その白鳩は、誰が為に飛ばすか

@hashiba4121

皇紀208年 初夏

少年の願った結末


 空は薄暮に、天蓋の様な雲は鬱蒼としていて降り注ぐ陽光を遮る。

 折角新調した銀の鎧も、その陽の光を浴びることなく傷つき、血痕で汚れていった。

 今が黄昏か黎明か、それは知る由もない。

 乱戦となった戦場では最早、時間など関係ないからだ。


「……ここも酷いことになったもんだ」


 煤けた顔を拭いながら辺りを見回す。


 市街地での戦闘だったが故に、残骸がまだ幾つも建ち並んでいる。二度と時を刻まない時計台。町人が住んでたアパート。憩いの場であったであろう酒場。

 目の前にある広場の大きな噴水はとっくに形を成しておらず、だらしなく流れ出る水が地面にこびりついた赤の血を洗い流している。


「一体、何人死んだんだ……」


 荒廃した街には幾つもの亡骸が落ちている。どれが敵でどれが味方か全くわからない。パチパチと燃え盛る戦火がそれらを焼き尽くし、辺り一帯には異臭が漂っていた。


 戦況は乱戦となってから少し落ち着きを取り戻したようで、衝突の音はここからは聞こえない。皆、傷を癒しながら敵を討つ機会を窺っている様だ。

 本陣はとうに荒らされてしまったため兵士に帰る場所などない。廃墟に身を潜めて拠点を作り上げ、そこで簡易の陣を敷いて安全を図る。

 だが、所詮は簡易拠点。一度襲撃を受ければ壊滅は免れない。乱戦でもあるために敵が襲ってくる方角すらも分からないだろう。


 それ故、あちこちからは『救難』の狼煙が立ち上がる。

 薄墨色のそれは空へと舞い上がり、街に吹く一陣の風によって東へと流されていく。


 しかし、救出に向かえるほどの人員もここには残されていない。護衛を務めてくれていた兵士も皆、散り散りになってしまっている。中途半端な戦力で向かえば待ち伏せに狩られる可能性もある。


 彼らを率いる立場にいる俺は、その光景を見ながら唇を噛むことしかできなかった。


「遊撃隊より報告! 左翼壊滅! 指揮系統が麻痺している模様です!」

「ゼノン団長! 右翼も第二陣まで突破されました! 残るは右翼本陣のみです!」

「……分かった」


 立ち尽くすしかない俺に、次々と伝者が駆け寄ってくる。

 煤けた鎧と所々に点在する血痕から察するに、激しい戦場からの要請だろう。

 その内容はどれも似た様な話だ。聞いてて飽き飽きするくらいに。


「増援を願います! 左翼は指揮統率が取れてません! 敵方の残党狩りが既に始まっている様で────」

「────いいえ、本作戦では右翼が生命線なのです! どうか先に右翼への兵力増強を!」


 言葉が錯綜する。

 右翼。左翼。増援。作戦。兵士。指揮。撤退。壊滅。

 耳に入る言葉は決まってこんな感じだ。それらが辛うじて紡がれていってようやく文として出来上がっている。


「ご決断を! 左翼を見殺しにする気ですか!?」

「切り捨てるべきです! 右翼の持ち堪えなしにこの作戦は成功しません!」


 声を震わせながら俺に迫りくる二人。

 頬に伝うその大量の涙。仲間内に交錯する思いが、堰き止めていた涙腺を決壊させたのだろう。


 右翼にいる仲間、左翼にいる仲間。彼らの必死の叫びを聞き届けた伝者は皆、揃って泣いていた。

 浮かび上がる二つの択。どれが一つを選ぶということはその一つを切り捨てるということ。どれを選んでも、大勢の仲間を切り捨てることに他ならない。それを承知して、俺に提言している。


