第3話 なんていったって彼は頼もしい助っ人

ミリステア魔王国は世界地図の西側に位置していて、極国は東の端に位置していた。

上にあるパスカ龍王国を通らず、真横の2つの国を通り、海を渡った先の島にある。


移動は魔法移動陣を馬車と船。

2つ目の国は魔法陣がないので馬車で横断する必要がある。



わたしの出立はとてもあっさりしたものだった。

ミカルガさんとミロクさん、マリウスの3人だけの質素なもので、クリード殿下やローレンス様はいらっしゃらなかった。


多忙だったとか薄情だったわけではない。

前日にクリード殿下が寂しさで盛大な雨嵐を起こしたことで『お見送り禁止』になっただけだった。

そのとき、うっかり口走ってしまった言葉に今でも後悔している。


ちなみにローレンス様とクレアは完全に巻き添えになっていた。ずるいと殿下に捕らえられているらしい。



魔法移動陣の場所は馬車で2時間程度にあるところだった。

すでに到着したわたしたちは、移動陣の準備が完了するまで食堂で昼食を兼ねて待機している。


極国きょくごく、正しくは唯一交易している国で雇用された御者2名は、現地のギルドメンバーでもあるらしく、快活で気さくな方々だった。

送迎と護衛は手慣れているそうで、とても誠実な印象を受ける。

道中どんな扱いを受けるのかと思っていたけれど、今のところ思ったより良いと思う。


そう感じるのはもうひとりの護衛役の存在も大きい。



「いやーまさかこんなことになるとは思わなかったッス!」



色黒で黒く短い髪をもつミリステアのギルドメンバー、蜥蜴人族とかげひとぞくのケンである。



「もう祖国には戻らないって決意して国を出たからさ、まさかこんな形で里帰りするとは思わなかったッス!

メイシィさん、まさかミリステアの魔法薬師だったなんて!しかも極に呼ばれた精鋭とかヤバすぎッス!」

「あはは、たまたまだよ」



出立までの1週間、ギルドに掛け合ってケンを雇用したのはローレンス様だった。

セロエとの一件で一方的に彼を知っていたローレンス様は、ある程度市井しせいに慣れ、動きが軽く、ミリステアの事情が分かる頼れる助っ人が必要だろうと呼んでくださったという。

たまたま極国生まれだったケンは快諾してくれた。

実はセロエに『メイシィが頼ってきたらできる限り助けてやってほしい』と頼まれていたらしい。



「ケンが来てくれて本当にうれしいよ、ちょっと心細かったし。セロエにも感謝しないとね」

「こちらこそ指名してくれて有難いくらいだっス!極はあまりにも他の国と違うし、メイシィさんはだいぶ目立っちゃうと思うんスよね」

「目立つ?」



ふいに、魔法移動陣の管理担当がわたしたちの名前を呼んだ。

立ち上がり指示に従って移動しながら、ケンは大きな瞳に刻まれた長細い黒目をこちらに向ける。



「ローレンス様に頼まれてるんで、道中、いろいろ説明させてもらうっス。

これからメイシィさんが行くところ、天帝様の神域『色彩姫宮しきさいひぐう』について」



にっこりと無邪気な笑顔でケンは胸を叩いて見せた。

自信満々な表情にくすりと笑いながら、わたしは頼りにしてるね、と頷いた。




―――――――――――――――



移動陣を使ってさらに隣国で到着したわたしたちは、約20日間を横断に費やすため、馬車に乗り換える日々が始まった。


流石に馬もわたしも疲弊してしまうので、移動しっぱなしの野宿生活ではない。

街を転々としながら数日に一度、御者のおふたりがあたらしい馬車の手配に1日街に滞在する。

その日は散策半分、ケンからいろいろと教えてもらうのが半分。

極国に到着するギリギリまでわたしは知識を詰め込んでいる。



「ミリステアやパスカ、他の国のほとんどの王族は、1人と結婚して長男に王位を継がせることがほとんどっスよね?まあ、2人3人くらい王妃様がいたり次男や女性が継いだりするときもあるけど」

