第303話 閑話:日常(前)
ローレライへやって来て7年が過ぎた。
フェンディは人生で一番穏やかな時間を過ごしている。
ローレライでの毎日は充実していた。
ミカエルは側近ということになっている。
四六時中一緒にいた。
仕事でもプライベートでも、ミカエルがフェンディの側を離れることはない。
実際、ミカエルは側近の仕事をきちんとこなしていた。
フェンディは側近を一人も連れて来ていない。
王都から辺境地への転勤は可哀想過ぎるとフェンディは思った。
側近たちには家庭がある者もいる。
引越しさせるのは家族が気の毒だ。
王都での仕事はそのまま母に回したので、その仕事の補佐をするという名目で王都に残すことにする。
側近たちはその選択を歓迎した。
フェンディも一人の方が身軽でいい。
ミカエルとの暮らしは楽しい。
朝、同じベッドで目覚めるたびに幸せを感じた。
ミカエルが目を覚ますまで、寝顔を心行くまで眺めることも出来る。
極秘で付き合っていた頃は朝まで一緒に過ごすことは難しかった。
真夜中に密会し、日が昇る前にそれぞれが自分の部屋に戻る。
会って抱き合うだけの関係は寂しかった。
だが、一緒に過ごしたくてもフェンディの状況がそれを許さない。
誰の目も気にすることなく、共に過ごせるだけでフェンディは幸せだった。
そんなことを考えている間に、ミカエルは起きる。
瞼が震えて、目が開いた。
ぼんやりとフェンディを見つめる。
「おはよう」
フェンディは声をかけた。
「おはようございます」
ミカエルはにこりと微笑む。
三十代に入っても、ミカエルは若々しく美しかった。
むしろ色気が増して、より美しくなったように感じる。
フェンディはごくりと唾を飲み込んだ。
顔を寄せる。
「……」
ミカエルは黙って、目を閉じた。
フェンディが何をしたいのかはわかっている。
起き掛けに襲われることは珍しくなかった。
ローレライで暮らすようになってずいぶん経つのに、2人の仲は倦怠期を迎えるどころか深まっていた。
今でも新婚のようにラブラブだとミカエルは思っている。
それはミカエルにとっては予想外だ。
一緒に暮らすことになった時、ミカエルには嬉しい気持ちよりも不安の方が大きかった。
2人の付き合いは長い。
だが、一緒に過ごした時間はそれほど多くなかった。
お互い、良いところしか見ていない可能性は高い。
一緒に暮らせば、今までは知らなかった粗も見えてくるだろう。
2人の暮らしが上手くいく自信はミカエルにはあまりなかった。
しかしそれは杞憂に終わった。
2人での暮らしは予想以上に楽しい。
使用人の数を減らし、気心が知れた使用人を母屋から離れにまわしたのも良かったのかもしれない。
毎日が問題なく穏やかだ。
「んっ……」
口付けの合間に、ミカエルは息を漏らす。
フェンディの舌が口の中に入り込んで、舐めまわした。
手が服の下から入り込んでくる。
朝から、フェンディはその気になっていた。
しかしその手をミカエルは掴んで止める。
今日は予定が入っていた。
誘いに乗るわけにはいかない。
「今日は来客の予定があります」
これ以上はダメだと止めた。
「……」
フェンディは不満な顔をする。
その気になったのに、止められて拗ねた。
「続きは、夜に」
ミカエルはにこりと笑う。
焦らなくても、時間はたっぷりとあった。
フェンディは王都にほとんど戻らない。
当初は一年の半分ほどは王都に戻る予定だった。
王都には仕事も残している。
だが側近たちを丸ごと残してきたので、フェンディがいなくても困ることはほぼなかった。
それに味を占め、フェンディはローレライで過ごす時間を増やす。
今ではどうしても外せない王室の行事があるとき意外、王都に戻ることはなかった。
ミカエルとの暮らしを邪魔するものは何もないように思える。
だが世の中、そんなに甘くはなかった。
ローレライで暮らし始めて少し経つと、ミカエルの弟が何かと顔を出すようになる。
最初は遠慮していたが、半年も経つと慣れたようだ。
同じ敷地に住んでいるから、来るのは容易い。
兄の顔を見たいと言われれば、フェンディは来るなと言えなかった。
だが弟はミカエルとフェンディの関係を知った上で、邪魔をしている気がする。
何かと2人の間に、割って入った。
ローレライで暮らすようになった後、フェンディはミカエルとの関係を隠すのを止める。
だが、正式に公表したわけではなかった。
周りがなんとなく察している。
あえて、フェンディは関係をはっきりさせなかった。
その方がミカエルにとっては都合がいいと思う。
その曖昧さに弟はつけ込んだ。
屋敷に居座り、2人の時間を意図的に邪魔する。
弟を可愛がっているミカエルはそんな弟を追い出そうとはしなかった。
ミカエルに良く思われたいフェンディも無下には弟を扱えない。
それがわかっていて、無邪気なふりをして彼は邪魔をした。
そんな弟にフェンディは手を焼いている。
それだけでも厄介なのに、最近になって、もう一つ問題が持ち上がっていた。
王都に残してきた息子が父と一緒にローレライで米の事業に携わりたいと言い出す。
その展開をフェンディは全く予想していなかった。
米の事業は少しずつ軌道に乗り始めている。
マリアンヌが開発したレシピで、ローレライの周辺では米の消費が少しずつ増えていた。
精米した白米の美味しさに人々は気づいたらしい。
消費が増えれば、生産も増える。
もともと稲作に適した土地だったので、小麦の栽培より米の作付けの方が多くなってきた。
米を主食とするところはまだまだ少ないが、着実にその範囲は拡大している。
そんな事業を自分が引き継ぎたいと、息子が言い出した。
血が繋がったわが子だが、子供たちはずっと母親と暮らしている。
フェンディは父として、子供たちと関わることは少なかった。
息子が自分の跡を継ぐと言い出すなんて、想像したこともない。
ローレライで一緒に暮らしたいと言われ、フェンディは困惑した。
ダメとも言い難い。
フェンディは頭を痛めていた。
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