第38話 進化

「させない!」



 ゴゴッゴゴブリンは座り込んでいる。本来なら僕より身長が高く、頭まで攻撃は届かないが今はそれが可能。

 しかも掴んでいる猫族の女の子に夢中なのか、爆発魔法で牽制をしてこない。


 僕はやつの目に向かって、ギアウィップ、チャージウィップ、パワーウィップの三つを掛け合わせた一撃をくらわせた。流石に速撃暴走をやる暇はない。



「グガアアアアアアア!」

「ひにゃ!」



 狙い通り今の一撃が良く効いたのか、女の子を握っていた手が少し緩む。その隙に僕は魔法を唱えた。全力をかけて。



「シィ・スピダウン!」



 慌てていたからか思わず魔法を口に出してしまい、魔法陣も可視化されている。ただきちんと効果はあったようで、ゴゴッゴゴブリンの痛がる素振りそのものが遅くなった。

 頭がモヤモヤし、文字が浮かんでくる。



<【特技強化・極】の効果が発動。

  能力取得:【耐性貫通】>


<【特技強化・極】の効果が発動。

  能力進化:【真・重複効果】>



 耐性貫通……。存在は知っていた。欲しいとも思っていた。この特技自体の段階に合わせ、その分相手の耐性を無効化できる能力だ。今まで僕の魔法に耐性をもつ存在がいなかったから習得できなかったけど。


 そして重複補助が『真』に進化したことで、僕の補助魔法はプラス効果でもマイナス効果でも九回まで重ね掛けできるようになった。


 この土壇場でこの二つは大きい。やっぱり実際に戦っている最中の方が、普通に鍛錬するより能力の追加や進化がある気がする。僕自身、強さを求めているから【特技強化・極】が反映されているのだろうか。


 この際なんでもいい。これならいける。

 僕はもう一度ゴゴッゴゴブリンに向かって速度魔法を放った。『シィ・スピダウン』を九回分。連続魔法はまだ一度に六回分までだから二度に分けて。



「……ゴ!?」



 さらに、はっきりとわかるくらいゴブリンが遅くなった。

 僕はムチを構え、自分を極限まで遅くして力を溜め、一気に解放。この太った貪欲なゴブリンの、女の子を貪り食おうとしている太い手に向かって渾身の一撃。



「いっつ……」

「にゃっ!?」



<【特技強化・極】の効果が発動。

  能力進化:【反動抑制 ・改】>



 肩がかなり痛んだけれど、嬉しいことにまた能力が進化し、女の子も手から解放できた。だからこのくらい構わない。

 ゴブリンに何かしらの対処をされる前にそのまま女の子にムチを巻き付け、こちらに引き寄せる。鍛錬の最中にこういう芸当も練習しておいてよかった。



「にゃにゃ!」

「ふぅ……ふぅ……大丈夫、ですか?」

「だ、大丈夫です……っ」



 目立った怪我などはない。どこか打身くらいはしてるかもしれないけど。僕は九回分、自分にシィ・スピアップをかけなおし、その女の子を抱えたまま階段の前まで移動した。



「にゃっ!?」

「おぐっ……」

「だ、大丈夫ですか!?」



 階段付近の壁に背中から衝突する。当然だけど六回分よりもさらに速くなっているため、もはや真・速度制御でもうまく抑えきれないみたいだ。体感的には、『改』の時の六回分と同程度。それを見越して動いて正解だった。



