第6章 隣国兄妹と嫉妬王子に挟まれ薬師

第1話 邂逅が重なれば日常へ 

それから。

パスカ竜王国の王太子、リアム殿下はことあるごとに温室にいらっしゃるようになった。

ちょうど月が跨ぎ、わたしは『温室当番』という室温を朝夕測っては記録するという何とも手間な仕事の担当になっている。

それで温室にいることが多くなったのも原因だと思う。



「こんにちは」

「こんにちは、リアム殿下」



新芽が薬草になる植物の枝切りをしていると、いつもの爽やかな笑顔でリアム殿下がこちらを見上げていた。

国外にはほぼいないといわれる竜人族の方にここまで近づくのは生まれて初めてだ。本で学んだ通り爬虫類と同じ縦長の瞳はじっとこちらに向いている。


ふと、わたしは脚立の一番上で作業をしていたので、見下ろすような形になっていることに気がついた。

国賓に上から見つめるのは失礼だ。一旦降りようと体勢を変えると、殿下は手で制止する。



「そのままでいい。君の仕事を邪魔するわけにはいかない」

「殿下……申し訳ありません。ありがとうございます」



ぱち、ぱちと小ぶりの枝を切る音が温室に響く。

10分間くらいだったと思う。殿下はずっとわたしを見上げて楽しそうにしていた。



「よし」



今日はこのくらいでいいだろう。

木全体にまんべんなく日差しが当たるように切った枝も、粉にすれば別の薬に役に立つ。

すべてバケツに入れたのを確認して、わたしは脚立から降りた。



「もういいのか?」

「はい。今日はもう十分です」



そうか。と頷くリアム殿下。

わたしは少し恥ずかしくて、思わず口を閉ざした。


変な間に気づいたんだろう。殿下は不思議そうな顔をした。



「どうかしたかな?」

「あの、リアム殿下」



うう、クリード殿下なら自然に言えるのに。

やっぱり他国の王子、国賓となると緊張しないわけにはいかない。


実はリアム殿下がいらっしゃったときにしていた雑談の中で、わたしのお菓子作りの話題になった。

その時に見せた殿下の興味津々な瞳の輝きが頭から離れなくなってしまったのだ。


ちょっとだけスカートをくしゃりと握って、私は声を出す。



「その……甘さ控えめのお菓子はお好きですか?」

「お菓子?そうだな、嫌いじゃない」

「その、いつも、私の作業を見てるだけなので……。

よければ薬草のクッキーはいかがかな、と」

「薬草クッキー?」



予想通り、リアム殿下はハテナを浮かべて思案顔をした。

薬草に縁の薄い竜人族だ。薬草クッキーなんてもっと薄い。

どきどきして殿下を見ていると、ニコリと笑顔になった。



「ぜひいただこう」





その薬草クッキーは、クリード殿下にあげているものよりも甘めに作った。

というのも、いつも通り嬉しそうに私のお菓子を食べたある日の殿下が、教えてくれたのだ。



『リーファの花から採った蜜をあげよう。メイシィ』

『この透明なものが蜜ですか?』

『後で舐めてみるといい。不思議と甘いんだ』



今度はこの蜜を使って作ってみてほしいな。

甘い笑顔でおねだりをしてくる殿下を思い出す。


ごめん、殿下。

使ってみたけど違う殿下に食べてもらうことしちゃった。


だってできたて2日以内じゃないとおいしくないんだもの。

しばらく会えないほど予定が組まれているのは例の手紙のおかげでよく知っている。



「おいしい。しっとりしているクッキーだね」

「! 本当ですか?」



リアム殿下は一口食べるなり笑顔で褒めてくれた。

私は思わずテンションが上がり、前のめりになりかけた姿勢をちょっとだけ残っていた薬師という理性で抑える。


このリーファの蜜、恐ろしく粘度が高く結構失敗した。

少しでも多いとべちゃべちゃになり、少ないと全く味がしない。

ようやく人に食べさせられそうなものができたのは、昨日の夜だった。



「パスカはクッキーは硬いものが多い。しっとりしているのも案外美味しいんだな」

「そうでしたか。よかったです。初めて使った材料があったので」

「君はお菓子作りが趣味なのか?」

「そうですね……趣味といえば趣味です。薬草は苦いという価値観をお菓子で変えられないかと思いまして」

「薬草の価値観をお菓子で……ねえ、君は」

「はい」


「君はどうして薬師を目指したんだい?」



久々の質問に、わたしは目を丸くした。

かつて、名門の学校を蹴ってまで入学した先で幾度となく聞かれた言葉。

ここ数年聞かれなくなって久しい。

わたしはふふ、と思わず笑った。



「わたしは、ある人に憧れて薬師になったんです」




―――――――――



幼い頃、わたしは身体が弱かった。

他の兄姉きょうだいたちは恐ろしいほど強いのに、わたしだけみんなの分をかき集めたのかと思うほど、何をしても体を壊した。

自由に外を出歩くことができず、室内で過ごすばかりの幼少期だった。


その時、わたしの治療をしてくれた薬師がいた。

彼女はリズ・テラーと名乗る1級魔法薬師だった。



『メイシィ様。今日のお薬はちょっと苦いですよ』

『……嫌だわ』

『でも、これを飲めばお庭で遊んで良い、と言ったら?』

『飲むわ!』

『ふふ、素直でよろしいですね』



大きくなってから知ったけれど、リズさんは魔法薬師として高名な方だった。

彼女を師事したい薬師は星の数ほどいたけれど、リズさんはこの世を去るまで現場主義を貫き弟子を取らなかったという。


そんな彼女だったけれど、わたしに対してはきっと特別だった。

わたしだけには、薬についてどんなことでも教えてくれた。



『リズ、飲んだよ。今日は何を教えてくれる?』

『まあ、さすがですわメイシィ様。今日はミミィ草についてお勉強しましょうね』



窓から見てばかりだったあらゆる緑が、あらゆる生き物を救う薬となる。

その言葉に、わたしは心が踊った。


そして、自然の力を自在に操りわたしのような人間を救ってみせた薬師に、憧れた。

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