 だが、それと同時に彼らは気付いているだろう。


 そもそも、俺たちに選ぶ力・すらない、ということを。


「……ここに来る道中で見ただろう。一時間ほど前からここ中央本陣は崩壊して乱戦へと移行している。今の俺たちには彼らを救う力はない」


 どれを助ける、ではない。どれを切り捨てる、でもない。そんな悠長な択は残されていない。この戦いは既に終わりかけているのだ。


 目の前に重なる死骸の山がそれを示している。

 退陣する兵力すらもここにはない。そもそもこの作戦は不退転が前提にある。


 最早、この国には俺たちの居場所なんてない。


「右翼本陣、並びに左翼へと伝達。

 『これより全部隊の指揮系統を解く。各人は速やかに乱戦へと移行せよ』」


 指揮系統の放棄、それは実質の敗北宣言とも取れる。まともな戦いを仕掛ける気概があるのなら、捨て身の覚悟で全ての兵力を一点に集中せねばならない。


 その策を取らないということは即ち、この戦いの勝ちを捨て去ることと同義だ。普通の兵団ならば一つや二つの諫言が飛び込んでくるだろう。


 しかし、


「…………っ、了解しました」


 静かに、そして重く。

 伝者はその敗北を受け入れた。

 歯をぎり、と食いしばりながら、拳に力を込めて身体を震わせながら。


 恐らく彼らも分かっていた筈だ。

 いや、助けを求めた仲間も分かっていたことだろう。分かっていながらも救援に縋るしかなかった。


 改めて突きつけられたその現実。

 絶望の淵に、俺たちは立たされている。


 だからこそ、


「ほら、早く行け。あいつらが待ってるだろ?」


 そんな時こそ笑うんだ。


 口角を上げ、その顔に笑顔を必死に浮かべるんだ。


 指揮官は部下に対しては威風堂々たる態度を取らねばならぬ。どれだけ敗色濃厚であっても、先に心が折れる訳にはいかない。最後までその場に立ち、兵士に勇気を与えなければならない。