「そうだね」



滞在している宿屋の1階。夜ご飯として鳥の丸焼きでお腹を満たしたわたしたちは、残った骨の残骸をいじって話をしていた。



「極の王様、『天帝』は試練を乗り越え大地の神を身に宿した人がなるものだから、産まれた日はあんまり関係ないんスよ。

ただその『試練』ってやつは現天帝の血を持つ子供だけが参加できて、死人が多い危険なやつらしい」

「へえ、そんなに難しいんだ」



大きな骨は天帝らしい。

ケンは中くらいの骨をいくつも周りに並べ、その外側に小さな骨を置く。



「だから、参加する子供は多ければ多い方がいい。

ってことで、極の王様は『一夫多妻制」なんスよね~」

「その中の一人がユリリアンナ様……」



その通り!とケンは笑顔を浮かべて、中くらいの骨のひとつをつついた。



「今まで国外から妃を迎えることってなかったんスけど、1000年ぶりに、しかも全く関わりのない知らない国の外人だったんスよね~」

「そうなんだ」

「前に言った『色彩姫宮しきさいひぐう』ってのはその妃全員が住むひろーい敷地のことッス。妃は本名とは別の色の名前が付けられて、その色の名前の家でくらしてる」

「もしかして……緑青ろくしょう妃のこと?」

「そうッス!ユリリアンナ様はそう呼ばれてるってローレンス様が言ってた」



緑青色というと、銅像でよく見る青みがかった緑色だ。ユーファステア侯爵家の4人の女性たちが持っている、母親譲りの瞳の色。



「極国の人々はみなさんヒューマンで黒髪黒目の方がほとんどらしいね。ユリリアンナ様は確か茶色の髪に緑青色の瞳をお持ちだったとか、珍しい色に見えるかもね」

「そっか、緑青妃の名前は目の色からきてるんスね。まあ、珍しい色って言えばメイシィも同じだけど」



確かにわたしも珍しいかもしれない。真っ白な髪に真っ赤な瞳はミリステアでも兎人族とびとぞくの中でも珍しい白兎の特徴だ。

いろいろな特徴の人がいて当然の環境だったからさほど気にしたことはなかったけれど。


そう思いながら髪先をくるくるいじっていると、ケンは複雑そうな顔をした。



「うーん」

「どうしたの?」

「いや、言うべきか言わないべきか、って思ってさ。ただオレの推測だしなあ」

「何のこと?」

「到着するときに言うよ。オレがいたときと国の様子が変わってるかもしれないし」

「そっか」



ケンがそう言って切り上げてしまったこの話題は、そろそろ寝ようという一言で続けることができなくなってしまった。




―――――――――――――――――




その夜、わたしは誰もいない自室の固いベッドの上で、ごろごろと寝返りを繰り返していた。

どんなに目を瞑ってもぼんやりしない視界は、カーテンの隙間からちらちらと星の光を鮮明に映している。



クリード殿下は、心穏やかに過ごしていらっしゃるだろうか。

わたしはあれから無意識に、あの嵐の日を思い出している。



『クリード』

『何だいローレンス、変な顔をしているね』

『言いたいことはわかるな?』



出立の前日、わたしは全身の軋みを感じながら困惑していた。

前にはローレンス様とクレアがいて、クリード殿下をじっと見つめていた。



『この嵐をどうにかしてくれ』

『……嵐という現象は自然現象だよ。僕が何をどう思おうと起きるものは起きる。今回はそれじゃないのか?』

『確かにその通りだ。だが、今回ばかりは妖精を感知できない俺でもわかるぞ。

この嵐は間違いなく妖精の暴走だ。

寂しいのはわかるがそろそろ覚悟を決めたらどうだ?』

『……寂しくないと言えばうそになる。けれど、僕はちゃんと心に折り合いをつけている。今回ばかりは僕じゃない』

『なら、』



ローレンス様はわたしの身体に回る腕を見た。



『メイシィをそろそろ離したらどうだ?ミロク殿が講義のために待っているのだが??』

『……』



外から轟音が聞こえた。雷である。

びっくりするわたしの身体に、さらに力が入る。

もう1時間はこの体勢、流石にあちこちが痛い。

ついこの前はあんなに爽やかに送り出してくれそうだったのに、殿下はやっぱり我慢が苦手な正直者だ。



『……メイシィ、悪いんだが、クリードに何か約束してくれないか』

『約束……ですか?』

『これから君たちはしばらく離れて生活することになる。さすがの俺もクリードにただ耐えろと冷たくあしらうつもりはない。

長期間平穏を保つことができたのなら、帰ってきたときに少しくらいの褒美はあってもいいと思う』



今思い返しても珍しい発言だった。

なんやかんやローレンス様はクリード殿下のことを大切に思っていらっしゃるのだと、改めて感じたわたしはまじめに考えることにする。


そうして腹を決めたご褒美とは。



『わたしをぎゅってしていい権利をあげます』

『嫌だ』

『え』

『メイシィのおねだり付きが良い』

『………………………………はい……わかりました』

『!』




「言わなきゃよかったな……」



そこまで思い出してから、慣れた言葉を独りちる。

きっと、ぎゅうぎゅうにやられてしまうに違いない。

……潰されないようにちょっと身体を鍛えておいた方がいい?


