22話 事件はいつもリネン室にて

ルクス様を説得して、なんとかもぎ取った亡命準備期間。

書類と格闘しながら、それらをまとめ上げ王都に戻ってきた事務官と大臣たちへと指示をとばし続ける日々。


2週間は、あっという間に過ぎ去った。


「ちょっ!!サムっコレはなんなの?」


「えっ・・どれですか?まさかこの俺が計算間違い・・天変地異ですね」


「いや計算は、間違ってないから・・そうじゃないの、この予算はどうやったって聞いてるのよ」



サムという事務官は、衣食住を全て数学に支配された変人だった。

変人・・だという自覚は多分ない。

彼の持つ類まれなる能力は、この第二執務室でも役立っている・・とくに経理については彼が確認をしてくれてやっと回せるのだ。

そして私が示した書類には、どこからの予算かが分からないが寄付金とある数値が並んでいた。


「えーそれっすか?・・なぁ、カイン」


「私を巻き込んでも事実は変わらんよ、サム」


2人の事務官は何故か私の問いには答えずにいる。私は一枚の紙に記載されたおかしな数字を目の当たりにして冷や汗が止まらないだけだ。



「・・いいから答えて!!」


「ハークライト様が国宝一つ巫女様にあげて、それを巫女様が売っ払って・・」


「・・・・・・・・・え」



今とんでもない事を聞いた気がする。

耳からの言葉をしっかりと理解できるまでに数秒、その後に訪れる絶望感と戦う数十秒。


「・・・ジ・・・・ジルベット様は?」


「ご存じですよ。」

「最初に気づいたのあの方だったけ?」

「いや・・違うぞ・・これに気づいたのって」


カインとサム・・最後にレイモンドがそう応えた時。


「私は止めたぞ!!」


会話に突然交ざった太く低い声に慌ててその持ち主を探し視線が交差した。扉の方向を向けば、そこには大きな箱と共にこちらにやってくる人影。


最後にお会いしてから、実に4か月ぶりに見るその姿は、頬が扱けてクマもしっかりと刻まれている。やつれていらっしゃるが何故かその少し出過ぎているお腹はそのままだ。


「ジルベット様っ!!」

「久しいな、御無事でなによりだバーミリオン伯」

「はい、そちらも」


過労で静養していた筈の人が何故という言葉をのみこんだのは、彼の従者が持つ大きな箱に遮られたからだ。


「あの・・・それは?」


「あぁ、そこに置いてくれ」


彼の言葉に従い従者が置いた箱には、見覚えのある分厚い資料。


「そのリストは・・」


宝物庫を管理する者は、記憶することになるリスト。

優に5cmを超えるリストが数十冊。

その品物に対する様々な情報が書かれたそれは、鑑定書としても利用される。


「私が居なかった僅かな間に、38点程国が管理する品が消えた。」

「・・・・・・」


驚きが過ぎると、人は固まるものだ。


38・・・たとえばそれが盗まれたものだとすれば、私もなんとか納得がいった。

いやそれも問題だけど。

だが、まさかたった2ヶ月で何がとも思う。


「一応アカリ様がその中で関わっていらっしゃると調べがついているのは4点のみだ。」

「4・・点」

「あぁ、確認が取れているのだけだが」


そう言って彼は大きくため息を吐いた。


「やられましたね、俺が知ってるのは1点だけですよ」

「どうします、伯爵?」

「ハークライト様ってバカなんすかね?」


サムとカインとそしてクィルスがそう続ける。最後のクィルスなんて完璧に不敬だ。


「クィルス・・不敬よ」


「すんませんっ!」


クィルスは、第二執務室の雑務担当の侍従である。

クィルスを無意識に注意して、私は必死にこの事態の収拾する方法を考えていた。


「ハークライト様が、下賜した事に正式な書類として受理されているのは、3つだけ。残りの1つはどうするかだ」


全てを穏便に終える事はもう難しい。


「その一つは、なんなんですか?」

「隣国レムソンからの献上品だ。・・・第二王子の懐妊が分かった時に送られたものだ。」

「レムソン・・・よりにもよって・・レムソン」

「あの国特産のレムリナ石が中に埋め込まれた髪飾りだ」

「レムリナ・・ってあの?」


