第3話 ギルドで出会う魔術師薬師

それはクリード殿下とクレアがこそこそ相談しながら去っていった翌日のことだった。

ラット退治を終えてギルドへ向かい、マーリックさんに初めての仕事の成功を祝われたわたしは、上階にある酒場に誘われた。


ギルドの周りを取り囲むような吹き抜け構造の2階は、軽食を片手にギルドメンバーの出入りを眺めるもよし、奥で仲間たちとの酒盛りに興じるもよし、討伐の作戦会議をするもよし。

仕事の前後に多くの人々が利用している。


そんなたまり場の一角、ギルドの一階を見通せる角の席にわたしたちは座っていた。



「受付係のお仕事は休憩ですか?」

「今日は早上がり!だからゆっっくり酒が飲めるわよー!」



マーリックさんは巷で幅広く流通している酒、ビールを勢いよく飲み干した。

しゅわしゅわと喉を潤す感覚がクセになるからと奢られたわたしは、不思議な感覚に驚きながら楽しんでいる。



「あなた、ビールに慣れてないなんていいところのお嬢さまかしら?」

「あははは……実はそうなんです。そもそもお酒もあんまり飲んだことがなくて」

「てことはあなたが探しているお姉さんも?」

「確かに生まれはそうなんですが……今は家を出て行ってしまって……」



話をあわせながら会話は弾む。

マーリックさんの快活な口調にわたしの口も軽くなってしまいそうだ。受付係として多くの猛者と初心者を相手にしてきたからこそなのだろう。



「まあまあ、それで魔術師としてギルドメンバーに?」

「ええ。わたしたち家族としては、お姉ちゃんが元気に過ごしているならそれでよかったんですが、少し状況が変わってしまって……」

「状況というと?」

「……なんて言ったらいいのか。わたしも家を出ることにしたんです」

「え?あなたが?こんなに若いのに?」



マーリックさんは目を丸くした。



「適齢期が過ぎてしまって、もう結婚は難しいって親に見放されてしまったのです。貴族社会では生きていけないので、わたしの生きる道のひとつとしてお姉ちゃんに相談したいんです……でも、なかなか見つからなくて」

「ああ……ああ……なんてこと!」



貴族の目線だとだいぶ行き遅れてるんだけど、一般国民からしたらまだまだ適齢期だもんね。

マーリックさんが可哀想な目でわたしを見る。

わたしも悲しい目でマーリックさんを見る。

嘘をついてごめん。まあ実際、幼少期は身体が弱くて同年代の交流もなく、縁談をもらえるほど親しい人もいない、適齢期も過ぎているのは事実。結婚に急ぐ気持ちもない。



「そのことでね、わたしも調べてみたのよ」

「え?お姉ちゃんについてですか?」

「ええ、元貴族で女性の魔術師。そもそも女性の魔術師ってだけで結構絞れたんだけど、元貴族の情報は話したがらない人が多いから難しくてねえ」



でもそれっぽい人なら見つけたのよ。とマーリックさんがにこりと微笑んだ。



「セロエ」

「!」



まさに探していた人その名前。

あまりにも簡単に見つかってしまったものだから、わたしはあっけにとられていた。



「当たったようね。あなたのお姉さんの名前♪」

「す、すごいです。どうしてこんな短期間に?」

「どうしても気になっていたのよ。あなたのような可愛らしい兎人族のような女の子に、ギルドの仕事をしながら人探しなんて過酷だもの」

「何てお礼を言ったらいいか……」



なんて優しいんだミリステア国民は!そう頭の中で叫んでしまう。

だけどここはギルド、対価なしに何かしてくれるとは思えない。

それこそ災害時は誰よりも早く手を貸しに行く集団だけれど、彼らも根っこは技術の商売人、利益は存続に重要。

王族だって金銭の安心感からは逃れられない。



「もしかしてお姉ちゃんを探す理由が他にもあったんですか?」

「あら、鋭いわね。別に悪い意味じゃないのよ、ちょっと頼みたいことがあってね」



首をかしげてみせると、マーリックさんは大したことないんだけどね、と詳細を教えてくれた。



「Bランク魔術師にお願いしたい依頼があるのだけれど、10人くらい必要だしひとりくらいAランクがいないと心許ないのよね……そこで、治癒もできるセロエに任せたいのよ」

