流れ流されて
「死ぬ気でかかって来な!!」
ザガがタークにそう言い放ったのですが、その言葉通り確かにタークからは只ならぬ雰囲気が漂っていたことでしょう。
ただ、ザガの意味する『死ぬ気』とは違う意味のような気がしたと同時に、私は彼等の対決を見届けもせずに一人、とある場所に向かっていました。
誰もが二人に注目していたので、私が抜けたことを知る者はいないのかもしれません。せめてセラには伝えておくべきかとも思われますが、一目散に駆けている自分にそんな余裕はなかったようです。
私の向かう先は、そう、タークが隠れ家としているだろう場所。それは私が最後にタークと接触した谷底の下流地帯。
隠れ家を発見してから覚えていた悪い予感が当たるのであれば、タークはザガとの決戦で死力を尽くすより、その最中、自ら谷へと落下することを選ぶ。
勿論それは自殺行為に等しいけれど、彼には死ぬつもりはない。そう断言できるのは、彼の生い立ちをその姉から聞かされていたこともある。
とは言ってもザガが意味する『死ぬ気』とは違うものの、命懸けであることは間違いなく、あの高さから落ちては普通ならまず助からない。
上手く着水出来たとしても身体の損傷もさることながら、意識も保っていられるかが問題で、気付かぬ内に更に下流で待ち構えている滝壺に落ちてしまっては、助かる命も助からない。
はっきり言って分の悪い賭けですが、もし彼が自分の姉をザガに渡さんとする一心の行動であれば、色々と納得がいく。
タークは最初から、ザガの手に負えない存在になることで、セラの出す婚姻の条件を潰すつもりでいたのです。だからこそ、自身が襲撃犯と疑われることも、その一環として、言い訳すらしなかったのでしょう。
つまり、どういう形であれ、タークは自分が育った里から姿を消すつもりで、わざと悪役を、そして誰も手が届かないでしょう、自らの死を演じるということ。
それでも生にだけは掴まろうとするのであれば、そんな彼に私が救いの手を差し伸べることもやぶさかではありません。というか、拾える命なら拾うべきなのです。
そんなことを考えながら、私が谷底にたどり着いた頃には、自分の髪は乱れ、疾走して跳ねた泥に体中がまみれている。そして呼吸が乱れ過ぎて、吐く息と共に涎が流れ出る、そんな口を閉じることも出来ない程。
こんな人には見せられない顔にまでさせたのだから…ある意味もっと凄いものを晒したことがあるような気もするけれど、その命は私が貰って、そんでもって私の旅の御供にしてやるんだから。
私は息を整えながら更に下流へ向かう。大きな滝のところまでたどり着くが、ここまでにおいて彼の姿はない。この滝から落ちたとしては助かる見込みはまったくないので諦めるしかないでしょう。
あとは例の場所に流れ着いていることを願って、私は来た道を少し戻り、そして川に沿って上流へと向かいました。するとどうでしょう、流れの内側となっている砂地に彼の姿があるではありませんか。
勿論健全な姿ではなく、命からがら這い上がったのでしょう、タークはほぼ頭部のみを岸に付けて倒れ込んでいて、息だけは確保していました。
そしてその利き腕には折れてもさらに岩肌もしくは川底に突き立ててボロボロになったであろう木刀が握られています。何があっても獲物を放さないところも姉譲りなのでしょう。
「ねぇ、ちょっと、しっかりして」
感心しつつも私は砂地に膝を付いて、尚も横たわっているタークの肩を揺らせますが、気を失っているようで返事がありません。
一命はとりとめたものの、その顔は蒼白で息も何だか弱々しくなっている様子。その頬に触れてみると、かなり冷たくなっているのが感じられました。
早く暖をとらなければなりませんが、その辺に彼はぬかりありません。この直ぐ傍に彼の目的の場所があるのですから。
そこは崖の岩壁と地面の境界で、背丈の低い植物が私の股下くらいの高さで茂っています。多少不自然さはありますが、生命力の強さだと説明されると、誰もが納得して見逃すことでしょう。
私も危うく騙される一人の筈でしたが、実はその植物、薬効成分を持つことで私に見初められたのが運の尽き。かき分けてみると、壁かと思われた向こう側は、這いつくばれば入れる洞窟となっていました。
前回、覗いた限りでは、薪や毛布が置かれていたので、彼の隠れ家と判断したのですが、後で思うと里では、それぞれの物品が無くなったことを言及していた人がいたような、いなかったような。
さておき今は、半身がまだ水に浸かっているタークをそこまで連れて行くことが先決。私は彼の上半身を起こし、彼の片腕を自分の首の後ろに回します。
その腕には崖の荒い岩肌にでも触れたのか、決して小さくはない裂傷が確認されました。選抜戦で必要になるかと自前の薬を持ち合わせていたのが幸いしそうです。
傷の手当は二の次と、私はその場から彼を運ぼうとしますが、足が思うように動きません。大の大人を運ぶわけではないと高を括っていたのですが、水を吸って重くなった衣服が妨げとなっているのでしょう。