 これは、俺が始めた戦いなのだから。


「……分かりました。団長、ご武運を!」


 そう力強く言い残した伝者達は瓦礫の上を駆け、それぞれの戦場へと戻っていく。

 彼らには馬は残されていない。戦闘が始まってすぐ馬やロバは狙って殺されていった。脚を挫いて流動的な伝達や補給を遮断するのが目的だったのだろう。

 ここが恐らく転機だった。こちらも策を講じてはいたが、兵力が僅かに及ばなかった。それでもここまで生き残れたのは、やはり何かしらの運もあったのだろう。


「その武運も、もう尽きてしまったみたいだな」


 ふと、曇天の空を見上げる。

 あいも変わらず暗い雲が覆っていて、もう時期雨が降るのだろうか、幾重にも重なる雲は唸りを上げながら泳いでいる。

 その雨は恵みの雨か、それとも────


「────発見しました!」


 声が響く。 

 右翼後方、三十メートル程離れた廃墟のアパートからだ。

 しかし上手く身を隠しているのかその姿は見えない。


 そばに立てかけていた大剣を手に取り、その襲撃に備える。


「本陣跡にいるということはあいつが親玉か!?」

「恐らく……!」

「構えろ! 奴は手強いぞ!」


 声色から察するに三人。分隊としては少ない人数。

 されど指揮統率はしっかりと取れているのは、乱戦で仲間を失ったからか。


「畜生! あいつらのせいでシャーザーもラルフも殺されて……!」

「早まるな。戦場では落ち着きこそが肝要だ」

「抑えろ、ルーサー。三人でなら叩ける」


 若い声が二人と歳の入った低い声が一人。

 随分と信用されている指揮官なのだろう。一人だけが飛び出てくることなく仲間の言葉に従っている。

 まだまだ戦闘に慣れていない若者を、熟練の兵士が率いて戦場のイロハを教え込む。


 なんと、微笑ましい光景だ。

 ギルドに初めて入った頃の俺も、誰かの真似をするだけで必死だったのを思い出す。


「相手が誰であろうと訓練通りにやるぞ。

 市街地戦闘『C2.D4』だ。D4が通らなかった時はA3で叩く」

「了解しました」

「……了解です!」


 何かの兵法書からの引用だろうか、こちらには聞こえない半ば暗号方式で策を伝達する。

 それを仲間は承知している辺り、座学もしっかりと取り組んできたのだろう。


 だからこそ、非常に悲しい。


「良いか。あいつはク・ー・デ・タ・ー・の首謀者だ。その実力も見合ったものだろう」

「……上等。敵討ちにはもってこいの首だ」


 ぞわり、と廃墟から殺意が発せられる。

 普段、魔獣しか相手にする機会しかなかった俺が味わうことはないのだと思っていた。

 しかし、この戦いで初めて人から殺意を向けられた。

 同種であるが故、どうしても感情移入をしてしまう。その殺意が理解できてしまって、尚更に心に傷を負ってしまう。


 俺は人を殺すために剣を取った筈ではなかったのに。


「……『一閃』」


 一つの魔術式を呟く。


 声は静かに、されど身体は火照る程熱を帯びていく。両腕の血管に、筋繊維に、骨髄に、魔力が満ち満ちていき、次第に両腕は魔術を行使する撃鉄となる。

 身体は既に人の限界を超えている。地面を蹴れば飛び上がり、拳を振るえば風圧が起きる。


 魔術とは、人の及ばない領域へと辿り着かせる叡智の結晶。詠唱によって大気から得る魔力を用いて、人為的に神秘・奇跡を再現する術の総称。

 人は世界に蔓延る魔族、魔獣に立ち向かうべく、その術を習得した。

 獄炎が如き猛火を放つ。木の棒を鉄が如き硬さへと変質させる。半身しか残っていない身体を全て再生させる。この世に非る幻想を具現化する。


 生命を脅かす奴らを殲滅する為に得たその術は、今同種の命を刈り取る為に行使せんとする。


 その愚かさを、戦いを始める前の俺は知らなかった。だが、それを悔いるにはもう遅すぎる。


 既に俺は、数多の仲間達の亡骸の上に立っているのだから────



「な────────────!?」



 三十メートル程の距離を、一足で詰める。


 辺りには風圧が巻き上がり、小さな瓦礫は簡単に飛ばされていく。

