第27話 ブレーメンのSランク
翌朝、僕は昨日と同じように開館ギリギリのギルドの前に来ていた。いや、昨日よりちょっと早い。だからまだ空いていない。
暇なのでギルドのとんがり屋根の天辺についてる緑色の風見鶏がクルクル回ってるところを眺めていた。
「おう、一番じゃなかったか」
僕以外の人も開館を待ちにやってきたようだ。
「あ、おはようございます」
「おう、モーニン」
このギターを持った人はたしか、ロバートさんだ。一昨日僕がギルドに入ったのを音楽で歓迎してくれた人。
「たしか君はギアルくん。なぜこんな時間にであるくん」
「やっぱり早く来た方がいい依頼があるかなと思いまして」
「若手のくせにわかってる。それ懸命、いっしょ懸命」
リズムに乗って喋るのがこの人の癖なのだろうか。いや、マスターに返事をした時もこの会話の最初もふつうに喋ってた。じゃあわざとなのかな? うん、あんまり気にしないでおこう。
時間になったらしくギルドの扉がガチャリと開き、ニルさんが顔を出した。
「あら、ロバートさんにギアルくん。おはようございます」
「おはようございますニルさん」
「モーニン、ニル嬢」
ニルさんへの挨拶もほどほどにロバートさんはスタスタとギルド内へ入っていった。どうやら練習場へ向かうようだ。方向的に武器じゃなくて、音楽の。
「ふふふ、相変わらずですねーロバートさん。さ、ギアルくんも中へどうぞ」
「はい」
まず一直線に掲示板へ行く。思った通り所狭しと依頼用紙が貼り付けられていた。Dランク以下のものが固まっている範囲を注視し、そのなかで良さげなものを探す。
今日は覚えた技を試したいので、討伐系の依頼がいい。
……よしあった。Eランクの内容でここから馬車で20分の近場。マッスルカエル一匹の討伐。報酬金は5000ハンス。これにしよう。
さっそく依頼用紙を剥がす。これさえキープしておけば、今日中ならいつでも受けられる。
ふと、ついさっき隣に来たCランク以上が集められてる範囲を眺めてる冒険者と目があった。……って、スミスさんじゃないか。
「おはようございますスミスさん!」
「おう、おはよぃ、ギアル! もうこんな朝から依頼の捕獲かぃ。いいねぇ、せいが出るねぃ。かくいう自分もそうなんだがね……っと、これがいいぜぃ」
どうやらスミスさんもいい依頼を見つけられたようだ。
僕たちはそのまま朝食を一緒に食べることになった。こうして仕事場にいっしょに話せる相手ができたのは嬉しい。
僕と彼で同じシュガードーナツセットを頼み、食べ始める。昨日もこれを食べたけど、甘くてそこそこ美味しいんだこれが。
「しかしよぃ、登録三日目で朝から仕事漁りは意識高いぜぃ。見た目通り真面目だぜぃ」
「そういうスミスさんこそ」
「自分は仕事の確保だけが目当てじゃねぇよぃ。あの二人が来るまで練習部屋に行き、冒険者達の練習っぷりを観察するんだよぃ。今後のためになぁ」
「ほほう」
いや……十分すぎるほど意識が高いことだと思うけど。立派だなぁ、目標がある人は。
昨日も思ったけどスミスさんはやっぱり、マスター好みの人だと思う。
「実はあの二人、同じ部屋に住んでてよぃ。自分は実家暮らしなんだが……ん?」
スミスさんが何かに気が付き、食堂の入り口の方を眺め始めた。僕もそっちに目線を向ける。……なんか、頭が黄色い猫族だと思われる人がここに向かって全力でドタドタと慌ただしく駆けてきてる。
「うおおおい、ロバート、ロバートのおっちゃんはここにおらんかーー!? おっちゃん、おっちゃーーん!!」
「わぁお、ネゴルさんだぜぃ……」
「ネゴル……!」
その名前、有名人名鑑という本で見かけたことがある。
異名は<#雷虎__らいこ__#>。Sランクの武闘魔人。魔法使いと武術家の複合職の超上級だ。
あの人どこ所属だったか記憶になかったけど、手の甲に僕たちと同じマークがついてるからブレーメンなんだ。名鑑に載ってる有名人、直接見るのは本当に久しぶりだ。
……これが本物の最強に近い人、か。
「おっちゃんここか!? ちっくそ、おらへん……ん、おお! 鍛冶屋のボンやないか、鍛冶屋のボン!」
どうやらスミスさんと知り合いのようだ。満面の笑みでこちらに近づいてきた。
「いやー、鍛冶屋のボンも会いたかったでぇ。元気しとったか?」
「えぇ、元気ですぜぃ」
「よかったわ! ほな今回も頼まれてくれへんか? ワイの愛武器、ネゴルサマ☆クローの手入れ! そこらの鍛冶屋に頼むんと全然ちゃう、ボンが一番なんですわぁ! 一度頼んでから病みつきになってもうてん」
「もちろん、いいですぜぃ」
