第2戦:それは狂人たりて命を喰らう者とならん

 今回のゲームの会場はそれぞれの種族の住む世界を切り取り無理やりくっつけてある。

 そして開始位置はランダムで始まるようになっている。故にデュークとユキのように近くに配置され,すぐさま出会うということもある。だがそれは逆も然り―――

 最初の先頭から約一時間後,小人ドワーフの造った建造物が建ち並ぶ路地を一人の戦士が獲物を探し歩いていた。

 戦士の名はガウル・ルーベル―――『獣人』である。

 そしてその血に濡れた服を着た傷だらけの戦士は現在、非常に機嫌が悪かった。

 それは何故なのか―――理由は簡単,ゲーム開始から今まで,まだ誰とも出会えていないからである。

 ゲームが始まってからずっとガウルは歩き続けている。

 時にはわざと大声をあげたり物を壊したりしたが,誰も現れることはなかった。


「グルルルル」


 ガウルは飢えていた。それは食に対してではなく闘争に対して。

 獣人という種族は戦闘を好む傾向が強く,獣人たちの住む世界では日夜争いが絶えなかった。

 奪い奪われ殺し殺されの繰り返し,生まれながらの戦闘狂―――それが獣人という種族だった。そしてその中でもずば抜けて戦闘欲求の強い存在がガウルである。

 奪い奪い殺し殺し―――生きてきた。だから神がゲームに参加させようとした時もすぐさま承諾した。人質なんて関係ない。他者は自分の欲求を満たすための道具,生きようが死のうが関係ない。

 ゲームが始まれば今まで感じたこともないような快楽を味わえると期待していた。なのに―――


「どこにいる,早く出てこい!オレを楽しませろォ!」


 叫び声も只々悲しく響き渡るだけ。

 ガウルは怒りに身を任せ,小人の家を破壊した。

 そんな哀れな子犬の様子を上空から眺めている,存在が一人。


「フフフ,哀れだねぇ。こんなに近くに君の望む敵がいるというのに。哀れ哀れ。私はここだよ子犬ちゃん」


 鳥人ハーピー:ニコラ・デ・カルメラは空高くからガウルの様子を見てあざ笑っていた。

 ニコラがガウルを見つけたのは四十分ほど前,空から地形と参加者を把握している時だった。その時に物を破壊し徘徊しているガウルが目に付き今までずっとその様子を探り続けている。

 そうニコラは四十分もの間ずっと空を飛んでいるのである。

 そんなにも長時間飛べるのは天恵を使っているからではない。それは鳥人ならば誰もが出来る芸当である。

 鳥人は基本的に寒さに弱いため,冬が来る前に暖かい場所に渡りを行う。目的の場所を目指して何千何万キロも。海の上にいれば休憩などできないし,もし一人だけ休憩しようものならそのまま群れとはぐれてしまう。

