第146話 第四部 第五章 7 琥珀
貴族のドレスにはいくつか禁止事項がある。
王族にしか許されないことがあるからだ。
その一つに、本物の宝石をドレスの装飾に用いてはいけないというのがある。
本物の宝石を使えるのは王族だけだ。
ただし、それがイミテーションであれば普通の貴族にも許される。
実際、ドレスに宝石風の飾りをつけるのは珍しくなかった。
胸元に大き目の色がついたガラスが縫いこんであったり、スカート部分に色がついたガラスの粒で模様を描いたりもする。
値段の関係もあり、普通は本物の宝石を使おうなんてそもそも考えない。
ドレスにつけるのはガラス玉というのはお針子たちの常識になっていた。
その理由が、本物の宝石を使うのは禁じられているからであることは忘れ去れていることが多い。
わたしも今まで、意識したことはなかった。
ドレスの飾りはそういうものだと思っている。
そもそも家にはドレスに本物の宝石をつけるような余裕はなかった。
今回、自分のドレスのデザインを変更しなければいけない状況に陥らなければ、そんな禁止事項があることにも気づかなかっただろう。
王族のドレスのデザインを調べる課程で、明確なルールが定められていることをはじめて知った。
そしてもう一つ、王族であっても許されないことがあることを学ぶ。
使ってはいけない宝石があった。
それが琥珀だ。
黄色い琥珀は国王の石とされている。
装飾に使用できるのは国王のみだ。
他の王族も王妃も使用を禁じられている。
(確か、国内で琥珀が取れる鉱山は一つだけだったはず)
わたしはルイスの授業を思い出そうとした。
地図で領地の位置と特産物を覚えていた時、その話が余談としてルイスの口から出たのを覚えている。
(それがローキャスターだったのかも)
そんな気もするし、違う気もした。
記憶はちょっと曖昧だ。
大事なことだなんて思っていないから、世間話として流したのだろう。
たが、レイアー嬢のドレスのスカートに刺繍された花の部分の黄色い石はどう見ても本物の琥珀だ。
琥珀は流通していないので、普通は手に入らない。
国王しか使用出来ないのだから、流通なんてするわけがなかった。
それが手に入るということは、鉱山を持っているのはおそらく公爵なのだろう。
とても小さいクズ石なので、売り物にならないと廃棄された石かもしれない。
それを捨てるならばと装飾に利用した可能性は十分に考えられた。
ちいさいクズ石なのに、その琥珀はキラキラ光って本物であることを自己主張している。
近くで見ると、ガラス玉ではないことがよくわかった。
キラキラ光って、気になる。
(こんなにキラキラ光っているのに、あのポンポコ狸が見逃すはずがない)
わたしは妙な確信を抱いた。
これはわざとだ。
気づいて、国王は放置している。
それはとても不味い状況に思えた。
このままだと、大事になる気がする。
わたしには国王が何を狙っているのかわからなかったが、自分の結婚式で何か起こるのはいい気はしなかった。
「そのドレスの装飾、とても綺麗ですね」
わたしは娘のすばらしさを語り続けている公爵の言葉を、空気を読まずに遮る
「え?」
レイアー嬢は驚いた顔をした。
散々無視してきたわたしを思わず、振り返る。
どうやら、ラインハルトにアピールすることに必死になって、わたしを無視することは忘れてしまったようだ。
(この程度で反応するなんて、まだまだ甘いな)
わたしは心の中で揶揄する。
「スカートの黄色い花の装飾です」
にこやかに笑みを浮かべながら、指摘した。
みんなに聞こえるように言う。
ラインハルトやルイスはもちろん、父である公爵も娘のドレスを見た。
黄色い花に使われている石が、きらりと光る。
あっという顔をした。
それが琥珀であることに直ぐ気づいたらしい。
おそらく公爵は娘のドレスになんて興味がなかったのだろう。
まともに見ていなかったに違いない。
そこに琥珀が使われているなんて夢にも思わなかったようだ。
公爵の顔は一瞬で青ざめる。
娘が大変なことをしでかしたことに、気づいた。
ラインハルトやルイスもわたしが何を言いたかったのか、わかったらしい。
「それは琥珀ですね」
わたしはレイアー嬢に問いかけた。
娘の代わりに、公爵は口を開こうとする。
言い訳しようとした。
だがそれをラインハルトは手で制する。
黙れと睨んだ。
これ以上、王族の不興を買うわけにはいかないことがわかっている公爵は、なんとも渋い顔で口を噤む。
「琥珀? さあ、どうでしょう? キラキラして綺麗なので、ドレスの装飾に使わせたのです」
彼女は自慢するように言った。
わたしが誉めたと思っているらしい。
琥珀が国王の石であることも彼女は知らなかった。
流通していない石なので、もしかしたら名前さえ聞いたことがないのかもしれない。
悪意がないのはよくわかったが、彼女が愚かであることも証明された。
ラインハルトやルイスは黙ってわたしを見ている。
わたしが何をするつもりなのか、黙って見守るつもりのようだ。
勝手をしても良さそうなので、わたしは勝手にやらせてもらうことにする。
「でも、知っていました? 琥珀って、石の中に虫が入っていることがあるんですよ」
わたしの言葉に、レイアー嬢の顔は青くなった。
虫は苦手らしい。
「ほら、その右から2つ目の花の一番大きな欠片。その中にある黒いのはたぶん虫の足です」
わたしが指摘すると、レイアー嬢はきゃっと声を上げた。
椅子から飛び上がる。
すっとメアリがわたしの前に出た。
わたしにレイアー嬢が近づけないようにする。
「とっ、取ってくださいませっ」
レイアー嬢は涙目になった。
軽くパニックを起している。
誰でもいいらしく、一番近くにいたメアリに頼んでいた。
メアリはちらりとわたしを振り返る。
「落ち着いてください。その虫は生きていません。もう死んでいるのですから、動いてどこにかに行くことはありませんよ」
わたしはゆっくりと諭した。
それを聞いて、レイアー嬢は少し落ち着く。
虫が苦手な人が一番怖いのは、虫が動いて服の中に潜りこんできたりすることだ。
それがないとわかれば、少しは冷静になれる。
わたしはそんな令嬢に向かって、困った顔をした。
「ですが、他の方に虫が入っている石をつけているなんて、見つかったら大変です。わたしのストールを差し上げますので、それを巻いて装飾を全て隠してください」
わたしはメアリにストールを巻いてあげるように言う。
メアリは少しだけ不満な顔をした。
こんなヤツを助ける必要なんてない――目がそう言っている。
だが余計なことは言わなかった。
わたしのストールを装飾が隠れるように巻いてやる。
「これで大丈夫です。檀を降りて、他の方が気づく前に大広間から退室されるといいでしょう」
レイアー嬢に勧めた。
それから、公爵を見る。
公爵はぎくっとした。
「公爵はまだお話があると思うので、先にご令嬢だけお帰したらいかがですか?」
わたしは促す。
(話の邪魔だから、さっさと娘は帰してください)
心の中で付け加えた。
その声は十分、公爵には伝わっているらしい。
「レイアー。わたしはもう少し話があるから、お前は先に帰っていなさい」
公爵は娘に言った。
「はい。お父様」
レイアー嬢は素直に檀を降りて大広間を出て行く。
その姿をわたし達はなんとなく黙ったまま見送った。
「さて」
わたしは公爵に見る。
「いろいろお話をしましょうか」
にこりと笑うと、公爵は覚悟を決めた顔をした。
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