「だ、大丈夫です。すいません、守るつもりが巻き込んでしまって」

「そんなことはにゃいよ! 冒険者さんはあんな化け物相手に十分……!」

「ありがとう。でももうなんとかできるかもしれないので、先に登っていてください」

「わかった。頑張って!」



 女の子が階段を登ってみんなの元に戻る。僕はちゃんと制御できるくらいまで自分自身のスピードを落とし、再びゴブリンの前に立った。



「君を倒す」

「グカァ……」



 ムチを構え、手始めに頭のてっぺんを叩こうとした。

 しかし、僕の手元と目の前で爆発が起こり止めさせられる。さらに重力魔法で身体とムチが重くなった。


 ムチが剣よりも重くなったが、気合とスピードの反動でなんとか振り上げ、再び頭を狙ってチャージウィップとギアウィップの複合を打ち込む。



「ゴブッゥ」



 あんまり効いている様子はないが、痛がってはいる様子。このまま何度も何度も打ち込めばいずれ倒せるだろう。

 その代わり僕も体の節々が痛む状態で、魔法による抵抗を捌かなければならない。


 極限まで遅くして尚、僕の得意な土俵に立って尚も苦戦させられる。強い、本当に強い。

 しかも僕はついさっき耐性貫通を習得して9回重ねができるようになったにも関わらず、まだ、こいつはBランク以下の魔物に6回分で同じことをした時より全然動けている。

 加えてやはり時間が経つに僕の魔法の効果が弱まっていっているようで、何度もかけなおす必要があるみたいだ。


 続けてもう一度頭に向かってムチを打つ。ゴブリンは魔法を放って僕に攻撃する。僕は速度魔法で魔法を回避や対処するし、ゴブリンは僕の攻撃を耐え切る。

 まさに泥沼の戦い。長期戦になったなら、元々体力がなかった僕の方が不利。でも意地でも勝たなきゃいけない。プライドにかけて。


 だいたい、二十回目の頭への攻撃が済んだ頃だろうか、ゴゴッゴゴブリンの動きが止まり、魔法による抵抗も止んだ。

 ……倒した、というわけではないらしい。

 五度目のお腹の音が鳴り出した。それも、思わず耳を塞ぎたくなるような超爆音で。



「グ……ゴブッ……ゴゴ、ゴゴガギガガガガゴガゴガゴゴガ」

「なっ……!?」



 その爆音とともに、ゴブリンはお腹を抑えて苦しみだす。お腹を抑えるまでの手の動き。全く僕の魔法の効果を受けていなかった。今の一瞬で解除されたというのだろうか。


 明らかに様子がおかしいので僕はゴブリンから距離を取る。ゴブリンはお腹を抑えたまま苦しみ、転げ、のたうちまわり始める。

 穴の壁にぶつかっては反対方向へ転がっていき、また壁にぶつかる。


 そういった苦痛による奇行を何度も繰り返したのち、ちょうどこの穴の中央あたりでゴゴッゴゴブリンは動きを止める。

 その瞬間、地面がカタカタと揺れだすと、なんとゴブリン達の死骸がゴゴッゴゴブリンを中心に吸い込まれるように集まり始めた。


 横穴からもゴブリンの死骸が飛び出してきて、やがてゴゴッゴゴブリンの周りにドーナツ状に死骸の山が出来上がる。

 

 先ほどまで苦しんでいたゴゴッゴゴブリンはゆっくりと体を動かすと、まるで精気のない動きで、ゴブリンの死骸の山の一つを鷲掴みにした。そしてそれを口まで____。


 どんな図鑑にも専門書にも載っていなかった行為。

 ゴブリンが、ゴブリンを共食いする。人に近い魔物が同族を食う。どんなホラー小説よりも身の毛がよだつ光景が、今目の前に。


 同族食いのゴブリンは、やっとお腹が満たされ始めたのが嬉しいのか、自分の部下を、仲間を、泣きながら喜んで食べている。

 Cランクのゴゴブリンも、Bランクのゴゴゴブリンも関係なく、噛み砕かれ飲み込まれる。

 まさに唖然、呆然。攻撃する気すら起きない。


 やがて、僕が倒したすべてのゴブリンの亡骸は骨ごと全て消え去った。あとに残ったのは満足そうな暴食の怪物のみ。



「ゴブゥ……。ゴ? ゴ、ギ! ゴゴギギガゴ!」


 

 一杯になってさらに大きくなったお腹をさすっていたゴゴッゴゴブリン。でも、また急に苦しみ出した。

 そして今まで空中を浮遊するか座り込むかしかしなかったのに、慌てたように二本の足で立ち上がる。


 バランスが取れていないようでフラフラだ。

 いや、それはいい。

 異常なのはその全身が沸騰したお湯のように、ボコボコと部分的に膨れては割れ膨れては割れを繰り返していることだ。



「オブ、オブギ! ……オアアア、ゴオガアアア、ウギガァ……アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」



 この世の終わりのような絶叫とともに、ゴゴッゴゴブリンの身体は禍々しい黒色に包まれている。闇魔法を全身に纏っているのとは全く違うその何か。

 僕はこの現象に近いものを本で読んで知っている。ただそれは、本来ならもう少し穏やかであったはずだ。


 黒い何かがゴゴッゴゴブリンの全身を覆い尽くすと、ゴブリンの身体が変形し始める。太っていたお腹は凹み、腕や脚もシャープに、身長は少し伸び、全体的にガッシリとした体型が出来上がっていく。

 やがてそれは止まり、黒い何かがだんだんと剥がれていった。

 

 ……ゴブリン特有の赤茶色の皮膚、それを半分以上覆うように描かれた黒い模様。金色の目。金色の歯。筋骨隆々なその風貌。最初に遭遇した時より何十倍も溢れ出ている凶悪な魔力と威圧感。


 黒い何かとは進化の証。進化するときに肉体の変貌を補助する魔力の塊のようなもの。


 ゴゴッゴゴブリンは進化した。

 無論、Aランクの魔物が進化したんだから、目の前に立っているのは当然Sランク。


 ゴブリン系の頂点の一角、ゴ・ゴッドゴブリン。

 目の前に佇む本物の絶望は、金色の目と歯を輝かせながら、僕のことを見てニッと嗤った。




=====

(あとがき)

明日の投稿も午後6時と午後10時の二本です!


新作の方もよろしくお願いします!


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