 そんな大移動の時の過酷さに比べればたかが四十分程度,朝飯前だった。

 勿論ただ見ているわけにもいかない。いつかは戦わなければならないのだが,今はまだその時ではないと高みの見物を決めていた。

 ただそれは戦いを有利に進めるため,というわけではなかった。単なるニコラの趣味だった。

 他人が困っている様子を見るのが三度の飯よりも好きだという彼女は,ガウルのいら立つ様子を見て楽しんでいたのだ。

 だが幸いにもその趣味はこのゲームにおいては事を有利に進めることが出来るものだった。

 いら立った状態で戦えば冷静さはなくなる。そうすれば必然的にミスが多くなるものだ。

 勿論そんな考えはニコラにはなく,単なる偶然だが今この時点ではニコラが一つ有利な状況だった。


「でもねぇそろそろ飽きてきちゃったなぁ。そろそろ始めようかな」


 ニコラは体を傾け急降下した,標的を補足して。目にもとまらぬスピードでの急降下。落下までの時間はわずか数秒。

 地面すれすれで体を立て直したニコラはスピードを保持したまま,獲物を探しているガウルの身体に爪を食い込ませた。


「ガァッ―――!」


 だがその強襲はギリギリのところでかわされ,肩の肉を少しえぐる程度だった。


「フフフフフ,ざーんねん。でも楽しい楽しいショーはこれからだよ!」


 再び上昇したニコラはもう一度ガウル目掛けて強襲した。先ほどに比べれば速度は劣るがそれでも尋常ならざるスピード。

 今度は首を裂きにいった。


「そぉれぇ――――――」


 腹部に凄まじい衝撃がぶつかった。

 ニコラはそのままバランスを崩すと地面へと墜落した。


「グエェェ―――ガハッゴホッ――――――ッ」


 嘔吐した。だがそんなことはどうでもいい。

 ニコラは立ち上がると自身を墜落させた相手を睨んだ。


「よくも……よくもやってくれたな」

「ハハハハハハ,やっとだ……やっと戦える。待ちわびていたんだ。楽しませろよ鳥」

「黙れ下等生物が―――」


 ノーモーションからの蹴りがニコラに直撃した。


「――――――――――――――――――ッ!」

「ハッハァ!」


 防御も出来ず受け身も取れずニコラはそのまま壁へと激突した。

 凄まじい威力だった。壁は粉々に砕けニコラは瓦礫の下敷きとなった。

 予備動作は一切なかった。なのに驚くほどに凄まじく速い攻撃。

 ニコラでなければ一撃で勝負は決していたかもしれない。


「君嫌いだ私」


 瓦礫の山から出てきたニコラは無傷だった。直撃した箇所に傷は一切なかった。

 それにはガウルも驚いたのか呆気に取られているようだった。

 その様子を見たニコラは自慢げにそして得意そうに自身の天恵について語り始めた。


「私の天恵は『身体硬化ボディーガード』。君のやわな攻撃じゃ傷一つ付けられないのさ。もっとも最初の一撃は硬化が不十分で危なかったんだけどね」


 ニコラの天恵は文字通り身体を硬質化させるという能力。たとえ爆弾を投げ込まれようとも無傷で生還できる。

『硬い』―――それだけに特化した能力だがそれゆえに強力な武器となる。

 先の急降下攻撃がもしも決まっていればガウルの首は吹き飛んでいただろう。

 速度が乗った攻撃というのはそれだけで脅威だが,それを生身でやるというのは本来ならば不可能である。

 何故ならばスピードに耐えることが出来たとしても,攻撃を当てた際にその衝撃で自身の身体にまでダメージが来るからである。

 しかし『身体硬化ボディーガード』を得たニコラならば骨の髄まで硬質化させることで自身の身体を刃として使うことが出来る。


「もう油断はしないから,さっさと私に殺されてよ」


 今度はニコラが先に動いた。

 硬質化した手がガウルを襲う。その攻撃を避けて受け手を繰り返す。


「ほらほらぁ,どうしたの?反撃してみなよぉ」


 顔面を狙った一撃―――ガウルは後ろに跳躍し回避すると,手を大地に置き,四足歩行の体制となった。

 ガウルの―――獣人の戦闘態勢。本気になった。


「ガルルルル……」


