50.トラディッチ大佐との会談

 フォークと革命軍の装甲兵達に囲まれるようにして、城内へと連行される吉川と小坂だったが、その扱いは丁寧なものだった。

 二人とも装備を奪われておらず、エメトリア城内を物珍しげに見渡しながら、城の奧へと進んでいく。

 両脇を固める装甲兵はいかにもソビエト風のデザインで、装甲に使用されている素材はチタンの複合合金のようだ。

 動作の補助としてソフトアクチュエーターを採用しているらしく、装甲の隙間から黒い針金を編み込んだような人工筋肉が見え隠れしている。

 吉川が背に抱える対物ライフルの近距離射撃で、その装甲をなんとか貫通できるということころか。

 日本刀では刀身が折れ曲がりそうだったが、現れた装甲兵に連行される際、小坂は胸の装甲を右手でコツコツと叩いて、口の端でほくそ笑んでみせた。

 フォークとしては余裕綽々の二人を見ていると腹立たしいが、丁重にお連れしろとのトラディッチ大佐からの命令もあり、顔をしかめつつも二人に対して丁寧な対応を行っていた。

 もっとも大佐との話次第では、彼らを捕らえ、恐怖と苦痛の極限まで追い詰めるつもりではあったが。

「さすが、あのガルフウォーの英雄ともなると、仲間と思ったレジスタンスに裏切られても落ち着いたものですな。」

 かつて女王の執務室で、トラディッチは両手を広げ、わざとらしいほど慇懃な態度で二人を迎えた。

「はっ。俺たちは母国に昨年裏切られてるもんでね。裏切り者には鼻がきくんだよ」

 そんな態度を見透かしたように口の端で吉川が笑う。

「我々の間にはなにか誤解があるようですな」

 握手をしようとして、二人に無視されるも、トラディッチは嫌な顔一つせず笑みを絶やさない。

 二人に座るように促したが、それも無視されると、首をかしげてフォークを見る。

 明らかに怒りをあらわにするフォークが頷いた。どうやら言葉が通じていないわけではないらしい。

「勘違いというのはどういうことだよ。おっさん」

 吉川のそのもの言いに、フォークが怒りをあらわにする。

 控えていた装甲兵が前に出るのを、トラディッチが手で制した。

「我が国と日本は敵対関係にはなかったと思うのだがね」

 落ち着いた口調でトラディッチが言う。

「なるほど。では、単刀直入に言おう。エリサとカーラの家族を返してもらおうか。俺たちには他に用はないんでね」

 執務室に備え付けられたソファーに吉川と小坂がどかっと座り足を組む。

「彼らは我が国の関係者だ。この国で保護させてもらおう」

「保護?内戦と虐殺の横行しているこの国でか?」

 小坂が馬鹿にしたように吐き捨てた。

「革命後の我々は平和的な民主国家を目指している。多少の軋轢は存在するが早急に解決するだろう。以前よりも豊かで、平等と安心を与えられと信念をもってやっている。君たちの国とも平和裡に国交を結ぶことになるだろう」

「平和より自由より正しさより~♪」

「民主主義とか学校で習ったのか?」

 小坂が歌い吉川がバカにすると、

「我々と君達とでは歴史観から民主主義の物差しが違うのだよ」

 さも当たり前のように返すトラディッチ。

 その眼を見ていると狂気がうつりそうな気がして、吉川は初めて眼をそらした。

「ところで、我々は君たちに是非、革命に参加してもらいたいと考えている」

 出されたコーヒーとお菓子に神経剤か何か混入していないか確認していた吉川と小坂が顔を見合わせる。

「ジャパニーズハイスクールに、なんの用があんだよ?」

「昨年の湾岸戦争時のニュースは、我々、軍関係者の間ではもっぱらの噂でね。まさか、本当だとは思わなかった」

 狂気を称えたトラディッチの眼が光る。

「反イラク勢力と共にあったとはいえ、イラク軍の精鋭に包囲された街から脱出、その過程で特別共和国防衛隊の戦車部隊を撃破している。しかも訓練をろくに受けていないジャパニーズハイスクールばかりの集団がだ」

