第12話 試験の当日 2
「ギアルという子はやはり死ぬ気か?」
「いや、何もできないということでしょう」
「速度魔法しか使えないんじゃ、仕方ないですよねー」
「見栄張りではなかったということか? では一体何がしたいのか……」
うーん、たぶん気のせいじゃない。
さっきよりさらに多くなって、おそらくは観客の全員の目線が僕に集まってる。思っていたより『速度魔法一種しか使えない大魔導師』の話は広がっていたみたい。
「注目されてるな、俺達。ま、お前が馬鹿な真似したから当然だろうが」
「そうなのかもね?」
「やっぱりムカつくぜ、そういうところ」
「二人とも、そろそろ距離を取るのじゃ。ワシはホールを出るでの」
試験官は宣言したとおりこの透明なホールの中から出た。
僕とマホーク君は事前に決められた距離をお互いに開ける。この距離は剣士にとっても、魔法使いにとっても有利不利がないようしっかりと計算されたものらしい。
「では完全に準備が整った! 第一試合……はじめ!!」
エンジール卿がスタートの合図を出すとともに、ラッパの音が鳴り響く。
この瞬間から試験、もとい試合開始だ。もう魔法や攻撃を仕掛けてもいいことになっている。
「アタアップ! エンチャントサンダー!」
マホーク君は自分に攻撃力魔法、戦斧に雷魔法を付与した。
この時点でたとえ戦斧が木製だとしても、一撃でも食らえば僕は瀕死になるだろう。打ち所が悪かったらそのまま死ぬ。
「おお!」
「やりますな、すでに二つの魔法を使いこなしている……!」
「うちのギルドに欲しいな、マホーク君」
なかなか評判がいいみたいだ。
マホーク君は腰を深く下ろし、僕のことを睨んだ。
「ギアル……死ねぇえええええええ!」
僕に向かって突っ込んでくるマホーク君。でも僕はそこから動かない。いや、動く必要がない。
「死ぬぞ、本当に死ぬぞ!?」
「武器なしで動かない、やはり死ぬ気だったか……?」
「ここは自殺に使っていい場所じゃないぞ!」
「なるほど自殺行為ではなく本当に自殺。それなら合点がいきますが、その前に止めなければ……」
おそらく戦斧の間合いに僕は入った。マホーク君は電撃を帯びたその戦斧を、上昇した力に任せて勢いよく振り下ろしてくる。
はずだったと思う。彼自身の予定では。
でも、実際は戦斧を振り下ろそうとした時点で、マホーク君の動きは止まってしまっている。
正確には止まっているように見えるというべきかな?
「は……? な、なんだこれ……」
「僕の魔法だよ」
「う、動かないぞ。俺の身体が動かない!?」
「動いてはいるよ、ゆーーっくりと」
マホーク君には試合開始のラッパが鳴った瞬間に「『シィ・スピダウン』を六回分重ねがけ」してある。
遅延して発動するようにしておいたものが、たった今、効果を現したというわけだ。
生き物、もとい人に向かって全力で魔法を放つのは初めてだから、まさかここまで動きが遅くなるとは思わなかったけど。
「何をし……何をした、何をしたギアル!!」
「ただ単に、速度魔法だよ」
「はぁ!? いつ唱えた!?」
「最初」
そろそろいいかな? マホーク君は存分にもがいてるみたいだし、力も溜まっただろう。
……僕が【速度暴走】を生み出せたあの時、石を投げて肩が外れてしまった。
攻撃をして僕が怪我しては意味がない。あの反動が怖いなら、僕自身じゃなくて相手が【速度暴走】の状態になってしまうように仕向ければいい。
というわけで、僕がマホーク君にかけた『シィ・スピダウン』を解除したしたら、能力の効果で勝手かつ同時に、彼に『シィ・スピアップ』が付与される。
「魔法、解除」
「はっ、これを解除し________ぶげらッ」
力と速度が暴走し、マホーク君は盛大にすっ転んだ。それこそ、地面を一度大きくバウンドし、そのまま転がってこのホールの端まで行ってしまうほど。
僕は解除と同時に予めかけておいた『シィ・スピアップ』に任せて距離を開けている。そうして正解だった。今のに巻き込まれたら洒落にならない。
そして相手が男子で、しかも同級生の中じゃ屈強な体格の方だったマホーク君でまだ良かったと思う。
実はお姉ちゃんが一昨日、この技が閃いた直後にその説明をしたら、実験台になると申し出てくれた。これをみる限り断って正解だった。
「な、なにがあった!?」
「お、おい、重症だぞ!」
「救護班、早く!」
だいぶ距離を開けちゃったから、ここからじゃマホーク君が怪我をして流血してることまでしかわからないけど、相当酷いらしい。
大人たちが慌てて治療しにホールの中に入ってきた。
……恨みっこなしとは言ったものの、なんだか悪い気がしてきたので、マホーク君の様子を見に移動してみる。
見てみるとマホークくんは気絶していた。額が割れ、血があふれ、歯が何本か折れかけている。なるほど、顔面から転んだのか。
そして身体にはところどころ打ったようなアザができ、それらがより凄惨さを醸し出している。
「何をしたんだね君は……!?」
僕がやってきたことに気がついた大人の一人がそう呟いた。
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(あとがき)
※次の投稿日時は前話をご覧ください。
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