 ガウルは低く唸ると大地を蹴った。

 爆発したような音と共にガウルの姿が消える。

 次の瞬間―――ニコラは宙を舞っていた。

 何が起きたのかは分からない。気が付いた時には空高く舞い上がっていた。

 遅れて顎に激痛が走る。それで自分が攻撃されたのだと分かった。

 先ほどの二回の攻撃とは比べ物にならないほどの威力。『身体硬化ボディーガード』がなければ身体は粉々に吹き飛んでいただろう。

 ニコラは空中で体制を立て直すと逃げるように上昇した。


「なんなのなんなの,アイツ―――」


 天恵を得たことで強気になっていた。無敵になったと思っていた。

 まさか『身体硬化ボディーガード』が破られるなんて思いもよらなかった。

 実際には破られたわけではないのだが,ダメージを受けた―――その事実がニコラの心までも砕いてしまった。

 その結果,『逃げ』逃げという選択肢以外がニコラの中からなくなってしまった。


「勝てるわけがない―――殺される。死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない――――――」


 轟音が聞こえた。その瞬間―――


「ハァア~,逃げるなよ。楽しくなってきたばかりだろ!」


 目の前にガウルが現れた。

 どうやってここまで―――空を飛べる者でないと到達できないほどの高度だった。

 だがそんな疑問に答えてくれる者はここにはいない。

 いるのはどうしてここにいるのかわからない獣人だけ。

 そしてその獣人は落下する前にニコラにしがみついた。


「クッ……は,放せ。放せぇぇぇ!」

「ハハハハハハ,放すわけねぇだろ」


 ガウルは大きく口を開けるとニコラの肩に噛みついた。

 勿論『身体硬化ボディーガード』で硬化しているニコラの肩を簡単に噛み千切ることはできない。

 だが構わずガウルは噛み付き続けた。すると―――


「アアアアアアアァァァァァ!」


 肩の肉が千切れ,血が噴き出した。

 それによりバランスを崩したニコラはガウルもろとも墜落を始めた。

 体勢を立て直そうとしようにも,片腕がうまく動かせない上にガウルがしがみついている。

 このままでは地面に叩き付けられてしまう。たとえ硬化していても無事で済むとは限らない。

 死にたくない―――ならばやるべきことは一つ。墜落するまでにガウルを引き離すこと。

 ニコラは動く右腕でガウルの左目を衝いた。


「ガアァァッ!」


 悲痛な叫び声が上がる。だがなぜかその表情は笑顔だった。

 何故この状況で笑えるのか―――怖い怖い怖い怖い怖い―――ニコラの全身に恐怖が巡った。


「嫌ぁーーーーーーーーーー!」


 暴れて暴れて暴れまくった。目の前の得体のしれぬ怪物を引き離すために。

 だが離れない。何をしようとガウルは不気味な笑みを浮かべ離そうとしなかった。


「ハーハッハッハーッ,ハハハハハハ―――――――――」

「お兄ちゃん助けt―――――――――」


 そして悲しくも二人は轟音を立て墜落した。


 ********************


「し……死んだのか……?」


 獣人と鳥人の戦闘の結末を見ている者がいた。

 馬の下半身に人間の上半身を有する種族―――『半馬人ケンタウロス』である。

 半馬人:シィ・ユアンは驚くべきことに二人の戦闘を最初からずっと見ていた。

 なのに何故見つかることがなかったのか。

 それはユアンの天恵―――『透明人間アンノウン』を使い姿を消していたからである。

 決着を見届けたユアンは土煙に隠れている、二人の元へ歩み寄った。

 それは二人がどうなったのかを知るためでもあったし、もしも生きていた場合は止めを刺す為でもあった。

 ユアンは両腰が下げている剣を手に取った。

 どんな場面でも決して油断はしない―――それがユアンの戦士としての姿勢だった。

 どんなに有利な状況であっても一度の油断で命を落とす。そんな場面をユアンは何度も目にしてきた。だから勝利の目前こそ決して気を抜くなかれ―――その思いを胸に今まで戦ってきた。

