30.武蔵野大学附属高等学校 新聞部×アマチュア無線部

 新橋、新宿、池袋、渋谷、丸の内、はては溜池の首相官邸近くでも、大々的に学内新聞を手配りを開始した武蔵野新聞部を中心とした学生達。

 行き交うサラリーマン、官僚、興味をもった政治家までが、武蔵野大学付属中高新聞の号外を手に取り、その日は都心、副都心をはじめ、都心に勤める大人達の間ではかなりの話題となった。

 現代では、SNS等を利用すれば、こんなアナログな方法を使わずともできそうなものだが、インターネットのない90年代初頭としては、学生が世論に訴えるには画期的な方法だった。

 話を聞きつけた一部の政府関係者から即刻止めさせるよう学校側に連絡が入り、一方で警視庁公安部からの要請で警視庁から警官隊が現場に駆けつけるが、大江編集長はそれすらも織り込み済みの作戦を立て、警官隊の到着前には完全撤収。今度は都心以外の住宅街エリアで配布を行うという、ゲリラ作戦を敢行するという巧妙さだった。

 公安部すらも逆手にとって、まずは都民の一部に事実を伝えることに成功し、武蔵野大学附属中高の事件と、政府の異様な圧力に関して、オフィス街を中心に一気に話題となる。

 亡国の姫君エリサの亡命という、ある意味、ヒロイズムを刺激したのか、政府のやり方に対して批判は拡大している様だった。

「CBTから取材が入ってるって?」

 新聞配布ゲリラ作戦の進行の合間を縫って、第二弾の準備のために編集部に戻って指揮とりつつ、できあがった原稿を確認していた大江が顔を上げた。

「今、広報のマスオのとこに来てるって」

 マスオこと学校広報部の磯川先生は初老の人の良い感じの先生だ。いつも、教室の掃除を生徒から押しつけられてしまい、放課後に困った顔をしてモップで教室を掃いている。大江も学外の取材の際はこの人の良い老教師から取材先に連絡してもらうことも多いい。

「マスオとはラッキーね。すぐ行くわよ」

 知らせに来たマユミと智子と一緒に編集部を後にする。

「あー疲れたぁー」

「ねみーよー」

「コーラとって。コーラ」

「今のうち、朝飯食べちゃおうよ」

 それまで原稿書きや紙面作成に集中していた部員達が一斉にだらけだす。

「あれ、編集長は?」

 そんな中、ラジオ局開局準備でほぼ徹夜続きの長島と長谷川が編集部に顔を出した。

「今、マスオんとこ行ってるよ。なんか、CBTが来たって」

「おお、遂にマスコミから反応あったか。うん?CBT?」

 喜んだのもつかの間、長谷川が妙な顔をする。

「CBTって、まさか」

「ありえるな」

 長谷川と長島が顔を見合わせる。

「どうした?」

 高梨が不思議そうな顔をする。

「もう忘れたのかよ。ちょっと行ってみようぜ」

 長島と長谷川が編集部から慌てて出て行った。

「なんのこっちゃ。さてさててめーら、編集長帰ってくる前に休憩とっとけよー。今日の分、なんとか午後までに仕上げるぞ」

 一応、副編集長の高梨が部員達に声をかける。疲れている割にはやる気のある返事が部員達から返ってきた。


「失礼しますー」

 一応ノックして応接室に入ってきた長島と長谷川を、室内の全員が一斉に注目する。

 学校広報がよく利用する校長室横の応接室。

 大きめのソファーとローテーブルで構成されているごく一般的な応接室の中で、いかにもキングスイングリッシュといった英語でやたらと早口に話す男と、それを流暢に日本語に変換して広報の磯川と大江、それにマユミと智子に話す若い日本人女性の話が止まった。

