第92話 第三部 第四章 1 はじめての朝
王宮で迎える最初の朝は気だるい倦怠感に包まれていた。
早朝に畑に出ることを習慣にしていたわたしの朝は早い。
どんなに疲れていても、目が覚めた。
(身体がぎしぎし言っている気がする)
だるくて、動きたくない。
普段使わない筋肉を使った気がした。
思い出すと恥ずかしさで死ねそうなので、考えないことにする。
筋肉痛のようなものも感じながら、無理に身体を動かした。
わたしは無駄に頑張り屋さんだったりする。
初日から寝坊はどうかと思った。
布団が肌蹴て、自分の身体が目に入る。
(!?)
ぎょっとした。
あちこちにキスマークが残されている。
明るい中で見た自分の身体にびっくりした。
(いつの間に……)
考えてみたが、心当たりがない。
そもそも、昨日のわたしたちはいろんな意味で酷かった。
やって、疲れて眠って。
目が覚めたらなんだかそんな雰囲気にまたなって……。
そんなことを何度か繰り返した。
途中から、わたしの記憶は定かではない。
(爛れている……)
我が身を省みて、反省した。
箍が外れるというのはこういうことを言うのだろう。
散々待ったをかけた分、堰を切ったようにラインハルトの欲望は暴走した。
そしてそれをわたしは受け入れてしまう。
なんだかんだいって、嫌ではなかった。
求められるのは嬉しかったし、快楽も確かにあった。
(肉欲に負けるって、人としてどうよ?)
自分に自問自答したところで、現実が変わるはすがない。
キスマークだらけの身体は痛々しかった。
もちろん、肉体的にではなく精神的な意味で。
とりあえず着替えようとわたしは下着を探した。
脱がされて、そのままどこかに落ちているだろう。
ベッドを抜け出そうとすると、腕を掴まれた。
びっくりする。
「どこに行くのですか?」
ラインハルトに問われた。
目が覚めたらしい。
甘えた聞き方をされた。
「朝なので、起きます」
わたしは答える。
「まだ早いですよ」
ラインハルトはそう言うと、わたしを自分の身体の下に引き込もうとした。
「いやいや、早くないです。もう起きる時間です」
わたしは抗う。
だが抵抗はむなしく組み敷かれた。
身体に力が入らない。
昨夜のあれやこれやで疲れていた。
(というか、ラインハルト様は何でそんなに元気なのだろう? これが若さってやつなの? 19歳、怖いわ)
わたしは苦笑する。
「もう、無理です」
ラインハルトの胸を軽く押した。
明るい中で見ると細く絞まった身体をしている。
剣術が得意なのだと、ルイスに自慢されたことを思い出した。
ひ弱な王子様では決してない。
(体力もあるわけだ)
わたしとは鍛え方が違うのだと、納得した。
「わかっています。キスだけですよ」
そう言ってキスされる。
(キスくらいなら……)
嫌ではないので、受け入れたのが失敗だった。
朝から元気な19歳はキスでは終わらない。
悪戯な手がわたしの身体を弄り、結局、最後まですることになってしまった。
朝から、わたしは動けなくなった。
指一本動かすのも、しんどい。
疲れてしまった。
そんなわたしを見て、ラインハルトは動揺する。
そんなことになるとは思いもしなかったのだろう。
わたしだってびっくりだ。
(動けなくなるまでSEXするってどんだけ?!)
自分で自分に突っ込んでしまう。
じろっとラインハルトを睨んだ。
ラインハルトは小さくなる。
王子様のこんな姿、初めて見た。
だが、十分反省してもらわなければならない。
このペースで付き合うのは無理だ。
ちゃんと待てが出来るようになってもらわなくてはわたしの身が持たない。
(しつけは最初が肝心よね)
そんなことを考えながら、冷たい目をラインハルトに向けた。
「キスだけって言ったのに……」
恨みがましく呟く。
「反省しています」
ラインハルトはうな垂れた。
(反省してください)
心の中でわたしは呟く。
「とりあえず、お腹が空きました。ベッドの上で食べられるものを何か作って持ってきてもらってください。それと、わたしの寝間着を」
ラインハルトに頼んだ。
寝台から垂れ下がっている紐をラインハルトは引っ張る。
どうやらそれは使用人を呼ぶ時の合図のようだ。
トントントン。
程なくして、ノックの音が聞こえる。
ラインハルトはドアに向かった。
自らドアを開け、メイドに用件を言いつける。
その姿にわたしは違和感を覚えた。
何かが、いつもと違う。
(なんだろう?)
考えて、気づいた。
ラインハルトは寝室の中に誰も入れたくないらしい。
メイドを部屋の中に招かず、自分が用件を伝えにドアまで行った。
用件を聞いて、メイドは一旦、下がる。
少し経ってから、寝間着を持ってやって来た。
それをラインハルトは入口で受け取る。
着替えを手伝うとメイドは言ったが、断った。
誰にもわたしを触らせるつもりはないと宣言する声が聞こえる。
(まあ、着替えを手伝ってもらっても気まずいんだけどね)
キスマークだらけの自分の身体をちらりとわたしは見た。
メイドに持ってきて貰った寝間着を受取り、わたしはベッドの中でごそごそと着替える。
手伝いましょうか?――というセリフをラインハルトが飲み込んだのが見えた。
手伝ってもらうつもりは、もちろんない。
だがラインハルトはわたしの世話を焼きたがった。
(この状態はラインハルト様のせいだからね)
わたしはぼやく。
世話をするのは当然と言えば当然かもしれない。
ここで甘やかしたらずるずるいきそうなので、わたしは厳しくいくことにした
ラインハルトは部屋の入口でメイドから食事を受け取る。
それを自ら運んでくれた。
慣れないことに戸惑う姿はちょっと可愛い。
「とりあえず、お腹が減って死にそうなので起してください」
わたしは頼んだ。
自力では起き上がるのも辛い。
ラインハルトの助けを借りて、わたしは身を起した。
枕を背凭れにして、寄りかかる。
ラインハルトは小さなテーブルをセッティングしてくれた。
その上でわたしは食事を取る。
消化に良さそうなメニューが並んでいた。
気遣いは嬉しかったが、わたしが食べたい物はそこにはない。
(うどんとか雑炊が食べたい)
心の中でぼやいた。
和食が恋しい。
ため息がこぼれた。
「辛いですか?」
ラインハルトは勘違いする。
青い目が不安そうに揺れた。
そんな顔されると、わたしは弱い。
「大丈夫ですから、ラインハルト様も食事を取ってきたください」
食事をしてくるように勧めた。
運ばれてきた食事はわたしの分だけで、ラインハルトの分はない。
「しかし……」
ラインハルトは躊躇った。
わたしを1人にするのが心配らしい。
「わたしは大丈夫ですよ。少し疲れただけなので、食べて寝たら午後には元気になります」
ラインハルトに約束する。
「わかりました」
ラインハルトは頷いた。
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