第156話 閑話:後始末(後)
ラインハルトは王の私室に通された。
ソファに座る。
「お茶でも淹れましょう」
侍従のその言葉は少し待たせるという意味だ。
ローキャスターとの面会が終わって戻ってくるまで待てということだろう。
ラインハルトは素直にお茶を飲んで待った。
程なくして、国王がやってくる。
「待たせたね」
愛息子を見て、目を細めた。
ラインハルトと向かい合うように座る。
侍従は国王にもお茶を淹れた。
二人はしばらく、無言でお茶を飲む。
「……」
「……」
どちらも口を開かなかった。
黙っている。
奇妙な緊張感が部屋の中に漂った。
侍従は気を利かせて部屋から出て行く。
室内には国王とラインハルトだけが残った。
先に沈黙に耐え切れなくなったのはラインハルトだった。
「父上。お話とはマリアンヌのことですか?」
尋ねる。
「そうとも言えるし、そうでないとも言えるね」
国王は答えた。
曖昧な言い方をする。
「ローキャスターはどうなりました?」
ラインハルトは聞いた。
国王はふっと笑う。
「どうもならないよ。鉱山を献上したいと言うので、受けただけだ」
答えた。
処罰どころか、罪を追及もしなかったことを伝える。
「マリアンヌの希望通りだろう?」
ラインハルトに尋ねた。
「そうですね」
ラインハルトは頷く。
苦く笑った。
「まあ、ローキャスターはもともとそれなりに有能な男だ。使えるものなら使う方が良かろう」
国王はそんなことを言う。
「だが、王族には畏怖も必要だ。何をしても処分されないと思われては困る。それはわかっているね?」
ラインハルトに念を押した。
「はい。父上」
ラインハルトは頷く。
「わかっているなら、問題ない」
国王は穏やかに微笑んだ。
言いたいことはそれだったらしい。
今回は特別だと釘を刺したかったようだ。
それはラインハルトもわかっている。
「ところで、マリアンヌを狙っているのはローキャスターだけではなかったようだな」
国王は言葉を続けた。
意味深な顔をする。
何か知っているのかもしれないと、ラインハルトは思った。
「父上は何かご存知ですか?」
素直に聞いてみる。
「いいや、何も」
国王は首を横に振った。
教えるつもりがないのか、本当に知らないのか、ラインハルトには判別がつかない。
父は人の良さそうな見た目を裏切って、なかなかの食わせ物だ。
「だが、敵はどこにいても可笑しくない。可能性は何ひとつ排除してはならないよ」
アドバイスのようなことを言った。
「はい」
ラインハルトは頷く。
その忠告には意味があると思った。
その後、国王は今日の挙式の感想を口にする。
手際が良かったことや、部屋の換気が良くされていたことなどを褒められた。
料理のことも話題に上がる。
基本的に王族には料理を摘む暇などない。
その代わり、終わった後につまむことが出来るように別室に用意されてあった。
ローキャスターに会う前、それを口にしたらしい。
「どうせ口に入る時には冷めているなら、最初から冷めた時に美味しい料理を作るというのはマリアンヌらしい発想だね」
感心する。
「あの発想はどこから来るのだろうね」
意味深に問われても、ラインハルトに答えられる訳がなかった。
「マリアンヌは変わっていますから」
にこやかにかわす。
「そうだね」
国王はただ頷いた。
「マリアンヌに、料理が美味しかったと伝えておきなさい。期待以上だったと」
ラインハルトに伝言を頼む。
「はい」
内心、ドキドキしながらラインハルトは頷いた。
父王の期待以上という言葉に含みを感じる。
東地域のことなのか、フェンディのことなのか。
もしかしたら、そのどちらもかもしれない。
どこまでが父王の策略の内なのか、息子であるラインハルトにも読めなかった。
もしかしたら父王は、マリアンヌに料理の件を任せた時点から何かを企んでいたのかもしれない。
ただし、マリアンヌがその父王の企み通りに動いたかは謎だ。
それからは中身のない世間話が続く。
