第313話 外伝 第二章 5 選択




 夕食後、国王は自室に引きこもった。


 侍従長がお茶を淹れる。


 ブランデーを少し垂らしてあった。


 飲むとほわっと身体が温かくなる。




「はあ……」




 珍しく、国王はため息を洩らした。


 王宮で育った国王はポーカーフェイスが得意だ。


 動揺を顔に出すことはほとんどない。


 だがそれでも、昼間のマリアンヌの話は衝撃が大きかった。


 転生会がアドリアンに接触をはかったことを報告されていない。


 自分の耳に入らなかったことに驚いた。


 王宮での出来事は全て自分の耳に入るようにしていたつもりだ。


 国王はまず、メアリの職務怠慢を疑う。


 マリアンヌに絆されて、報告を怠ったのではないかと思った。


 メアリはマリアンヌに肩入れしているところがある。


 だが、そうではなかった。


 メアリも転生会の話は知らなかったらしい。


 メアリは基本、マリアンヌについていた。


 その身を守ると共に、監視の役目がある。


 それはつまり、マリアンヌが直接目にしなかったことは知りようがないというとになる。


 今回、転生会がアドリアンに接触をはかったのは母親のマリアンヌがいない時だ。


 マリアンヌがアドリアンから話を聞いたのは日が経ってからだし、それはメアリさえ排除した三人きりの時だ。


 メアリはその話を知りようがない。


 その後、アントンを通じてマリアンヌは庭師を探した。


 しかしその時、どんな理由で庭師を探しているのか、マリアンヌは説明しなかった。


 メアリもアントンもそれが転生会絡みだなんて思いもしなかった。


 知らないことは報告のしようがない。




「孫たちにも誰かつけないと駄目と言うことか」




 国王はやれやれという顔をした。


 アドリアンが生まれて、転生会の動きは落ち着いた。


 シエルを国王に推すより、アドリアンを国王に推すほうが真っ当で簡単だ。


 転生会は反政府組織ではない。


 今の国王に不満があるわけでもなかった。


 王族の中に賢王の生まれ変わりがいるなら、それにこしたことはない。


 そんな転生会の思惑は透けて見えていたので、国王も油断していた。


 7歳の子供に接触をはかるとは思っていない。


 行動を起こすのは、アドリアンがもう少し大きくなってからだと思っていた。


 自分が甘かったことを国王は認めざるを得ない。




「そういうことをマリアンヌ様が納得するでしょうか?」




 侍従長は不安を覚えた。


 マリアンヌはわが子に他人を近づけるのをあまり歓迎しない。


 乳母にさえ、育児は最低限しか任せなかった。


 基本的に他人の手を借りるのは嫌なようだ。


 いつ、誰が裏切るかわからないと警戒しているのかもしれない。


 そんなマリアンヌが、四六時中、わが子に誰かがついていることをよしとするとは思えなかった。




「面倒な子だ」




 国王はため息をつく。




「マリアンヌ様は変わっていらっしゃいますから」




 侍従長は苦く笑った。


 王宮のしきたりに、マリアンヌは逆らうわけではない。


 黙って従っていた。


 だが、ちゃんと守っているかは怪しい。


 乳母も断らないが、任せる部分は少ない。


 がんがん育児に手を出していることは聞いていた。




「さて、どうしたものか」




 国王は考え込む。


 マリアンヌを説得するのは案外、難しい。


 欲で動く人間ではない分、厄介だ。




「交換条件というのはいかがですか?」




 侍従長は提案する。




「護衛をつけるか誕生日のパーティを王宮で開くかの二択なら、護衛も納得していただけるかもしれません」




 なんとも微妙な顔をした。




「そういう場合、マリアンヌならパーティを選びそうだ」




 国王は笑う。


 普通の人が考えない方向に話を持って行くのがマリアンヌだ。


 未だにマリアンヌの考えは読みにくい。




「それならそれで、国王様の予定通りなので良いのではないですか?」




 侍従長に言葉に、なるほどと国王は納得した。












 翌日の昼、国王はマリアンヌのところで昼食を取った。


 週に一度、昼食をあちこちで取る習慣は続いている。


 そうでもしなければ、同じ王宮の中で暮らしていても王族は顔を会わせない。


 その昼食の席で、国王は護衛の件を話した。


 孫たちに四六時中、護衛をつけることを提案する。


 執事の予想通り、マリアンヌはいい顔をしなかった。


 ずっと護衛が側にいることに抵抗を覚えるらしい。




「その護衛が買収され、寝返ったらどうなさるんですか?」




 ずばりマリアンヌは聞いた。


 その可能性は十分にある。


 そもそも、護衛が転生会の人間ではない保証もなかった。


 転生会の会員は特徴らしい特徴がない。


 ごく普通に生活している貴族や市民だ。


 見破ることはほぼ不可能だろう。




「王宮で誕生パーティを開いて罠を張るか、四六時中護衛をつけるか。二つに一つだ。どちらかを選びなさい」




 国王は少々強引に押し切る。


 強く出られると、マリアンヌも嫌と言い難かった。


 自分が皇太子妃であることは十分、自覚している。




「罠ってどういうことです?」




 マリアンヌは尋ねた。




「パーティを開いて、転生会の様子を探る。そこで接触してこなければ、しばらく動くつもりはないと判断していいだろう。先日の老人の件は転生会としての意向ではなく、個人の暴走かもしれない。それならば、護衛の件は私が考え直す。だがもし何らかの動きがあれば、私達はもっとちゃんと話し合い、対策を取るべきだと思う。……違うかね?」




 国王はマリアンヌに意見を求めた。




「……」




 マリアンヌは考え込む。


 アドリアンにとって、最善は何かを探した。




「そうですね」




 マリアンヌは頷く。




「先日の件が会の意向なのか個人の暴走なのか、見極める必要はあると考えます」




 納得した。




「ですが、息子を囮にするようなやり方は承認出来ません」




 眉をしかめる。




「囮にするつもりなどない」




 国王はきっぱりと言い切った。


 可愛い孫を危険な目に合わせるつもりなど、毛頭ない。




「パーティに関しては相談しよう」




 マリアンヌに持ちかけた。




「わかりました」




 マリアンヌは頷く。


 一方的に押し付けられるより、一緒に相談するといわれた方がずっと受けいれやすかった。








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