第21話 第四章 4 二日目 4



 帰りの馬車の中、アルフレットはにやにや笑っていた。


 何か言いだけにこちらを見るが、口を開かない。




「……」




 わたしはじろりとアルフレットを睨んだ。




「言いたいことがあるなら、言えば?」




 水を向ける。




「いや、別に」




 アルフレットは首を横に振った。




「ただ、明日帰ると言っていたのに何故合格しているのか不思議だと思って」




 にやけながらわたしを見る。




「いろいろあったのよ」




 わたしはため息をついた。




 宝箱を開けてもらって合格した後、わたしは控え室に戻った。


 それぞれの付添い人がそこで待っている。


 椅子とテーブルが用意され、付添い人たちはお茶を飲んでいた。


 第一王子や第二王子が顔を出したこともあったらしい。


 付添い人たちが噂話をしていたのでわかった。


 第二王子の側近であるアルフレットは、王子が来た時には挨拶くらいはしたのだろう。


 付添い人が許可されている明日までアルフレットは休暇中だ。


 最終レースに同行が許可されるのは、従者が一名だけと決まっている。


 それには何か理由がありそうだが、出るつもりのないわたしにはどうでも良かった。


 わたしはアルフレットのところに行き、合格してしまったことを話す。


 話を聞いたアルフレットはぽかんとした。


 その後、肩を震わせて笑う。


 わたしは何も言えず、ただアルフレットを睨んだ。


 合格については二人とも触れず、迎えの馬車に乗り込む。


 その間、アルフレットはずっとにやけていた。




「まあ、そんな予感もなくもなかった」




 アルフレットはぼそっと呟く。


 その顔は嬉しそうだ。




「どういう意味?」




 わたしは尋ねる。




「お前、なんだかんだいって頼まれると弱いだろう?」




 アルフレットは真っ直ぐ、わたしを見つめた。




(それはもう、日本人ですから。NOとは言えませんよ)