「はあ?何言ってんだあんた」

「私はソビエト、いやロシアの諜報機関とも親しくてね。昨年君たちに接触を図ったKGBスタッフのレポートを私も読んでいるんだよ」

 トラディッチがコーヒーカップ越しに二人を見つめた。

「おっさん、ニュース見てないんだな。俺たちはイギリス軍の特殊部隊と民間軍事会社に救出されたんだよ。メンバーの中に王室関係者がいたおかげでな」

「とぼけなくてもいい。君たちの活躍は我が国でも確認されている」

 トラディッチが合図すると、執務室の照明が落とされ大型モニターが映像を映し出す。

 国境付近の草原で沖田が革命軍の兵士達を次々と撃ち倒し、処刑場の広場上空で二機の最新鋭戦闘ヘリ、ハインドDが吉川が撃った一発の対物ライフルの弾丸で、紙のように撃ち落とされる。

 モニターの光が見つめる二人の顔を照らした。

 編集された映像が終わり、顎の下で白い手袋の手を組んだトラディッチが二人を興味深げに見つめる。

「一応聞いておくけど、どんな待遇で採用すんだよ。俺らはある意味、神の使いだぜ?」

 横柄に聞く吉川。すると、

「バカめ!待遇だと?!貴様らに待遇など用意はしない。我が軍の糧として、実験に供してやる!」

 甲高い声で叫ぶフォークの声を、二人して耳を塞いで別の方向に顔を背ける。

「我が革命軍に配属して、君たちの能力を研究、軍事転用させてもらう。魔女達の能力と共に、我が国の貴重な輸出品となるだろう」

 トラディッチが合図をすると、装甲兵の一部隊とそして、床を這うようにして進んでくる髪の長い女が扉から現れた。

「もっとも、君たちに選択権はないんだがね」

 これまで浮かんでいたトラディッチの作られた笑顔が、悪魔のようにつり上がった。

「別室にお連れしろ」

 装甲兵が二人を取り囲む。魔女と思われる女の、黒く長い髪の間から赤く光る眼が覗き、女が何かつぶやく。

「貞子かよ」

 ボロボロの白いドレスをきたその女のすさみきった哀れな姿に、吉川が顔をしかめた。

 すると、二人の周りの重力が目に見えるかのように変動した。

 指を動かすこともままならないほど、二人の体が重さを増していく。 

 二人が一瞬にして苦しむ姿を想像していてほくそ笑むフォークの顔が、次の瞬間、驚愕へと変わった。

 吉川は軽々と立ち上がると、執務室に備え付けてあった、高そうなウィスキーをデキャンタからバカラのグラスに二つ注いで、小坂に一つ渡す。

 一口煽ってから、

「バカはどっちかね。俺たちをここに連れてきた段階で、おまえら詰んでんだよ」

 飲み干したグラスを床に落とす。厚手の絨毯の上で重いグラスが転がっていった。

「軍事クーデターなんてのはインテリぶった夢見がちで中二病の暴力バカがやるから、後から破綻するのは目に見えてんだよ。まあ俺らが早めに幕をひいてやっからよ」

 小坂が立ち上がり、すらりと井上真改一尺六分七寸の銘刀を引き抜く。

 吉川が目にも止まらぬ速さで傍らのバレットM107を構えた。

「俺にあんな巨乳美人を撃たせやがって。おっさん、楽に死ねると思うなよ」

 不適に笑う吉川に、このときはじめてトラディッチは底知れぬ恐怖を感じた。

「さて、こちらも始めようか」

「参るぞ」

 小坂が肩に井上真改を乗せて構えると、ゆっくりっと装甲兵へと向かっていった。


To be continued.

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