25.クラリース・デチーグ
殴ら腫れ上がった顔を冷たい水に浸したタオルで押さえながら、少女はクラリース・デチーグと名乗ったので、沖田達三人は妙な顔をして視線を交わした。
クラリスは自分の母親が女王の近くで働いていたこともあり、革命軍に見つかれば連行されることは必至だったため、戦火の中をなんとか脱出してきたとのことだった。
母親の安否すら分かっていないが、もし生きているなら国外で落ち合う手はずになっており、近くの集落に親戚がいるというのでそこに一旦身を寄せるという。
「国内に入る方法はないのか?」
訪ねる竹藤に、
「今、国内に入ることは自殺するに等しい行為です」
クラリスは厳しい顔で首を横に振った。
「エリサは国内にもう入ったのかな」
「あ、バカ」
沖田が思わず口走り、吉川が頭をはたく。
エリサの名前を聞き、クラリスの顔が微妙に変化した。
「エリサとは?もしかして、エリサ姫のこと?」
「いや、ま、」
沖田が慌ててごまかそうとする。
「エリサ様は日本の高校に留学されていると聞いています。何故、あの子がここに?」
必死に聞いてくるクラリスの剣幕に負けた形で沖田が、
「いや、俺たちはさ、その日本の学校の同級生なんだよ」
沖田が仕方なく事情を説明する。
武蔵野大学附属高校でのエリサとの出会いと学校生活から、居なくなったエリサを追ってここまで来たことを、ここまでの来た方法等は適当にごまかして話す。
「まあ、俺たちが学校を代表して、探しに来たんだよな?」
うまくごまかしつつ、吉川がなんとかまとめる。
「それにしても君達はなんだんだ?ただのハイスクールには見えなかったけどな」
今度は竹藤が質問してくる。どうやら竹藤も、沖田達がクラリスを救い出すところを見ていたようだ。
「おっさんこそ、誰なんだよ?本当にジャーナリストか?」
嫌な顔をした沖田がにらみ付ける。
「本当だって。なんなら、社に電話して確認してみてもらってもいい」
竹藤が慌てて手を振って弁解する。
「沖田さん達は、いったい?」
クラリスも興味を抱いたようだ。それはそうだろう。普通の日本の高校生に、正規の訓練を受けた重武装の元エメトリア軍の精鋭が、あっという間に蹂躙され撃退されたのだ。
「俺たちは…」
沖田が言いさして口をつぐんだ。
「昨年、中東に修学旅行中、ちょいとしたトラブルに巻き込まれてね。その時、戦闘訓練を受けたんだよ。それ以外は普通の高校生だ」
吉川が引き継いで言い、小坂がうんうんと頷いてみせる。
「まあ、訓練を実施したのが、ラオスやらカンボジアやらで有名な傭兵のクソじじいだったってのもあるけどね」
と、これは小坂。
「そうか君たちか。湾岸戦争で取り残され、自ら脱出してきたという高校生は」
昨年の大きなニュースになっていたためか、竹藤が思い出したように言った。
「日本政府と外務省が諦めずに俺たちを救出してくれれば良かったんだけどねぇ。あの腰抜けども、事実を隠蔽した上、俺たちを見捨てやがったから、自分たちで戦って脱出するしか無かったんだよ」
忌々しげに吉川が言った。
「まあ、そういうわけなんで、こういうことには慣れっこなんだ。なので、俺たちはエリサを見つけてムサノに連れて帰る」
沖田が断定的に言い、二人が頷いた。
「もし、その障害になるのなら、エメトリア革命軍だろうが、フセインだろうが、ポルポトだろうが、KGBだろうが、実力でこれを排除して、エリサ救出作戦を遂行する。俺たちが中東で学んできたことはそういうことだ」
断固とした決意を表すように、沖田が立ち上がり装備をまとめだした。
「とりあえず、あんたをその親戚とやらのところまで連れて行くよ」
沖田のある意味異様な迫力に押されてクラリスが頷いた。
「で、おっさんはどうするんだよ?」
吉川がテントをたたみながら聞いた。
「取材って事で同行させてもらえないかな。なんとかエメトリア国内に入りたいしな」
答える竹藤に、
「是非、そうしていただけると。海外のメディアの方に悲惨なエメトリアの内情を伝えて欲しいです」
と、クラリスが応えた。
「死んでも知らねぇぞ」
吉川がテントを入れたリュックを背負いながら冷たく言い放った。
To be continued.
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