 ゆっくりとゆっくりと近づき,少し距離を開け立ち止まりユアンは砂埃が晴れるのを待った。

 砂埃が晴れるとそこには―――


「ハッハハッ,ハハハハハハ!オレは死なねェ!最強だァ!」


 手足の骨が肉を貫き砕け血が吹き出した状態のガウルがニコラの上に乗っていた。

 ガウルの下敷きになっているニコラはどうなったのか―――地面に叩き付けられた衝撃で眼球は飛び出し,臓器は口から溢れるという見るも無残な状態で死んでいた。

 硬化能力を持ったニコラでさえ耐えることが出来なかった衝撃を無傷ではないとはいえ耐えきった。

 そしてそんな状態でも嬉々とした表情を浮かべるガウルにユアンは今まで感じたことのない感情を抱いた。

 手足が震える―――今にもここから撤退したい,いや撤退すべきだと本能が告げる。だがそんなことは戦士の誇りが許さなかった。

 進め―――退くな―――立ち向かえ―――


「吾は戦士,勝機をみすみす逃すなどあってはならん!戦士シィ・ユアン参る」


 ユアンは走り出した。

透明人間アンノウン』の能力―――それは姿を消すことだけではない。声も音も匂いさえ消しさることが出来る。

 故に何処にいようと何をしようと絶対にバレることはない―――はずだった。

 ユアンは突然足を止めた。止めざるを得なかった。何故ならガウルがこちらを見ていたから。


『な……何故こちらを見る。吾がいることが分かっているのか……?』


 ユアンの考えは正解だった。ガウルはそこにいる『何か』に気が付いていた。

 戦士の勘というよりも野生の勘だった。常に死地に身を置くことで開花した第六感ともいうべき感覚。

 そしてそんな『何か』に対してガウルがとる行動は―――


「――――――――――――ッ!」


 予想だにしない動き。ユアンは何とか剣を使いガウルの突進を防いだ。

 まさに化物―――壊れた四肢のことなど関係ないかのように突進をしてきた。


「やっぱりいたなァ,隠れても無駄だァ!姿を見せやがれェェェェ!」


 立ち上がることが出来ないのか地に付したままガウルは叫んだ。

 だが死にかけの戦士の要望といえどユアンは姿を現そうとはしなかった。

 冷静に―――冷静を装ってガウルにとどめを刺そうとした。

 しかしその攻撃は外れる。ガウルが無理やり身体を転がし回避したのだ。

 見えない・聞こえない・感じないをそろえた攻撃をガウルは何度も回避した。

 そして壁際まで追い詰められたガウルは飛び出した骨を壁に打ち付けた。一度ではない。何度も何度も何度も,骨が腕の中に納まるまで何度も打ち付けた。

 正気ではない。常人ならば痛みに耐えられずのたうち回るだろう。そもそも四肢が砕け血まみれの状態で生きているということ自体が異常。

 そんな様子をユアンは見ていることしか出来なかった。体が震え動かすことが出来なかった。

 異常な戦士は腕の骨を無理やり収めると今度は無理やり直したばかりの腕を使い,脚の骨を力ずくで戻した。


「化物め……」


 正気に戻ったユアンはすぐさま剣を構えた。だがもう手遅れだった―――

 ガウルは動くはずのない四肢を動かし戦闘態勢をとると大地を蹴った。

 気が付いた時にはユアンの左手は身体から離れ宙を舞っていた。血が吹き出,激痛が走る。

 だが声を上げる暇もないまま二撃目がきた。背後からの攻撃―――ユアンは身体を無理やり捻り,剣を振るった。

 先ほどの手をちぎった攻撃が何いよるものかユアンは瞬時に理解していた。

 狙うは手首。爪さえなければ獣人など畏るるにたらない。

 狙い通り剣は手首を斬り裂きガウルの右手は宙を舞った。

 だが何故か―――ガウルが過ぎ去った後,ユアンの右腕が無くなっていた。

 左手を斬った時とは違い引きちぎられたかのような断面。

 ガウルを見るとその口にはユアンの右腕が加えられていた。


「きっ貴様ぁッ!」

「ヘッ,なかなか美味いじゃねぇか」


 ガウルは一口だけ腕を喰らうと無造作に放り捨てた。


「あぁそうだ。最後に一つテメェに教えといてやる。なんでオレにテメェの居場所が分かるのか,それはテメェが動くときに出る空気の変化,振動を感じ取っているからだ。分かったか」


 戦士としての格が違う―――ユアンは瞼を閉じた。

 半馬人は基本的に名しか持たない。だが戦果を挙げ続けた者で稀に姓を授かることがある。

『シィ』とは半馬人の世界で最強を表す言葉。すなわちユアンは半馬人の中で最も強い戦士だったのだ。

 そんな最強をも上回る最強にして最凶の獣人の戦士ガウル。

 この時ユアンの中に恐怖は存在しなかった。あるのは尊敬―――戦士としてガウルに感服していた。

 強いものが生き,弱いものは死ぬ。それが戦場なのだ。


『叔父上すみません。吾はここまでのようです』


 ユアンの首を牙が引き裂いた。

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