私はいったん彼を横たわらせながら下ろして、その怪我のない方の腕を取り、引きずるようにして何とか巣穴のような住処の中まで搬送を終えました。
洞窟内は意外と広くなっていて、五、六人が寝転がることが出来る位の空間で、中が既に温かくなっているのが驚きです。
どうやらタークが里に姿を現す前に予め火を起こしていたらしく、今は既に消えていたものの、まだ余熱が残っているのでしょう。
残りかすとなった炭があることから、このまま薪を足せば、焚火の続きをすることも容易です。それでも私は一抹の不安を覚えつつ、自分の手をかざし『炎』を用いて薪に着火しました。
それを火種に焚火はあっと言う間に完成しましたが、懸念していたその煙による弊害はありません。出入り口から新鮮な空気が入ってくることで、どこかに煙が抜けていることが窺い知れます。
洞窟の奥は人が通れる広さはありませんが、きっと煙突のような役割を果たす仕組みになっているのでしょう。
煙がどこに立つかは知れませんが、この霧では煙自体が確認され難く、確認できたとしても、この洞窟が発生源であることまでは、そう簡単に見破られることはないでしょう。
つまり万が一、誰かがタークの生死を確認しにやってきても、少なくとも、タークが回復できるだけの時間は稼げるということ。
私は焚火を前にしてタークの上着を脱がせて、腕の手当を手際良く済ませます。一体全体、彼を含めて、ここ最近で何本の腕を診てきたのやら。
手当てを終えてから、濡れたままの下半身も脱がせようとしますが、何かが引っ掛かって上手い具合にいかない。ちょっと力を込めて引っ張ると、なんと男の子が飛び出してきました。
こういう形状で見るのは初めてではありません。過去にはそれをわざわざ見せつける様にして襲ってきた変態もいましたので、遺憾ながらどういう代物なのかは分かっているつもりです。
私の特質から鑑みると、その後のことは語るまでもないですが、意識のないタークがそういう状態だということは、とても劣情からとは考えられません。
ですが、子孫を遺そうという本能がそうさせているのであれば、本来の意味で彼にとって命に関わる危険な兆候でもあります。
こうなれば予断を許さない事態に他ならなく、私は自分が着ているものを全て脱ぎ捨てて、毛布を自分の背中に、そのまま彼の体に跨りながら覆い被さる体勢となりました。
お腹に彼のモノが当たって変な気分になりそうですが、こうでもしないとタークの体温は益々奪われることとなったでしょう。
その甲斐あってか、タークの頬には赤みが帯びてきました。それと同時に今まで青い顔色で目立たなくなっていた目の下のクマが顕著になってくる。
一体どれだけ睡眠不足なのでしょうか。仮眠は取っているでしょうが、やはり姉のセラと離れていたことで、安らかに眠れない夜を過ごしていたに違いありません。
顔色も良くなったし、これなら当分目を覚ますこともないだろうと、私は今の過激な恰好を正そうと、一旦タークから離れることにしました。
傍から見れば事後そのものでしょうし、肉布団なんて下品に揶揄されるようなことにでもなれば、一人の乙女としては泣くしかないでしょう。
私が自分の上体を起こそうとした、その時、突然目の前がひっくり返る。
何が起こったかを理解した時にはもう、仰向けでタークから馬乗りにされ、胸を開かされたような状態で両手首をそれぞれ抑えられていました。
何とか振り解こうとしますが、私の方が身長があるとはいえ、やはり相手は男。単純な力比べで敵うはずもありません。
そんな私が唯一出来たことは、タークは単に無意識で防衛行動をとっていると気付くことでした。今の彼の視線は焦点があっていないのですから。
このまま動かなければ、その内に私と認識してくれるでしょうか。
いえ、私と認識したところで、そのまま放してくれるでしょうか。
私にそのつもりは一切ないけど、彼に私が敵対行動を取ったと判断されれば、このまま息の根を止められるのでしょうか。
本能的な防御反応であれば、そうなっても不自然ではないのですが、ここでもう一つの可能性が頭をよぎります。というのも、私の胸の間から、馬乗りとなっているタークのそそり立つアレが垣間見えたから。
もし、死を直前としているのであれば、このまま本能的に自分の子孫を作る行動をとろうとしていることも道理に適うでしょう。
「お願い、ターク。私を放して…お願い…だから」
命乞いの言葉にも聞こえるでしょうが、果たして、どちらの命を危うんでいるのでしょうか。それすらわからないまま、私は涙ながらに訴えます。
ここで脳裏に亡くなった宗主様の顔が浮かぶということは、私ではなく彼が死ぬ運命だったということでしょうか。
御免なさい、そんな涙だったのかもしれません。
それを証明するかのように、タークは私の胸にその顔を埋める。そしてその瞬間、今度はまるで永遠に眠ったかのように彼は動かなくなりました。
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