「お姉ちゃんはそんなに貴重な人材なのですね」

「ええ、そうよ。……あら!ちょうど帰ってきたわ」



その声にわたしは勢いよく一階を見下ろした。

セロエはどこだろう、見回すと彼女はすぐに見つかった。


茶色の髪に青とも緑ともいえる瞳の色、サーシャ様と同じだけれど、髪の長さが全く違う。

女性にしては珍しい短い髪に腰辺りまでしかない短い茶色のローブ、長くて厚いブーツと魔術師というより剣士や弓士のような恰好。

肩を揺らして歩く姿は、サーシャ様どころか元貴族令嬢とは思えない豪胆さだった。



「セロエー!」

「……んあ?うわ、マーリックまた昼間っから酒飲んで……」



気だるげな低い声と共に顔がこちらを見上げてくる。意外とサーシャ様に似ている。もっと幼くしたような顔つきだ。

わたしとぱちりと目が合った。不思議な瞳が大きく見開かれる。



「あ……な……おまっ、まさか……」



それは突然だった。

ふわりと屋内とは思えない風が皮膚を撫でていく。

一瞬つぶっていた目を開くと、見下ろしていた姿が目の前に。

少しだけ漂う煙の臭い。

杖を顕現せずに浮遊してきたんだろう、身軽な彼女はわたしを至近距離で見つめてきた。



「まさかお前……メイシィか?」

「はい、



嘘がバレてしまう。うまく話をあわせてほしい、と強く念じながら彼女を姉と呼ぶと、セロエ様はぱちくりと大きな瞳で瞬きをした。



「お、おおお、おおおおお……ひ、ひさしぶり」



……演技が下手である。意図が伝わっただけ良いとしよう。



「あー……最後に会ったのは幼少期だもんね。だいぶわたしの姿が変わったでしょ?」

「そ、そう、そうそうそう!随分でかくなったなあ!」



あ、そう呟いて彼女は浮いていた身体を二階の木板に任せると、後ろを振り返った。

こちらを見上げているパーティメンバーへ大声で依頼の後処理をお願いすると、今度はマーリックさんに振り返る。



「マーリック、ちょっと部屋貸してくんね?!」

「ええもちろん、奥の部屋のカードひっくり返しておいてね」

「おう!ありがと。じゃーいくぞ」

「はい!」



マーリックさんに一礼すると、彼女は嬉しそうに頷いた。

だけれどその表情を見れたのは一瞬だけ、礼から直る暇もなくわたしは腕を掴まれセロエ様に引っ張られていく。

女性とは思えない力強さだ。結構痛い。

足をもたつかせながらついていきつつ、彼女の素手が視界に入った。

傷跡だらけだ。それほど危険な日々を過ごしているのだろう。わたしが想像もつかないような日常が繰り広げられているに違いない。



奥の部屋とやらはあっという間に到着した。

ドアノブにはひもで吊るされた札がある。セロエ様がひっくり返すと『使用中』に変わった。

ぐいぐいと引っ張られて部屋の中に入れば、簡易的な机に椅子が4脚、ベッドのない宿屋みたいな質素な部屋だった。


魔力を感じ取る。セロエ様が片手で防音魔法をかけたみたいだ。

こんな簡単に展開してしまうなんてAランクの魔術師はすごい。


そう考えながらセロエ様に振り返ってみれば、ひどく眉間に皺が寄っていた。



「なーーーーーーーーんでお前がここにいるんだメイシィ?

手紙に『メイシィという名の白髪しらがに赤目の薬師が会いたがってる』って聞いたけど??」

「はい、それはわたしですね。セロエ様」

「うっわ、やめろ様付けは。ついでに敬語もやめろ、浮くぞギルドで」



音を立てて勢いよく座るセロエ様……いや、セロエ。

椅子が短く悲鳴を上げると、彼女は顔を手で覆いながら天井を見上げた。



「ローレンス兄貴に会わないように面会を断ったってのに、最悪な形で本人きたじゃん」



最悪って……足で探さないといけなくなったんだから仕方ないのに。

苦笑いを返すしかないわたしに、セロエは参りましたとばかりに両手をあげた。



「へいへい、わかったよ。そんなにやる気があるなら、話をしようぜ」

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