記憶の中にある王妃様の髪飾りを思い浮かべてそれに該当するものを探すがあまりに多過ぎてどれかがわからない。


問題はレムリナが埋め込まれていたという一点だ。

特殊鉱石の一つ。

魔法石の一つだが、他の鉱石、魔法石とは違い・・・そこまで高価ではない。


ただ問題は、その鉱石の取引はレムソン王家が一手に扱うものという所。


「あの石にかけられたレムソン王家の刻印がもしも誰かに知られれば、外交問題間違いなしっすね」


そうゼルが告げると、その場はしばらく静寂に包まれた。

それぞれが最悪の事態の予想をしているのだ。


「・・・・レムソンなら、まぁ、そんなに問題ないんじゃ」


「やべぇ・・今の内にブドウ酒買い込んでおこう」


「ブドウよりもリンゴ酒だろう」


主に上質な葡萄酒とリンゴ酒を我が国に輸出しているあの国に、そう返したサム、カインとゼルに呆れながら、私は違う事を考えていた。


「ルクス様のご縁談が」


「それは、大丈夫っすよ」


「えっ・・」


ゼルがまるで何でもない事のようにそう返した。


「伯爵が毒飲んで死にかけるちょっと前に、救援要請かけたんすよねぇ、ハークライト様」


「えっ・・本当なの?」


3ヶ月以上前、どれだけ私が言っても彼は、無視していたのに。

兄であるルクス様の立場を考えても救援なんて求められないとそう言っていたのに。


「えぇ、まぁ、でもそれもあっけ無く断られたんで」


「嘘・・・」


「本当ですよ、しかも、あちらはアカリ様の身柄を要求してきました。自国の大事に他国に留学するようなルクス様に大事な一人娘はやれないって事で、自国の公爵家・・・たしかグ・・ぐる」


「グルべス公爵っ!?」


数年前に隣国のフルデーン侯爵の次女がデビュスタントする時、偶然居合わせた相手を思い出す。



「そうそう、そのグルさんにアカリ様をくれって」



グルベス公爵といえば、レムソンで最も力を持つ公爵家の一つだ。

そして彼は、アカリ様に何度か直接会っている。


そしてご執心していらした。


「・・アカリ様をご子息に」


「いえ、違います。ご自身の後妻にと」


ヤバい。・・・ハークライト様がどんな答えを返したかなんて聞かなくてもわかってしまう。



「・・・じゃあ」


「えぇ、ハークライト様がしっかりと使者を送りましたよ。神官庁の息子さんを」


「・・・・・・わかったわ」



既に外交問題は起きているらしい。

それにもう一つ火種が増えたという事だろう。


「すまんな、バーミリオン」


「いえ・・・私もです。・・あの日、私が裁判までの間はここに居られるように訴えていればよかった」


「・・いや、わしもそなたの留守に、ここを守れず」


互いが互いの苦労を思い、がっくりと肩を落とす。


「レムソンとの外交は、誰が担当だったかしら」


主にフォースとの外交を担っているのが我がバーミリオン家だが、レムソンとの外交を担うのは、フェムレス家だった。


「神官庁の息子と一緒に既にレムソンに発ちました。」


そう私の問いに応えたのは、ジルベット様と一緒にやってきて、分厚い資料入りの箱を運んでいた従者さんだった。


「あなたは?」


「ご無礼を・・フェムレス・マリスと申します。」


「えっと・・ご」


従者ではなく、まさかのフェムレス家の人だったとは思わず一度その人を見た。

確かに身分が上である私の言葉を遮ることは不敬であるがそんなことを気にしている場合ではなかった。


「現当主は、私の兄でして・・現在、レムソンへ使者として向かい・・連絡がつかない状況です。」


連絡がつかない。


・・・恐ろしい予想が頭を巡る。


「レムソンとの戦争は予想してなかったー」


「俺も。やるならフォースだって思ってたもんなぁ、」


「何呑気な事言ってんのっ!!」


クィルスとゼルの呑気な会話に突っ込む。

この国に今現在戦争をする余力などどこにもないというのに。



亡命前に国が亡ぶって、笑えない。









































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