Section4『クレアという女』~時系列『現在』~

 クレア・Cシャルロッタ・ヘンドリクス……改め『シャルロット・デンチ』は連合国リ・アメリカ側の潜入工作員スパイとして、敵側のアジト「エルシュ・ナノバイオ研究所」に訪れていた。

 極端な大自然を有する島と聞いて、どこかで落雷が怒るたびにひぃひぃ悲鳴を上げたものだ。


 しかし潜入任務は遂行しなくてはならない。今は紛いなりにも所属は敵対側ヴィック・バンだ。ヴィクター・バーンズの動向に関する情報を味方ASFに流さなければ、そしてバーンズの目が光る中、道化を演じなければ自分の命はない。


 しかし、なんだってクラーク司令は自分に危険が伴う潜入任務を命じたのか? 不器用で危なっかしいと自称している自分に。

 たしかに戦闘諜報軍ASFの人手不足は深刻で、自分は潜入工作員としての適性試験を通過したがよりにもよって自分に……。




 クレアが研究施設アジトの廊下を歩きながら色々思っていると、なにかにぶつかり、尻もちをついた。


「痛たた……」


「すまない、大丈夫?」


 女の声が聞こえ、視線を上にやれば、自分の倍はある体格の成人男性を肩に担ぐ銀髪の女がいた。


 フィオラ・ウィリアムズ……。クレアは心の中で言う。戦闘諜報軍からヴィック・バン側に寝返ったとされる少女兵だ。


 クレアはすくっと立ち上がり、「は、はい! 大丈夫です」と叫んだ。


「本当に?」


 フィオラは訝しげに男を担いだまま、クレアの瞳を覗き込む。あ、この人綺麗な瞳をしているんだな、と場違いにも思う。


「あ、はい! それよりもそのひと、どうしたんですか?」


「戦闘諜報軍の特殊部隊ドールズのスナイパーだよ」


 戦闘諜報軍……その単語を聞いた瞬間、クレアの心臓がどくんと跳ね上がる。


「あっ、あたしも手伝いましょうか?」


「いいよ。私ひとりでじゅうぶん」


「い、いやそういうわけには……」


 クレアは半ば無理やり男の足を取った。

 フィオラは「ああ、もう」と呆れながらもクレアに運ぶのを手伝わさせる。


 二人は医務室に男を連れて行った。


 固くごわっとしたベッドに男を寝かせる。


 男は足の太ももに怪我をしていた。どうも狙撃弾で射抜かれた傷跡らしい。


 フィオラは「O型の輸血パックあったかな?」と保管庫をあさり出した。


「なんでこの人の血液型を?」


 疑問に思ったことを聞くと、彼女は「彼は昔のお友達みたいなものだから……あ、あった」と赤い液体の詰まったパックを取り出す。


 器具をセットし腕部に針を刺すと、「これでよし」とフィオラは立ち上がった。


「私はボスにドールズの狙撃手スナイパーを捕獲したと伝えてくるから、あなたはここでこいつを見張ってて。シャル」


 フィオラはそう告げると、ささっと医務室から出ていった。


 彼女の出て行ったドアの方をしばし呆然と見た後、負傷している男を見下ろす。


 男は痛々しく呻いていた。


「だ、大丈夫?」


 クレアがそう問うと男は返事代わりにまた呻き声を出した。


 よほど痛みに堪えてるのか、男はベッドの上でゆさゆさ揺れている。


「き……君は?」


 男がやっと口を開き、うめき混じりに誰何すいかを問う。


 クレアは自分の所属組織である戦闘諜報軍と本名を挙げようとして、やめた。

「どんな事が起ころうと、自分の身元を明かすことを禁ず」と戦闘諜報軍の工作員エージェントとして働く前の規約に書いてあったから。


「あたしはシャル。ヴィック・バンの雑用係よ」


 男は伏せていた目を開き、クレアを見た。その目は充血していて真っ赤に染まっていた。


「そうか……。おれはフィオラに撃たれて……くそっ」


 男はそこまで言うと何を思ったのか身を起こし始めた。


「だ、ダメよ! あなたは怪我しているんだから、しばらく安静にしておかないと」


 クレアは慌てて男を元の位置に寝かせる。


「ちぇっ、ほんのかすり傷だよ。フィオラの下手くそめ」


 男は呻き、諦めてクレアの方を横目で睨む。


 フィオラ・ウィリアムズはヴィック・バン側としては最強の狙撃手と言う噂だった。クレアも何回か彼女の射的を見たことがあるが、凄まじい速さでどんどん的を倒していく姿が印象深かった。それを「下手くそ」と言い切る彼は一体――。


「なぁ、お姉さん」


 男にそう呼ばれ、クレアの思考は中断される。


「な、なあに?」


「おれの頭の後ろにあるこの端末、何色に光ってる?」


 男は背中を向け、後頭部を見せる。


 そこにはムカデのような無機物が、背中から首を通って張り付いていた。首の裏……の先端部には発光体があり、黄色に光っている。


 この人、ドールズなのか、とクレアは思った。噂に聞いたことがあった。フィオラが所属していたところで、デザイナーベイビーの出自を持つ少年兵をメインに結成された連合国リ・アメリカ側の特殊部隊だと。


「黄色……。黄色に光ってるわ」


 クレアが告げると、男はなおも悔しそうに左手の拳をベッドに叩きつけた。


「くそっ、足さえ使えれば……!」




 それが、カイル・カーティスとクレア・ヘンドリクスの出会いだった。

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