FILE:1 生ける幽霊④


地平線からゆっくりと陽が昇っていく。

車内にも茜色の光が漏れ込み、サラの浮かない表情を照らした。


「どうした、嬢ちゃん?疲れたか?」


フーパーの問いに、サラは首を横に振った。


「これからママに迷惑かけることになるんだなあ、って思ってただけよ」


「どうして迷惑になるんだよ」


すると、サラは少しむっとした調子で言った。


「だって、ママはもう再婚してるし、それ以来ママが会いに来てくれる回数は減ったし、パパが死んじゃった時だって、用事があって行けないって言われて」


サラが鼻をすする音を聞いて、フーパーが慌てる。


「おいっ?泣くなって……」


雨沢がバックミラー越しにサラを見て、ゆっくりと言った。


「迷惑になると思ったなら、君のお母さんは僕らに君の護衛だって頼まなかっただろうし、自分の元で君を守ろうなんてことしないよ」


サラは頬を伝う涙を拭った。


「確かに、そうなのかもしれない。でも、だとしても、あたしにはもう自信がないよ。

ロイに命を狙われて、殺されそうになった。

さっきだって、向こうは本気で、あたしを殺そうとしてるんだって嫌になるくらい分かったし、

あんな風に、ロイはあたしを要らないモノみたいに……だから、ママの元で暮らすようになって、もしもママがあたしを要らないと思ってしまうようなことになったら、

あたしはもう、自分の価値とか、そういうものを信じられなくなる気がして、こわい」


雨沢は何も答えられなかった。

マレットに来てから曖昧な存在しか感じれずに生きてきた自分が、『大丈夫だよ』などと、無責任な言葉をかけられるはずもない。

この世には、自分ではどうにもできない事実というものが山程ある。


すると隣で、フーパーがハッ、っと小馬鹿にしたように笑った。


「何を言うかと思えば、くだらないこと考えるなぁ、お嬢ちゃんよ。

お前のママがお前をどう思ってようが、知ったこっちゃあねぇだろ。

お前の価値を決めるのは、ママでも兄貴でも川の底でぶくぶくいってるムサイ殺し屋のおっちゃん達でもないだろ?

お前自身だ。お前自身でしかお前の価値は決められねぇよ」


サラからはフーパーの顔は見えなかったが、多分ニヤリと笑っているんだろうな、とサラは思った。


「ママにお前を引き取ってよかったって思って欲しいんなら、引き取ってよかったと思わせりゃいいだけの話だ。簡単だろうが?」


鼻をもう一度すすって、サラが笑った。子供らしい、素直な笑い声だった。


「簡単じゃないわよ。

フーパーって考え方がてんで子供だね」


「うるせぇ」


フーパーが口をへの字に曲げる。

雨沢はその隣で、座席にもたれてふっと微笑んだ。


「着いたぜ」


ブレーキレバーを引きながらフーパーは言った。

空港のロビーのドアの前に、女が一人とその周りに護衛らしきスーツ姿の男が三人いた。


「あの女性が君のお母さんで間違いないかい、ミス・ホイッスル?」


サラが頷く。

スーツ姿の男が一人車に近づくと、サラが座っている側のドアを開けた。


「こちらへ」


サラが雨沢とフーパーの方を見る。


「行っておいで」


「じゃあな、サラ」


サラはドアの外へと足を踏み出した。



■■■■■■■




うすく開けられた窓から、冷たい風が吹き込んでくる。

車を運転するフーパーに向かって、雨沢が言った。


「ミス・ホイッスルがいなくなって寂しいかい?」


「そんなわけあるかよ」


フーパーが片方の口を引きつらせて言う。

雨沢は少し笑いながら煙草を口に咥えた。


「お嬢ちゃんがいなくなったと思えば、また煙草か?」


「子供に副流煙は良くないからね」


「俺にだって良くないぞ。

禁煙中の人間の前で吸うな。

少しは気を遣え」


雨沢は煙を吐き出しながら言った。


「吸うかい?」


「気を遣うって、そういう意味じゃなくてな……」


フーパーが深いため息を着く。




■■■■■■■




陽も随分高いところに昇り、道路の交通量も増えてきた。

フーパーは、前の車のナンバープレートから目を外して口を開いた。


「なあ、昨日お前、ボウマンと何を話したんだ?」


「何でそんなこと聞くんだ?」


雨沢は窓から外に漏れ出る煙を眺めながら言った。


「追っ手がどうのって話を俺達に伝えたいんなら、電話で十分だったはずだ。

現に、いつもは電話で話を済ませることの方が多いのに、昨日はわざわざお前に直接会いたがった。

つまり、ボウマンはお前に重要な話をしたかったんじゃなかったのか?」


フーパーがちらりと横を見る。

雨沢は窓の外を見つめたままだ。


「大したことじゃないんだ。

僕の生まれた国で、僕の死体が見つかったって話を、シンディが教えてくれただけさ」


フーパーが眉を上げる。


「はあ?じゃあ何だ、今のお前は幽霊かなんかなのか?」


雨沢が笑った。


「幽霊、なんじゃないかと思っていたんだ。実際にね」


車の灰皿に灰を落とす。


「でも、"自分の価値を決めるのは自分自身"なんだろ?

だったら、例えこの先、僕の死体がゴロゴロと何体も出てきたとしても、僕が僕であることに変わりはない」


だからね、と言って煙草を口に咥える。


「大したことじゃないんだ」


「……話が全然見えないぞ」


フーパーは全く解せないという顔をしながらも、雨沢が穏やかな顔で煙草をふかしているのを見ると、まあいいか、と思った。

雨沢は少し微笑むと、フーパーの目の前に煙草を一本差し出した。

フーパーが顔をしかめる。


「おい、もう忘れたのか?俺は禁煙中だ」


「一本だけだろう?そんなに悪いことかなぁ」


雨沢がのんびりと言う。

フーパーが苦笑しながら煙草を受け取り、口に咥えた。


「大罪さ」



END

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