言えば、保守的で閉鎖的な大国だ。広大な領地と豊かさで大陸一番の大国なのに、ほとんどどの国とも交流していない。鎖国状態に入ったのは200年くらい前だと聞いている。それ以前はこの学校にもアルス王国の王族が通っていたことがあるそうだが、鎖国してからは途絶えていた。そんなアルス王国の王子が2人、入学したのだ。各国の王族の子弟は親からなんとしても交流を持てと厳命される。将来、2人のうちのどちらかが国王になる可能性は高い。その時、国交を持てたら国の発展に繋がる。
そんな打算が2人の周囲には渦巻いていた。
そしてそれは本人達もわかっていたのだろう。必要以上は他人を寄せ付けない。当たりは柔らかいのに、誰も踏み込ませなかった。表面上の付き合いは出来ても、親しくなることは誰にも無理だ。
双子はいつも2人でいる。2人一緒の時は、そこに誰も入っていけない雰囲気を醸し出していた。
周りは双子を遠巻きに眺めるしか出来ない。それはクロードも同様だ。親から親しくするように言われていたが、声も掛けられない。初めて言葉を交わしたのは、5年になって生徒会に選ばれた時だ。アドリアンから声を掛けられる。
正直、覚えられているとは思わなかったから名前を呼ばれて驚いた。
それからは生徒会絡みで一緒に行動することが増える。仕事も分担した。
自分が優秀で良かったと、クロードは思う。成績は直ぐに抜かれたが、腐らず、3位をキープし続けた。
そんなクロードのことを双子は認識していたし、生徒会2年目の今年はだいぶフランクに話をするまでになっている。
友人くらいには思われているだろうと、クロードは自負していた。
「クロードの一番いいところは、私とオーレリアンの邪魔をしないところだよね」
アドリアンはそんなことを言いながら、頭を撫でるオーレリアンの手を掴む。自分の口元に持ってきて、チュッチュッとキスをした。
「……」
それを何とも生ぬるい目でクロードは眺める。
ちなみに、自分と話をしているのはアドリアンだけで、オーレリアンは何か資料のようなものを熱心に読んでいた。時折、考え込む顔をしている。
アドリアンが自分の手にキスしていることは全く気にしていなかった。
(手ぐらい、なんでもないのだろうな。普通に口にキスしているのだから。しかも、舌を入れるような濃厚なやつ)
クロードは初めて2人がキスしているのを目撃した時のことを思い出した。
場所はやはり生徒会室だ。いつも一緒にいる2人だが、離れなければいけない時だって当然ある。数時間引き離され、アドリアンは目に見えて不機嫌になっていった。
仕事を大急ぎで終わらせて、オーレリアンのところに戻る。
ソファに座っていたオーレリアンを押し倒して上から覆い被さったと思ったら、キスしていた。触れるだけのキスではないのは直ぐにわかる。口の中で舌が蠢いているのが外からでも見て取れた。
クロードは唖然としたが、オーレリアンは全く動じない。アドリアンの気がすむまで、好きにさせていた。慣れているらしい。
後から聞いたが、舌を入れてくるのは赤ちゃんの頃からずっとだそうだ。今さら何とも思わないと言ったオーレリアンもだいぶ変わっている。
アドリアンは満足したのか唇を離すと、そのままオーレリアンにしがみついていた。
何事もなかった顔で、仕事をきちんと終えてきたのかオーレリアンはアドリアンに確認する。
アドリアンはきちんと終えたから誉めろと要求した。
よしよしとその頭をオーレリアンは撫でる。
それを見ながら、2人は本当に自分達以外、他人を必要としないのだとクロードは気づいた。
2人の間に割って入らず、2人が何をしていても気にしないことにする。それが2人との適切な距離だと察した。
ちなみに、さすがにキス以上のことは2人もしていないようだ。尤も、それ以上の何かがあったとしてもクロードが口を出すことではない。
そんなクロードの態度を2人は気に入った。側にいることを許容する。
「邪魔はしないが、心配はしているよ。アルス王国の未来を」
クロードは独り言のように呟いた。
「国の未来? 心配ないだろう。祖父も父も有能だ」
アドリアンは答える。
「発展とか話はしていない。今の国王もその次を継ぐ皇太子も有能なことは知っている。国交がほぼなくてもそのくらいの情報は入るよ」
クロードは苦く笑った。
「ふうん」
アドリアンは意味深な顔をする。
オーレリアンもクロードを見た。2人の会話は聞こえていたらしい。
「そんな顔をしてもニュースソースを教えるわけないだろ」
問われる前に、クロードは断った。
2人は何も言わない。
「私が心配しているのは、将来、アドリアンやオーレリアンが妃を貰う時のことだ。オーレリアンの妃を呪い殺したりするなよ?」
クロードは冗談ではなく、本気で心配する。アドリアンならやりかねない気がした。自分とオーレリアンの間に入り込もうとする人間はどんな手段を使ってでも排除するだろう。
「それは大丈夫だ。王族として、子供を作るのは仕事だ。放棄出来ないのは知っている」
妙に理性的な言葉がアドリアンから返ってきた。
「そこはいいんだ」
クロードは拍子抜けした顔をする。オーレリアンが妃を娶ることを、アドリアンは絶対に許さない気がしていた。
「王族として生まれたからには、義務として果たさなければいけない仕事がある。アルス王国は跡継ぎの男子がいないと皇太子にはなれないんだ。条件を満たすために必要なことに目くじらを立てるつもりはない」
アドリアンは冷静に答える。
(それはそれでなんか怖いものがあるな)
クロードはそう思ったが、それ口に出すほど愚かではないので飲み込んだ。
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