お題【立て掛けた傘】
私の職場は古い雑居ビルの一室にある。
なのでタバコを吸うときは一階まで降りて裏口から外に出て、そこで吸わなきゃならない。喫煙ルームなんて洒落たものはないから。
その日も、外に出てぼんやりとタバコ休憩を取っていた。
駐車場を挟んだ向かいのあのビル、うちと同じくらい古いよな。そんなことを考えながら。
するとスーツ姿の男がそのビルの裏口から出てきたんだ。お、お向かいさんもタバコかな? せちがらい世の中だよねぇとか心の中で握手を交わした気になっていたら、あちらさん、懐から長いものを取り出して非常階段のところにすっと置いた……いや、置いたってよりは立て掛けた?
しかもその長いものってのが、遠目でよくはわからないけれど傘みたいなものだった。
折りたたみなんかじゃない、長傘。
そんなものを懐から出すなんて気になるじゃないか。しかもそのスーツ男は傘を立て掛けたあと、しばらく空を見てからふらりとどこかへ居なくなってしまって。
私はつい駐車場を横切って、向かいのビルの裏口の辺りまで走ってしまった。忘れ物を届けてあげたいって気持ちよりも興味の方が大きかったかな。
それはやっぱり長傘だった。青い大きな……たぶん、90cmかそれ以上あるかも。懐には入らないよなぁ、と、つい手に取ったその瞬間、ズシンと大きな音が聞こえた……このビルの中からか? 怖くなった私は傘を元の場所へ戻し、急いで自分のビルへと走って帰った。
その後、ほどなくして救急車のサイレンのようなものが聞こえてきた。
何人かの同僚たちが野次馬根性で見に行ったようだが、私はもうあのビルを見ることさえ怖くて。
手のひらが妙に汗ばむ。
しばらくして同僚たちが帰ってきた。
「水道管の破裂だってよ」
ヒトゴトだからか若干嬉しそうに帰ってきた彼らの後ろ、閉じかけたドアの隙間に、あのスーツの男が通り過ぎるのが見えた。え、ちょっと待てよ……反射的に思わず廊下へと出たが、もう誰の姿もない。
だが代わりに一本だけ、長い傘が廊下に立て掛けてあった。
その傘は、妙に生々しい赤色をしていた。
<終>
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます