第261話 第七部 第一章 1 プロローグ:手紙






 アルフレットはランスロー家で穏やかな日々を送っていた。


 マリアンヌの実家に居候しているようなものだが、居心地の悪さは特には感じない。


 それはルークとユーリが当主であるマリアンヌの父に孫のように可愛がられているせいもあるだろう。


 前回は客間があてがわれたが、今回はそれぞれに私室が用意されていた。


 家族のように迎えられる。


 アルフレットも悪い気はしなかった。


 子供たちは順応が早く、田舎の暮らしに直ぐに慣れる。


 セバスがついてきてくれたのも大きかった。


 ランスロー家の執事の面目を潰さぬように気を遣っているが、アルフレットたち3人の世話は基本的にセバスがしてくれる。


 王都での生活と比べたら使用人の数は明らかに少なく足りていないが、それほど不便は感じなかった。


 それは前回、ランスローに滞在した経験も大きい。


 セバスのいなかったあの時の方がずっと不便だった。


 だがそれでも暮らすのにはあまり支障が無い。


 案外、日常生活はどうにかなるものだと知った。


 マリアンヌが自分のことは自分で何でも出来ると言った言葉の意味を、本当の意味で、今、理解する。




 マリアンヌからの手紙が届いたのはそんなランスローでの生活に慣れた頃だ。


 子供たちが勉強中、アルフレットはシエルと2人でお茶を飲んでいた。


 そこにセバスが手紙を持ってくる。




「……」




 シエルに何か言いたげな目で見つめられた。


 マリアンヌから届いた手紙は一通だけだ。


 当然、シエルは自分に宛てた手紙だと思う。


 アルフレットもそう思った。


 セバスが持ってきたことに違和感も特にはない。


 だが、宛名はアルフレットだ。


 それを知ったシエルはとても不機嫌になる。




「私のせいではないよ」




 アルフレットは苦笑した。




「文句はマリアンヌに言ってくれ」




 当然のことを言う。




「何も言っていません」




 綺麗な顔でシエルはにこりと笑った。


 そうやって微笑まれると、男のアルフレットでも見惚れてしまう。


 そのくらいシエルは綺麗だ。


 顔立ちだけ見れば、王族と言われても納得できる。


 王族は基本、美男美女揃いだ。


 代々、見目麗しい美女ばかりを娶り続ければ、子孫が美人ばかりになるのは当然だろう。


 今の王子3人もタイプは違うがみな美しい。


 その中にマリアンヌが入っているのが、身内としては心配になるくらいだ。


 肩身の狭い思いをしているだろうが、たぶん、マリアンヌはそれほど気にしていないだろう。


 自分の容姿は気にならないようだ。


 美人には美人の苦労があるから、自分はこのくらいでちょうどいいのだと、語るのを聞いたことがある。


 最初、アルフレットはそれを強がりだと思った。


 綺麗になることに執着しない女性なんて見たことない。


 だが、マリアンヌは本気だった。


 このくらいがちょうどいいのだと力説される。


 綺麗になる努力をしている姿を見たこともなかった。


 そんな暇があるなら、マリアンヌは他のことをしている。


 意外と食事にうるさくて、美味しいものを食べるためなら手間を惜しまないところがあった。


 そんなことをつらつらと思い出して、アルフレットは笑ってしまう。


 マリアンヌのことを思い出すと、たいてい笑えた。


 側にいてもいなくても、愉快な存在であることは変わらない。




「にやにや笑っていないで、さっさと手紙を読んでください」




 シエルはせっついた。


 受け取った手紙を読もうとしないアルフレットに苛立ちを募らせる。




「手紙を見せろというのか?」




 アルフレットは呆れた。


 さすがにそれは無礼だろう。




「まさか」




 シエルは首を横に振った。




「何が書いてあるのか聞きたいだけです」




 そんなこと言う。


 読ませろとは言わないが、内容を教えろとは言うつもりらしい。


 アルフレットは苦く笑った。


 ここの姉弟は相手のことになると理性が働かなくなる。


 それはよく知っていた。




「今、読むよ」




 アルフレットは答える。


 セバスが手紙を開封し、中の便箋だけをアルフレットに渡した。




 それはさして長い手紙ではない。


 要約すると、シエルを守ってくれという話だ。


 王都でシエルに関する噂が密かに流れているらしい。


 それによって、シエルの周りに何か異変が起こる可能性があると書かれていた。




 アルフレットは正直にそれを伝える。


 話を聞いたシエルは困惑を顔に浮かべた。




「どんな噂なのですか?」




 内容を聞く。


 心当たりは全くなかった。




「それが……」




 アルフレットは困る。




「噂の内容に関しては何も書かれていない」




 苦く笑った。




「は?」




 シエルは首を傾げる。




「噂の内容が肝心なのではないですか?」




 当然の質問をした。




「私もそう思うよ」




 アルフレットは頷く。


 だが、書いてないのは事実だ。




「……」


「……」




 アルフレットとシエルは無言で互いの顔を見つめ合う。




「姉さんに限って、書き忘れたということはありえません」




 シエルは呟いた。




「私もそう思うよ」




 アルフレットは頷く。


 マリアンヌは変わった娘だ。


 だが賢いし、目端も聞く。


 噂の内容なんて肝心なものを書き忘れる訳がない。


 書いていないのは、わざとだろう。


 その理由はわからないが、手紙には書かない方がいいと判断した何かがあるはずだ。




「私はお祖父様に手紙を出してみるよ」




 アルフレットは言った。


 噂とは何か確かめる必要がある。




「お願いします」




 素直にシエルは頼んだ。


 自分にではなく、アルフレットに手紙を送ったマリアンヌの意図はそういうところにあると思う。


 事態はあまり良くない方向に動いている予感がした。










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