「だぁああっ!やっぱ、ジェームズじゃねえかよ!」

「久しぶりー。イラクで死んだって聞いてたけど、生きてたか」

 長島と長谷川が同時に言う。

 ジェームズが立ち上がり、大仰に両手を広げると二人を抱きしめる。

「やめろ、この詐欺師やろう」

「おめー、日本語話せんだろうが」

 白い歯を見せて笑顔で再会を喜ぶジェームズが、またもや大げさな手振りで英語で返事をする。

「めんどくせーよ。日本語で話せ」

 応接室の空いている席に二人がどかりと座り、テーブルに置いてあったせんべいを遠慮なしに食べ始める。

「なんで言っちゃうかなぁ。この素敵なレディー達に、イギリス生粋のジェントルメンだと思わせたかったのに」

 ジェームズが突然、流暢な日本語で話出したので、マユミ達はおろか、通訳の女性までも驚いて見つめる。

「いったいどういうこと?」

 戸惑うマユミに、

「昨年、俺らが中東で包囲されてたとき、単独で潜入取材に来た記者だよ」

 こちらもせんべいをかじりながら答える長島。

「まあ、はったり、ペテン、裏切りの、三拍子そろったクソやろうだけどね」

 長谷川の物言いを、一応、磯川先生がたしなめる。

「ひどい言い方だなぁ。俺たちは戦渦の中、共に戦った仲間じゃないか」

 悲しげに首を振って嘆くジェームズを無視して、

「で、CBTでは流してくれんのかよ?」

 長谷川の質問に、

「まあ、こちらもデスク次第ではあるけどね。ただ、君たちの国のマスコミみたいに、我々は政府の腐った犬ではないからね」

 出された緑茶を美味しそうにすすり、ジェームズがウィンクしてみせる。

「ところで、我らがイラー・アルマウト様は?」

「どこにいるか、おおよそ見当はついてんだろ」

 長谷川が答え、

「そうか、すでに現地入りしてるのか」

 ジェームズが珍しく真剣な顔で頷いた。


「では、今日も始めて行くぜ!こんちくしょう!今夜もオールナイトムサノ!」

 DJをくじ引きで最終的にやることになった自動車部部長の藤木が、半ばやけくそ気味にマイクに向かって叫び、当時一斉を風靡していた深夜放送のジングルまでパクった流れで放送を開始する。

 学内向けに、学校行事の情報や音楽を届けるためのミニFM曲としての体裁だが、放送内のニュースコーナーで、ムサノで起こった事件とその続報、日本政府やマスコミに対する批判等々、大江編集長自ら書いた歯に衣着せぬ物言い原稿に学内をはじめ、受信範囲の地元住人達の人気も上々だ。

「今日、最初の曲は、クレヨン社で”痛み”だ。聞いてくれ」

 藤木が簡易スタジオにしてやけに本格的なカフボックスのスライダーを落として、CDプレイヤーのスイッチを入れた。

「なかなか、いい感じに話すじゃない」

 アマチュア無線部の部室の一部に、ベニヤと防音材、二重になった厚めのアクリル板で区切って作られた放送用ブースで、必死に話しながら音楽をかけ、ニュース原稿を読む藤木を見て、大江が満足そうに頷いた。

「だんだん、慣れてきてるのもあるかもねぇ」

 深夜三時から始まる第二部担当の、こちらもくじ引きで決まった長谷川が、自分の回の曲順と原稿を確認しながら答える。

「それにしても、部室差し押さえにならなくてよかったわね」

 新聞部の都内でのムサノ新聞手配りと、アマチュア無線部のミニFM曲の開局によって、政府や警察から再三にわたって学校側に注意と警告が来ていた。

 自主性と自由を重んじる武蔵野大付属高校の中でも、政府や警察の方針に従った方が良いとする保守的な教師達から、新聞部を含めて活動自粛の声があがるも、バリケードをはってでも強行しそうな大江、長島、長谷川といったメンバーの存在と、元々の自由奔放な男子校風情のある他の多くの先生達の気質もあって、放送は既に七回目に入っていた。

「そろそろ両サイドから、大きめのリアクションが入りそうね」

「というと?」

「現政府に批判的な政治家からと、現政府からの圧力と」

「前者を利用して、後者に対抗するってか?さすが、人使いの魔女と言われただけあるね」

「まあ、彼らにしたって自分たちの評判と出世のために、私たちを利用するわけだしね。こちらはお金が絡んでない分、純粋よ」

 政府関係者、政治家の多い成城学園エリアにも電波は届いており、まず話を聞いたその辺の住人である中高生達がラジオで聞き、それを今度は家庭内で話すことで、大人達の耳へも届くこととなり、政治家、政府関係者、芸能関係者にも一気に話が広がることとなった。

 一方で学内でのテロ行為にも等しい外国の諜報員達の跳梁と、米ロからの圧力でそれをひた隠しにしたい現政府、現政府を批判することで立場や利益を上げられる社会党をはじめとする与野党の一部勢力、民間団体、非政府系組織等々、ムサノでのことの成り行きを見守り、積極的に情報収集している政府関係者、政治家、民間団体も多いい。

 ジェームズの取材原稿がCBTのニュース内でも読まれ、昼のワイドショーで新聞を手配りする学生達が話題となったり、少しずつメディアでも取り上げられるようになってきていた。

「世論を味方につけたほうが勝ちよ。最終目標は、国連と自衛隊のエメトリアへの派遣ね」

 一人燃えあがる大江編集長を見て、長谷川がため息をつく。

「今度は政府側から実力行使があったりしてね」

「そういう可能性もあるわね…」

 長谷川のつぶやきに、大江が顎に指をあてて考え込む。

 しまった、余計なことを言ったと思ったがもう遅い。

「そういえば、放送部にCCDのハンディカムがあったわね」

 大江が立ち上がり部室を出て行こうとする。

「こんな時間にどこへ?」

 聞く長谷川に、

「みっちゃんとこ行ってくるわ。学内で事件起こったらすぐに撮影できるようにしとかないと」

 部室から猛然と出て行く大江編集長を見送った長谷川が、

「すまん、光弘。俺、余計なこと言ったわ」

 学内の映像撮影関連を仕切る放送部部長の中村光宏が、既に寝ているであろう男子寮の方向へ、長谷川がそっと手を合わせた。


To be continued.

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