地元妖怪
「地元妖怪か……」
部活の帰り道、
誰が書いたのかは知らないが、微妙に汚い字で『一反木綿に注意!』と書かれている。
「それってもしかして一反木綿のこと言ってる?」
実は僕らの地元には一反木綿っぽい伝説がある。
でも本物の一反木綿とはちょっと雰囲気違うし、多分それが原因でウィキペディアにも載ってないんだと思う。
「他にいる?」
いや、いない。いないけど。
「でもここの一反木綿って、名前は一緒だけどなんか違わない?」
「まぁなー」
ここの一反木綿は、姿かたちや人に巻き付くのは一緒なんだけど、血じゃなく口を吸う。
もっとも口を吸うのは一反木綿じゃなく、巻き付かれた者同士なんだけど。
「しかもこの道だろ? 並ばず通り」
この並ばず通りを男女二人で歩いて一反木綿に出遭うと、二人一緒に一反木綿にぎゅっと巻き取られて、そのときに互いの唇同士が必ずぶつかって、古風な言い方でいうところの「口吸い」が発生するという、なんとも痴妖怪みのあふれる言い伝えだ。
だからこの通りは、未婚の娘や夫が居る女性は歩いてはいけない、なんていう暗黙のルールがあったりもする。
「そうそう。おかげで近隣の学校では近道だってのにこぞって通学路から外すっていうね」
康人の笑い声がやけに高く見える空へ吸い込まれる。
そうなんだよな。
だからこの道はいつも空いている。
「騒ぎすぎとは思うよ。僕らこの道何度も通ってるけどさ、見たことないもんな」
何気なく言った言葉。
だけど康人の表情がやけに固い。
「こないだ、うちのじいちゃん亡くなっただろ?」
「あぁ、うん」
もしかしてアレか?
康人のおじいちゃん、もしかして一反木綿で町おこし企んでたりしてて一反木綿関連ディスる発言はNGだったり?
「遺品整理で蔵の中を大掃除してさ、そのときに古い巻物を見つけたんだ」
「巻物?」
まさか昔の人が一反木綿捏造するために使った白紙の巻物とかだったり?
「アレがなんでウィキペディアに載らないのか、その巻物を読んでわかったんだ」
「すごいなヤッスー、昔の巻物読めるのか!」
康人は僕をじっと見つめた。
急に風が強くなったから目を細める。
「アレは妖怪じゃないんだ」
アレって、一反木綿のことだよな?
でもその言い方……巻物に書いてあったって本当なのか?
「妖怪じゃなく人の手で作られた巻物でしたってオチ?」
空気を変えたくておどけてみた。
「半分合ってる」
「合ってるのかよ!」
マジか!
「アレは式神の一種なんだ。一反木綿を模して作られたんだ」
「それ面白い設定だな。マンガにしてSNSにアップしなよ」
軽口で返してはいるが、辺りの空気はなんか重いまま。
風はますます強くなる。
「男女とか関係ないんだよ」
康人の声と同時にひときわ強い風。
思わず目を閉じた、その間際のわずかな一瞬に見えた。
康人の背後に細長くて白い布みたいなのがはためくのが。
「俺っ! 昔からお前のことっ!」
その直後、何かに包まれた。
<終>
一反木綿
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