3.下北沢ロックンロールダイナ

「えー、では、エリサちゃんのー、ムサノ編入を祝して、カンパーイ!!」

 吉川がビールジョッキを掲げてアホなくらい陽気な音頭をとると、沖田、小坂、マユミ、そして、マユミとエリサのもう一人の同室の智子がグラスを掲げた。

 フロアDJにリクエストが通っていたのか、乾杯と同時に店内が暗くなり、天井に大きく設置された星条旗の電飾が派手に光り出すと、インナーサークルの「Sweat 」が大音量で流れ出す。

「なんで、ダイナでレゲエなんだよ」

「いいじゃん。最近、はまってんのよー」

 すかさず、突っ込みを入れた沖田に吉川が曲に合わせて歌い出す。

 下北沢にあるロックンロールダイナ。90年代初頭の当時でも珍しい、アメリカンスタイルのレストランバーだ。

 レストランスペースとバースペースが分かれており、バースペースは立ち飲みでテーブルチャージがなく、ワイルドターキーがワンショット500円と格安のため、沖田達は普段はもっぱらバー利用だ。ちなみに地下二階はクラブになっており、ムサノの学生はここも良く利用していた。

 80年代後半から90年代前半、世の中的にはまだまだおおらかで、下北も渋谷も新宿も、高校生と知ってか知らずか、平気で飲ませてくれる店は多かった。

 もっとも、警察や補導員の踏み込みがあったりして、気の良い店主があわてて店の裏口から逃がしてくれたことも何回かある。

 雰囲気重視で、味までアメリカンスタイルのレストランスペースは、誕生日や祝い事に使われることが多い。

 そのレストランスペースのボックス席に、派手な花火を幾つも指した、デコレーションケーキが運ばれてきて、エリサの前に置かれる。

 驚いたような戸惑いとうれしさと、それ以上に何か後ろめたさのような影がエリサの顔をよぎった。

 のんきに「ビックリした顔もかわいいなー」とかなんとか思いつつ、沖田は首をかしげている。

 エリサはその容姿から学内でもかなり人気がでてきており、既に大学部を含めた部活やサークルから複数の勧誘と、男子部では早速ファンクラブが作られたり、何人かにモーションをかけられたりと、一騒動あったらしい。

 一通り学内での話題を話し終えるとエリサの家族の話になった。

「エリサちゃんの両親は、日本に住んでいるの?」

 吉川が、とうもろこしの香りが香ばしいトルティーヤと熱々の鉄板の上に細く切り分けたステーキを取り分けながら何気に聞く。

「こちらには父方の親戚がいるだけだ。父も母も国に残っているんだけど…」

「連絡がとれないらしいのよ。確かクロアチアの近くなんだよね?」

 黙ってしまったエリサをフォローして、まゆみが後を続ける。

「私だけ、なんとか日本にたどりつけたんだけど」

 エリサはあえてそうしているのか淡々と話す。

「ドイツで家族と一度会うはずだったんだけど、公務で行けなくなったとメッセージがホテルに届いていたんだ。それで、私だけドイツ経由で日本まで来たんだ」

「もともとはどこの国なんだっけ?」

 ナチョスをつまみながら、すでに3杯目のワイルドターキーのロックを片手に沖田が聞く。

「東欧の小さな国。日本のたぶん東京くらいの大きさ」

 エリサは、父親が日本国籍と言うこともあり、日本の親戚の家に実を寄せていたが、遠い親戚の家で世話になるのも窮屈らしく、二学期から寮生活にすることにしたらしい。

「日本に住んでると内戦とかほんとわかんないよな」

「ま、もっとも俺らも去年まではよくわからんかったけどね」

 そう言って、沖田が吉川と小坂に何か耳打ちしている。

「ちょっと、なに話してるの?」

 まゆみがよからぬ気配を感じて、問いただした。

「あ、別になんでもないよー」

 沖田がおどけたように応える。

「調べる?なんの話だ?」

「まあ、大したことでないから気にしないでーっと。ところで、エリサちゃんは国に彼氏とかいるの?」

 エリサの問いに吉川が話をはぐらかした。

「あなたたち、また危険なことしなでよ。それでなくったって…」

「まあまあ、まゆみねーさん、そのあたりにしとこうぜ。すいません!」

 小坂がまゆみを遮ると、店員を呼んでまゆみのためにノンアルコールのマルガリータを頼む。

 本気で心配をしているまゆみの真剣なまなざしはぐらかすように、三人はそれぞれごまかすようにそっぽを向いた。


To be continued.

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