第68話 閑話: 華1




 パーティは昼過ぎ、庭で開かれる。


 わたしは準備を終えると、クララの手によって徹底的に磨かれた。


 クララは妙に気合が入っている。


 どこからか母のドレスを引っ張り出してきた。




「これ、どうしたの?」




 わたしは尋ねる。


 そういえば母の私物の管理はクララに丸投げしていた。


 わたしはどこに何があるのかわからないどころか、そもそも何を持っていたかも知らない。




「わたしが大切に保管しておりました。いつか、マリアンヌ様がお使いになる日が来ると思いまして。このまま一生使う日が来ないのではないかと心配していましたが、日の目を見てようございました」




 クララの言葉に苦笑が洩れる。


 よく見ると宝飾品まであった。


 どれも値が張るのが一目でわかる。




「たくさんあるように見えるけど、全部つけたりしないわよね?」




 わたしは恐る恐る聞いた。


 気合が入りすぎた七五三みたいになるのではないかと心配する。




「まさか」




 ホホホとクララは笑った。




「いろいろ試して、一番本日に相応しいものを選ぶつもりで並べてあるだけですよ」




 それを聞いて、ほっとする。


 そういえばクララはもともとは王都の人間だ。


 母についてこんな田舎に来てしまったが、センスは悪くない。




「そういえば、クララはどうしてこの屋敷に残ってくれたの? 母を一人で旅させることは出来なかったとしても、送り届けたら帰ることも出来たでしょう? ……まあ、大公家に戻ることは難しかったかもしれないけれど」




 わたしの質問に、クララは小さく笑う。




「わたくしのお給金がどこから出ているか、マリアンヌ様はご存知でしたか?」




 問われて、わたしは戸惑った。


 考えたこともない。


 普通に父から出ていると思っていた。




「それを質問するってことは、お父様からではないのね?」




 聞き返すと、クララは大きく頷く。




「大公様です」




 答えた。




「お祖父さまが?」




 わたしはさすがに驚く。




「わたくしはフローレンス様が小さい頃から専属の侍女として仕えてきたんです。ですから、家を出て男爵様を追いかけるとお嬢様がおっしゃった時も、ついて行くのが当然のことだと思いました。お嬢様と一緒に男爵家に置いていただこうと思ったのです。男爵様は勝手に追いかけてきたお嬢様にとても困っておいででしたが、それでも最後には受け入れてくださいました。わたくしのことも雇ってくださるとお約束していただいたのですが、こちらに来てからもわたくしの所に毎月、大公様からお給金が届くのです」




 クララは微笑んだ。




「お祖父様は母様との繋がりを断ちたくなかったということかしら?」




 わたしは首を傾げる。




「大公様の真意はわかりません。わたくしは男爵様と相談しました。給金をお返しすることも考えたのですが、それでは角が立ちます。大公様からのお給金が届く間はありがたく頂き、届かなくなったら男爵様からお給金を頂くということに決まりました。ですが未だに大公様からはお給金が届くのです」




 クララの言葉に、わたしはしばらく考え込む。




「お祖父様はわかり難い人ね。でも、母様を大切に思っていたことだけはよくわかったわ」




 その一言に、クララは満足な顔をした。




「そけだけわかっていれば十分ですよ。大公家に行かれる時はせっかくなので、お嬢様の宝飾品をお持ちください。ドレスはあちらでいろいろ準備しているので不要でしょうが、こういうものは多すぎて困ることはありません」




 わたしはクララの言葉に頷いた。


 基本的に綺麗なものやキラキラしているものには弱い。


 物でも、人でも。




「なんだか不思議な気分ね。今さら、母様の宝石を身につける機会がくるなんて」




 わたしが笑うと、クララは涙ぐんだ。




「パーティを開く機会があって、本当にようございました」




 そっと涙を拭う。


 わたしの結婚をクララがこんなにも喜んでくれているとは知らなかった。




「さあ。腕によりをかけて誰よりも綺麗な令嬢に仕上げて差し上げましょう」




 クララの気合の入り具合がなんだか怖い。




「よろしくお願いします」




 わたしは小さく頭を下げた。












 クララの腕は確かだった。




(わたしじゃないみたい)




 鏡を見て、そう思う。


 立派な令嬢がそこにいた。


 決して厚化粧にはならず、でも必要なポイントはちゃんと抑えている感じが見事だ。


 実はこの世界の化粧品は前世のわたしからするととても質が悪い。


 発色も良くないし、ノリが悪かったりダマになりやすかったりする。


 わたしは早々に化粧品を見限った。


 もともと贅沢品だ。


 なくたって困らない。


 社交界に顔を出さないわたしには無用のものだ。


 だが使う人が使えばちゃんと出来るらしい。


 同じ化粧品を使ったのに、仕上がりは雲泥の差だ。




「まさしく、化けたわね」




 わたしの感想にクララは微妙な顔をする。




「マリアンヌ様。化けるなどという言い方はするものではありません」




 注意された。




「気をつけます」




 わたしは謝罪する。


 そのまま部屋を出て、パーティ会場である庭に向かった。


 今日はガーデンパーティだ。


 予想より参加者が多く、家の中では出来ない。


 だかもともとわたしは庭でやりたいと思っていた。


 せっかく母の好きだった花が咲き誇っているのだから見てもらいたい。




 会場に着くと、シエルが最初に気づいて寄って来た。




「姉さん、綺麗だね」




 キラキラした笑顔で誉めてくれる。




(シエルの方が綺麗よ)




 さすがにその言葉は飲み込んだ。


 この場で口にすべきではないことはわかっている。




「ありがとう」




 ただ一言、礼を言った。




「本当に美しいですよ」




 そこにラインハルトがやってくる。


 わたしの隣に立ち、腰に手を回してきた。




「今日のエスコートは私の役目です」




 シエルに言う。


 不穏な空気が二人の間に流れた。


 バチバチしている。


 わたしはため息をついた。




「二人とも、今日のパーティのテーマは覚えている?」




 問いかける。




「もちろん。ちゃんと仲良くするよ、姉さん」




 シエルはわたしに微笑んだ。




「では、今から仲良くしてちょうだい。可愛いシエル」




 わたしはお願いする。




「ラインハルト様もわたしのお願い、聞いてくださいますよね?」




 にこやかに問うた。




「……もちろん」




 ラインハルトは頷く。




「優しい弟と優しい未来の夫に恵まれて、わたくし、幸せですね」




 にっこりと二人に向かって微笑んだ。


 仲良く二人で待っていてくださいと言い残して、わたしは父を探す。


 ルイスと話している姿を見つけた。


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