なんて思考を巡らせていれば、視界がだんだんとぼやけてきた。


眠ってしまおう。

移動と休みを繰り返す長旅は、今日も1日の終わりを告げる。




―――――――――――――――――



海が見えるようになったのは、それから5日後のことだった。



「これが海……!」



どこまでも終わりが見えない、遠く遠くには空と海の境界線らしき一本線。

吸い込まれそうな空の下で、すべてのものを受け止めてくれそうな絨毯のような水の塊。


こんなに視界を覆うほどの大海を見るのは初めてだった。

この海を大きな船で横断したその先に、目的の場所がある。


海の向こうにある尖った影が見える?あれが極国だよ。

ケンは港町に着くなり教えてくれた。



「オルガブのだ……!」

「ちょっと~メイシィさ~ん、迷子になるッスよ~」



御者さんふたりの送迎はここまで。お別れをしたあとにわたしとケンは市場を回っている。


遠くの白い岩壁にたくさん穴が空いていて、よく見たら崖上へ登る通り道になっていた。

のんびり歩く人や座って海を眺めている人が見えて、自分もそこへ行ってみたいと思ってしまう。


生まれて初めて見る景色ばかりでただでさえきょろきょろしてしまうのに、市場はたくさんの往来でごった返していた。

隙間から売られている海産物を見るだけで一苦労だ。


でも、ミリステアではなかなかお目にかかれない薬の材料がそこかしこにあって、感動!


もう2~3日いたい。なんならちょっと薬を作りたい。

新鮮な食材で作る薬の効能がどれだけ向上するか検証したい……っ!



「これから船なんで生ものは駄目っスよ~潮風ですぐ傷んでお腹壊して終わりっスよ~」

「うう……残念」



到着して早々、もう明日の便がわたしたちを待っているらしい。

指し示された先には、見たこともない巨大な船。

積み込みが始まっている大きな箱の流れをみるに、交易品に紛れるように乗っていくことになるらしい。



「あとメイシィさん、そろそろこれ、羽織ってくださいッス」

「ん?外套?頭にかぶるの?」

「さっき買っておいてよかったッスよ~、やっぱりオレの予想通りっス」



灰色の外套をばさりを被らされて、わたしはもぞもぞしながら着なおしフードを被る。

仕上がりをみて満足そうに頷いたケンは、向こうを指さした。



「あそこのきょく服の商人たち、見えます?」

「ん?」



振り返ると、茶色の独特な布を纏った人たちがこちらを向いていて、目があうとふいっと逸らされた。

上から羽織った布を前で交差し、別の細い布で腰を縛る。

ミロクさんと着付けを勉強した極国の服で間違いなさそうだ。


物騒な人たちだろうか、と警戒する。



「メイシィのことをじっと見てたッスよ。危険な商人じゃあないように見えますけど、珍しい髪色と瞳にびっくりしたんスよ」

「どういうこと?」



確か以前にも似た話題が上がって、ケンが何か言い淀んだことがあったはず。

今度こそはしっかり聞こうとケンをじっと見つめてみれば、彼は困ったようにトカゲのウロコのような頬をかいた。



「失礼に思っちゃったら申し訳ないんスけど、極には『極山きょくさんの白兎』っていう伝説があって、白くて赤い目の兎はめちゃくちゃ縁起の良い動物って言われてるんスよ」



ほら、と別のところを指差した先には、売り場の端にたくさんの白い兎の置物が大小すし詰めにされている籠が置かれていた。



「縁結びに幸運、それに豊作……特に薬草作りをしてる人たちには崇められてるんスよ」



メイシィさんがあまりに見た目が白兎だから、ちょっと『色彩姫宮しきさいひぐう』で苦労するかもしれないっスね。




ミロクさんと最後に会った日のことを思い出す。

ずっとわたしの髪と目を褒めちぎっていた理由が、ようやくわかった。



船に乗れば3日もかからず極国に到着する。

ひとつの不安がわたしの心に住み着いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る