 目の前には隠れていた三人。

 彼らの瞳孔は、異常な程小さくなっていた。


「か、構え────」

「────────遅い」


 指揮官が声を上げる前に、鋼鉄の刃が鮮血を帯びる。人の皮膚は柔らかい。力は入れずとも大剣で撫でるだけで首が飛んでいく。

 斬られたことも理解できてないのか、残った胴体は倒れることなく剣を構えようとしている。


「ハルク隊ちょぉ────」


 その死にいち早く反応した一人の首も跳ねる。

 一凪で胴元を離れたそれは、空で螺旋を描きながら乾いた大地を赤に染めていく。


 人の弱点はよく知っている。首を跳ねれば、蘇生魔術を持ってしても再生することはできない。


 仲間がその様にして大勢殺されたのをこの眼で見た。この様にして殺すのが一番なのだと、俺達に丁寧に教えてくれた。

 歴戦の大剣は血を吸い尽くしていて、人の胴体を覆う程の大きさのそれには血痕がそこかしこに点在していた。


「…………ふ、ふざけんな!」


 残りの一人の声が響く。

 振り向くと腰を抜かしたのか、最後の兵士が座り込みながら剣をこちらに向けている。

 呼吸は荒ぶり、剣を持つ手は震えている。失禁したのだろうか彼の股は少しだけ濡れていた。


「お前が、こんなことしなければみんな死ななかったんだ! 俺の親父もお袋も! 一緒に戦ってきた仲間も!」


 それでも、彼は目の前の恐怖に必死に屈していない。その眼はまだ戦う意志を残している。瞳には、まだ炎が燃え盛っている。


「平和だったこの国を、何の憂いもなく暮らしてた人達を殺して楽しいのかよ!?」

「────楽しいわけがない。俺だって、平和な国だったらクーデターなんて起こしてない」

「…………は?」


 驚く兵士に構わず、俺は大剣を立てかけて腰を下ろす。


「……お前、戦いの最中だぞ!」

「そっちが聞いてきたんだ。俺はただそれに答えようとしただけ。話をするには対等な関係にないとな」


 あちらも初めての経験だろう。本来ならば刃を交え合う相手と腰を据えて話をする機会なんて、俺ですらも聞いたことがない。


 それでも、俺はあの兵士と話がしたかった。

 彼らは、この戦争をどう思っているのだろうか。


「……この国、アルトライゼが言う平和は、俺らに取っての絶望でしかなかった。生きる意味を奪われて、出口のない鳥籠に閉じ込められた世界を国王は平和と呼んだ。

 だからクーデターを起こして、俺達のための本当の平和を作り上げようとした」


 そう。元は平和な世の中を取り戻す為。

 国王が曰う平和など偽りのものでしかない。

 その平和を打ち砕くことこそが、本当の平和へと繋がるのではないかと考えていた。


「……なぁ、そのお前が言う平和って奴は、こんな地獄の様なもののことを指すのかよ! 何も関係な人を殺して! 綺麗だった王都を全てぶち壊して! もうこの国は元の生活が出来ねえんだぞ!」


 その声は深く、身体に突き刺さる。

 かつて裕福を表した都であるゼルトラは見る影もない程に、俺達の手によって破壊し尽くされた。建物に火を着け、民衆を追っ払い、王のお膝元である街を制圧して王城を取り囲んだ。


 恐らく、王都を失ったこの国は崩壊するだろう。


 首謀者である俺の名、ゼノン=アタナシウスは最悪の国賊として歴史に名を遺すに違いない。


「……分かってる。その覚悟を背負って俺たちは────」

「────『分かってる』!? 自分の言ってることがどれだけ残酷か理解してるのか! ただ自分勝手に平和を押し付けやがって! 俺たちにとってはな、お前らが居ない方が平和だったんだよ!」


 兵士は涙ながらに声を張り上げる。

 恐怖で掠れた喉を震わせ、この戦いの元凶となるものを非難する。

 その瞳に映っているのは、侮蔑だった。


「お前はなんだ、悪魔か!? 人をこれだけ殺しておいて仲間も大勢死んだだろ! その亡骸を見て、お前は何も思わねえのか!」

「…………思わないわけがない。俺がした事は最低最悪な事だ。魔獣でもなく魔族でもなく、ただの同じ人間を敵味方問わず俺は殺した。この戦いの中で、何度も俺は自分で命を断とうとしたか覚えてない」

