夢だったのかな

 ギネスにも載った某FジTVのお昼の長寿番組がまだやっていた頃の話。


 その日、風邪気味だった私は、金曜日だったこともあり会社へは症状を誇張気味に訴えて休みをもぎ取り、ベッドの上でうとうとしていた。するとおなじみのあのテーマが聞こえてくる。「ああ、もう昼か」と飲まなきゃいけない薬のために昼飯をどうしようかと思いつつも起きられないままでいたのだが、Tモリさんの声に混じって聞き覚えのある声……この人、博多の叔父さんの声に似ているな、とチラリ画面を観ると……え?

 Tモリさんの横、ゲスト席に見覚えがある叔父さんが座っている。小さな頃からよく遊んでくれていた博多の叔父さん。さすがに飛び起きた。そしてボリュームを上げようと近くにあったリモコンをつかんでテレビに向ける……と、なぜかテレビが消えている。あれ、間違って電源落としちゃったかな。慌てて電源を入れ直してすぐ違和感を覚えた。Tモリさんの横に居るゲストが女優なのだ。嘘だろ、さっき確かに叔父さんが……そのタイミングで電話が鳴った。母からだ。


「もしもし、母さん?」


「あ、つながった。ね、今、大丈夫?」


「大丈夫だけど」


「あんた、博多の叔父さん、覚えてる?」


「もしかして、いいとも?」


 さきほど自分が見聞きしたもののが妙にリアルだったせいで思わずたずねてしまった。もちろん今、画面には全く違う女優が映っていることなどわかっているのだが。


「こんなときに何冗談言っているのよ。叔父さん、倒れたのよ。で、救急車で運ばれたんだけど……助からなかったんだって」


「え?」


 酔いがさめた時のように意識が急にハッキリした。手短に事務的な情報を交換して電話を切る。耳の奥に残っている叔父さんの声の余韻をもうちょっとだけ噛み締めたくて、私はテレビを消した。



 

 翌日である土曜日が通夜で、日曜が告別式。私はすぐに飛行機のチケットを手配する。土曜の朝の便。それまでに少しでも風邪を治しておかないと、と私は素麺を茹でて温かいまま食べ、薬を飲んでベッドにまた横になった。


 飛行機が到着する福岡空港に私は特別な思い出があった。実は福岡空港は叔父さんが昔、働いていた場所なのだ。小学生の頃、私は叔父さんに連れられて福岡空港の管制室へ見学に連れていってもらったことがある。それだけじゃない。セスナに乗せてもらってことだってある。叔父さんは空から見る地形が好きで、本当はパイロットになりたかったのだけどなれなくて、それでも結局飛行機関連の仕事に就いたって言っていたっけ。


 その時、急に思い出した。そう言えば叔父さん、新宿のゴールデン街で若い頃にTモリさんと会った事があるって言ってたこと。Tモリさんがお昼の番組を始めてまだ何年も経ってない頃で、地形好きでおまけに同郷の叔父さんとすっかり意気投合したTモリさんは「そのうちゲストに呼んであげるよ」って言ってくれたんだと、自慢していたっけ。

 さっき画面に映っていた叔父さんは、熱に浮かされた私の夢だったのだろうか。いや、違う。きっと叔父さんは最期の挨拶に来てくれたんだ。そう考えることにした。それにしても叔父さん、番組に出ること、夢だったのかな。それも深夜じゃなく昼間のを狙っていただなんて。


 その夜、私はテレビを消してTモリ倶楽部の時間を待ったが、やっぱり叔父さんが映ったりはしなかった。



<終>

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