 心の中で、わたしは頷く。




「それにしても、そのフローレンスという女は何者なんだ?」




 アルフレットは首を傾げた。


 キリエスという苗字に心当たりはないらしい。


 わたしと違い、アルフレットは貴族名鑑をほぼ覚えているはずだ。


 貴族ではない可能性が高い。




「豪商とかの娘かも」




 わたしは答えた。


 頭の中を過ぎる考えはあったが、口には出さない。




「まあ何にせよ、合格したなら良かったじゃないか。いっそ、賞金を貰うところまで頑張ったらどうだ? ここまで来たら」




 他人事だから、アルフレットは簡単に言う。


 だが実際、明日勝ち残ればその時点で賞金はゲットだ。


 10位まで賞金があって、明日残るのは10名までなのだから。




「それは無理」




 わたしは否定する。




「明日合格したら、面倒なことになりそうな予感がするの。明日はちゃんと失格になってくるわよ」




 フローレンスと約束したのは明日までだ。


 その約束を果たしたら、今度こそ田舎に帰ろう。




「ああ、でも……」




 わたしはため息を吐いた。




「シエルに、なんて言い訳しよう」




 考えるだけで気が重い。


 呆れた顔をされるのが、目に見えるようだ。




「シエルに嫌われた、生きていけない」




 わかりやすく凹むと、アルフレットがやれやれという顔をする。




「あの弟がお前を嫌うことはないだろう。もし嫌われて放り出されたとしても、拾ってやるから安心しろ」




 ふふんと鼻で笑われた。




「全然、安心出来ない。むしろ、貞操の危機とか感じるわ」




 言い返すと、アルフレットは声を上げて笑う。




「大いに感じておけ。形だけの夫婦になるつもりなんてないからな。たっぷり可愛がってやる」




 いやらしい顔をした。




「やだ、やだ。そんな話は聞きたくない」




 わたしは耳を塞ぐ。


 そんなわたしを見て、アルフレットはまた笑つた。


 だがそんな和やか(?)な雰囲気も大公家に着くと終わる。


 馬車を降りたら、カオスだった。




 出迎えてくれたユーリとルークに抱き付かれる。


 二人は大声で泣き出した。




「行っちゃやだ~」


「帰らないで~」




 口々に懇願する。


 わたしはなんとなく状況を理解した。


 シエルが明日帰ることを話したのだろう。


 そういえば、わたしが城にいる間にみんなに話をして、帰る準備をしておくと言われた気がする。


 だがこの様子では、準備は何も進んでいないだろう。


 もっとも、明日は帰れなくなったのでそれはそれで問題はない。




「や~だ~」




 わんわん泣かれて、わたしは困った。




「アルフレット様」




 父親に責任を取ってもらおうと思ったら、知らぬ顔をされる。




「おうおう。頑張れ」




 むしろ、子供たちの応援をしていなくなった。


 わたしはチッと心の中で舌打ちする。


 子供たちの頭をよしよしと撫でた。




「ユーリもルークも泣かないで。わたしは帰るけど、今度はルークとユーリがランスローに遊びにくればいいでしょう?」




 宥める。


 そんなことを言われると思っていなかったらしく、二人はきよとんとした。


 一瞬、泣き止む。


 チャンスとばかりにわたしは言葉を続けた。




「ランスローに来たら、わたしの畑を見せてあげる。四季折々、いろんな野菜が実って、どれも美味しいのよ。ルークとユーリは何の野菜が好き? その野菜が収穫する時期に遊びにいらっしゃい」




 別れにではなく、次の約束の方に意識を向けさせようとする。




「お野菜、嫌い」




 ユーリはぼそっと呟いた。




「大丈夫。わたしの畑の野菜はとても美味しいから、きっと大好きになるわよ。いつがいいかな~? お父様に聞いて、お父様がいいと言ったら、わたしはいつでもいいわよ」




 最終的に、アルフレットに押し付ける。


 ルークとユーリに目一杯強請られて、少しは困ればいいと思った。




「聞いてくるっ」




 二人は目を輝かして、アルフレットの後を追いかけていく。


 これで一件落着と思ったら、今度はお祖父様がやって来た。


 出迎えてくれるらしい。




「ただいま戻りました」




 挨拶をすると、ふむと頷かれた。




「明日、帰るのか?」




 問われる。




「明日は無理になったんですが、明後日には帰ろう思います」




 わたしは答えた。




「そうか。老い先短い老人を放って、もう帰るのか」




 ちくちくと刺してくる。




(いや、あと100年くらいは生きそうですよ、お祖父様)




 心の中で突っ込んだが、さすがに口には出せない。




「また遊びに来ます。今度はお祖父様も遊びにいらしてください」




 にこりと笑った。


 お祖父様はとりあえず納得したらしい。


 それ以上は何も言ってこなかった。




「それではわたし、弟に用事があるので部屋に戻りますね」




 祖父に断りを入れてから、自分の部屋に向かう。


 珍しく、シエルは迎えに出てこなかった。


 ユーリとルークに捕まるのを避けたのだろう。


 すでに散々、駄々を捏ねられたのは聞かなくてもわかった。




(一人だけ逃げたな)




 ずるいと思いながら、笑ってしまう。


 子供たちに駄々を捏ねられて困っている姿はちょっと見たかった。


 きっと可愛かっただろう。




 トントントン。




 わたしはシエルの部屋をノックした。




「はい」




 返事が聞こえる。


 ドアが開き、シエルが顔を出した。




「ただいま」




 わたしは微笑む。




「おかえり、姉さん」




 シエルも微笑んだ。




「話があるんだけど、入っていい? それとも、わたしの部屋にする?」




 わたしは尋ねた。




「入って」




 シエルは部屋の中に入れてくれる。


 わたしは明日帰れなくなったことを話した。


 言いにくいことはさっさと言ってしまうに限る。




「やっぱりね」




 シエルはため息をついた。




「そんなことだと思っていたよ」




 呆れられる。




「でも、昨日の女の子とは仲良くなったわよ」




 わたしはフローレンスのことを話した。


 シエルは黙って話を聞く。


 わたしは今日あったことのほぼ全てを話した。


 だが一つだけ、言えないことがある。


 それは確かめるまで誰にも言うつもりはなかった。




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