「ならどうして止めようとしなかったんだ! お前が死を選ぶだけで救えた命もあっただろう! 死ぬんだったら早く死ねよ! このゴミクズ野郎が!」


 激情の声は更に勢いを増す。

 止め処ないその言葉の嵐は激しく俺の身体に突き刺さっていく。

 されど、それ如きに折れる訳にはいかない。


「だけど、それだけはできなかった。先に逝った仲間を裏切るなんて、俺には無理だった」

「なんだそれ! てめえ一人の命と幾万の人の命を天秤に掛けることもできねえのかよ!」

「何度も掛けたさ。そしてそれは全部俺の命の方へと傾いた。俺の命の方がこの国の命よりも重かった」

「な────────」


 ────瞬間、豪雷が地に落ちる。


 眩い煌めきと共に降り注いだそれはまるで神の雷かのよう。

 それに呼応するかの如く、しとしとと薄墨の天蓋から雫がこぼれ落ちる。煙を多く吸ったせいか、出来た水溜まりは少し濁っていた。

 雨はその強さを増していき、戦火はたちどころに勢いを弱めていく。この分では、街に流れている血も全て洗い流されるだろう。


「雨、か……」


 廃墟に伝う雨音がやけに寂しい。命のやりとりをしている中で、段々と兵士の士気が弱まっていくのを感じた。

 先程までの勢いはなく、その瞳に燃え盛っていた炎はいつの間にか消え去っていた。


「……お前は、本当にこの国の平和が嫌なのか?」

「あれは人間にとって窮屈過ぎる。今は安全でも、未来の人達は苦しむだろう」

「今を生きる人間を殺してでも、か?」

「ああ」

「その所業を後悔していても、か?」

「ああ」

「そしてお前自身は自害するつもりはない、と」

「……その通りだ」


 その問答の最中、雨足は際限なく強くなっていく。

 兵士の顔は強張りを失っていき、やがて柔らかな表情へと変貌していく。

 きっと、その顔が彼本来の持つ表情なのだろう。


「……もう良い。殺してくれ」


 死を願ったその顔は、何故か綻んでいた。


「剣を取らないのか?」

「ふん、俺には自分勝手で我がままな悪魔を斬る力なんてない。そもそも、十万の人間を統べる首領が末端の兵士に斬られる訳がないだろ?」

「……その十万の人間はもう居ないけどな」

「そりゃ、こっちにも『悪魔』がついてるからな。あいつ一人でどれだけの人間を喰ったのか分からねえや」


 壁に寄りかかり、身体をだらしなく預けている。

 敵意がない事を示す為か、手に持っていた剣を放り投げた。廃墟に響くその鋼の音は、残響となって木霊する。


「……俺も思ったんだ。あいつらを、ヴ・ァ・ン・パ・イ・ア・を受け入れるのはどうなんだろうって。でもそれが最善なのだと信じて俺は命を賭した。国王が作った平和が一番だと思って、俺は剣を取った」


 彼の小さな独白は、次第に雨音に消されていく。もう話す気力もないのだろうか。

 それでも止めることなく、彼は口を動かす。


「なぁ、教えてくれ。正解はあったのか? 人間がこの先生き延びる為にどうすれば良かったんだ? お前達みたいに反旗を翻すべきだったのか?」


 雨粒が兵士の顔へと零れ落ちる。

 濡れたその瞳は雨粒か、それとも涙か。


「……分からない。正解は未来の誰かが決めることだ。今ここに生きる全ての者の選ぶ道に、正解なんてないと思う」


 ぐっ、と力を込めて剣の柄を握る。

 鋒は寄りかかる無防備な兵士に向けて。


「ただ、俺は自分の決めた事をやり遂げるだけだ。例えそれがどれだけ残酷でも悪魔の所業と評されても、俺が決めたことが間違いだなんて誰も分からない。

 だから俺は選んだ答えが正解だと信じて、ただ真っ直ぐに突き進んでいくだけだ」


 戦意の失った兵士を殺すのは人道的ではない。捕虜にするのが通常の戦争だ。

 だがそれは命の選別になる。失った仲間達を、殺した誰かを裏切ることになる。


 だからこそ、俺はこの剣を振りかざす。老若男女問わず、ただ自分の選んだ道を突き進むために。

 その鋼は、目の前に立つ者全て斬り捨てるだけだ。


「……悪いが斬らせて貰う」


 鋒を天へと向ける。

 天蓋は一層に唸りを上げ、薄墨の空を泳ぎ続けている。雨はここ二、三日は止みそうにない。


「はっ、お前は敵を斬る時に伺いを立てるのか? クーデターの首謀者も意外と優しいもんだな」


 今まで曇っていた顔に、一筋の笑みが溢れる。

 それは諦めではない。何か、答えを得た笑いだった。


「……じゃあな。地獄で待ってるぜ」

「ああ。またな」


 刹那、ばしゃり、と鮮血が飛び散る。

 生命の欠片が薄汚れた廃墟を赤に染め上げる。

 宿主を失った身体は力なく、寄り掛かった壁から崩れ落ちていった。


「……正解、か」


 鋼についた血を振り払いながら思わず口に出たその呟きは、一陣の風に吹かれて消えていった。

 本陣跡に立てた旗は、その風に煽られて寂しくたなびく。


 大きく描かれた白鳩は、いつの間にか赤に染め上げられていた。

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