「おおきに! ありがとーな! ほな、報酬ははずむで前と同じように二十四時間以内に頼むわ! 明日同じ時間に取りに来るで!」
知り合いどころかSランクの冒険者に名指しで武器の手入れまで任されるとは。手入れでお小遣い稼ぎしてるとは昨日聞いたけど、さすがにこれほどのレベルだとは思ってなかった。
ネゴルさんはニコニコしながらスミスさんに袋に入った武器を手渡すと、やっと僕に気がついたようで、じーっと顔を見つめてきた。
「見ない顔や。一般客やない……うちのメンバーではあるようやけど」
「それもそのはずですぜぃ、ギアルはつい一昨日、ギルドに入ったんですからねぃ」
「おお、さよか! 歓迎するで! この時期ならスカウト組やな? ……ん、ギアル? ああギアル! ボンがあの今世間で話題のギアル・クロックスっつー速度魔法一つしか使えへんちゅう大魔導師かいな!」
「は、はい、そうです」
「おーおー、おーおー、いやぁ、特別な匂いがプンプンしてええで! 若、相変わらず言い趣味しとるやないか! ちょいとギルドカード見せてくれへんか? ちょいとでええんや」
「はい、どうぞ」
「おおきに」
マスターのことをいい趣味だと褒めるってことは、たぶんこの人も僕や彼と近い考え方なんだろう。やけにスミスさんのことを気に入ってる様子なのもうなずける。
ネゴルさんは僕のギルドカードを何往復か眺めると、眉間にシワを寄せた。
「魔法一つだけでやなくて、能力も二つ……? いくらなんでも特別が過ぎるやろ。一体何ができ……いや、まちぃや。速度のボン、息止めてくれへんか。10秒ほどでええ」
「は、はい? わかりました」
大きく息を吸って、言われた通りに止める。するとネゴルさんは一気に僕の顔まで自分の顔を近づけてきた。
釣り上がった目の下のホクロが目立つ。鼻をスンスンと鳴らしているので、臭いを嗅いでいるのだろうか。
ネゴルさんはちょうど10秒で僕から顔を離した。
「もう息してもええで速度のボン。……にゃるほど、どえらいもん持っとる。おみゃーも化生の類っつーことか。昨日の今日でもうEランクのようやしな。にゃはは、ワイの好みや! 気に入ったでボン!」
「あ、ありがとうございます」
「速度のボンもワイとこれから仲良くやっていこか! ちなみにワイは皆さんご存知の通り<雷虎>ことネゴル様や! これはお近づきの印の飴ちゃんやで」
ネゴルさんはポケットから飴玉を取り出し、僕のギルドカードと共に手渡してきた。飴はレモン味だ。
「ど、どうも」
「おっと、こうしちゃおられへんかった。おっちゃん探さな。そんじゃ速度のボンと鍛冶屋のボン、どっちも元気でな! また会おうや!」
「あ、ところでロバートさんなら音楽の練習室に向かわれたのを先程見かけましたよ!」
「にゃに!? ホンマにおおきに速度のボン! ほな!」
再びドタドタと足音を立ててネゴルさんは教えた部屋の方へすっ飛んでいった。慌ただしい人だ。でもあの人もまた、個性がひしひしと感じられてとても良かった。まあSランクは元から変わってる人が多いらしいけど。
「ロバートさんも誘って自分にも手入れを頼むってこったぁ、たぶん大口の仕事だぜぃ」
「わかるんですか」
「ロバートさんとあと一人、そしてあの人の三人がこのギルドの誇るSランク三大将だからよぃ。なんとなくな」
「ろ、ロバートさんもSランク!?」
Sランクの冒険者ならほぼ全員少なくとも名前は把握していると自負していたんだけどな。有名人名鑑もたくさん読んだこの僕が知らないSランカーが居ただなんて……。
「まあ、あの人はギルド以外じゃ目立ちたくねぇいらしいから、外部に情報をほとんど明かさねぇ。入りたてのギアルが知らんのも仕方ないぜぃ」
「なるほど……」
となると僕はこの短時間で二人もSランクの人と話すことができたのか。なんだか今日もいい日になりそうだ。
==========
(あとがき)
※今日も午後10時に投稿しますよ!
<ブレーメンのシュガードーナツ朝食セット>
一食400ハンス。
パンの代わりに砂糖がたっぷり付いたドーナツが主食。
他にはオレンジジュース、ヨーグルト、フルーツ盛り合わせ。
甘党の冒険者には人気だが、それ以外からの評価は微妙。
なお、今回スミスはギアルに合わせており普段は別の朝食を食べてます。
(レビュー、評価、感想、本当にありがとうございます!)
(非常に励みになりますので、もし良ければ引き続き感想やレビューやコメント、フォローなどをよろしくお願いします!)
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