程なく、ラインハルトは国王の部屋を出た。
離宮に戻ったラインハルトを出迎えたのはアントンだけだった。
「おかえりなさいませ」
にこやかに微笑む。
「マリアンヌは?」
ラインハルトは問いかけた。
姿が見えないことを気にする。
「部屋で休んでおられます」
その答えに、ラインハルトは先に自室で着替えることにした。
ラフな格好で夫婦の部屋に向かう。
部屋にはメアリがいた。
マリアンヌの専属であるメアリはマリアンヌが妊娠してからは四六時中側を離れない。
さりげなく守ってくれていた。
「お帰りなさいませ」
メアリはラインハルトを見て、小さく頭を下げる。
「マリアンヌは?」
問うと、メアリの視線がソファに向かった。
だがそこに座っている姿は見えない。
回りこむと、横になったマリアンヌが眠っていた。
「ラインハルト様をお待ちしていたのですが、疲れて眠られてしまいました」
メアリが説明する。
ソファの前のテーブルには、手のつけられていない料理が並んでいた。
「これは?」
メアリに尋ねる。
「お腹が空いたとおっしゃられたので用意したのですが、ラインハルト様が来るまで待つと手をつけられませんでした」
それを聞いて、ラインハルトはマリアンヌが愛しくなった。
小さく微笑む。
「マリアンヌ」
ラインハルトは優しくその身体を揺すった。
「ん……」
マリアンヌは目を開ける。
ラインハルトを見た。
「お帰りなさいませ」
ふっと笑う。
ゆっくりと身を起こした。
その隣に、ラインハルトは座る。
「待たせて悪かったね」
謝った。
「いいえ」
マリアンヌは首を横に振る。
「わたしこそ、何も手伝わずにすいません。後片付けは終わりましたか?」
小首を傾げた。
それは言葉通り、挙式に関する片づけが終わったかどうかを聞いているだけだろう。
だが、ラインハルトには別の意味にも聞こえた。
「ああ、終わったよ」
ラインハルトは頷く。
「それは良かったです。ルイスはちゃんと帰りましたか? 疲れているようでしたから、少し休ませてあげてくださいね。有能だからと酷使すると、すり減っちゃいますよ」
そんなことを言った。
相変わらず、自分のこと以外には鋭い。
「すり減るの?」
ラインハルトは笑った。
「すり減りますよ、心が。だから疲れる前に休ませてあげないと。自分からは休まない人だから、ラインハルト様が気を遣ってあげてくださいね」
諭される。
ラインハルトは頷いた。
「ところで、お腹空きません? 一緒に食べましょうよ」
マリアンヌは料理を食べようと誘う。
「そうだね」
ラインハルトは頷いた。
2人で一緒に料理を食べる。
父王の言うとおり、確かに美味しかった。
冷めた時に美味しいように工夫したのがわかる。
父王が料理を誉めていたことを伝えた。
予想通り嬉しそうな顔をする。
にこにこ笑っているのが可愛かった。
ラインハルトはその頬に触れる。
優しく撫でた。
「どうしたんです? 突然」
マリアンヌは驚いた顔をする。
「ドレスの変更許可が下りないこと、何故私に言わなかったのですか?」
ラインハルトは聞いた。
その声にマリアンヌは自分を責めるニュアンスを感じ取る。
「……」
困った顔をした。
「隠していたつもりはありません。でも、ただでさえ忙しいラインハルト様にこれ以上負担はかけたくありませんでした」
正直に話す。
「負担になんて思わない。それより、私が知らないところでマリアンヌが困っていることの方が私には怖いのですよ」
ラインハルトは説明した。
「そうですね。許可が下りなければ、ラインハルト様も困りましたよね」
マリアンヌは反省する。
「私が困るからではありません。マリアンヌが困っていることを知らない自分が許せないのです。今後は教えると約束してください」
ラインハルトは真っ直ぐ、マリアンヌの目を見た。
「はい」
マリアンヌは頷く。
少し照れて赤い顔をした。
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