第2話 希望

「……ただいま」

「えっ、もう帰ってきたのか!? 早くないか」

「うん、ちょっと早く帰らせてもらったんだ」



 家に入ってすぐ、待ちきれなかったのか玄関で立っていたお父さんがそう言った。

 そもそも今日は普通にこの町の図書館の館長としてのお仕事があるはずの日なのに、それを休んで僕の儀式の結果を待っていたみたいだ。



「「「どどどど、どうだったぁ!?」」」



 お母さん、お姉ちゃん、妹の三人がリビングの方から駆けてくる。かなりテンション高く登場したのに、僕の顔を見るなりその表情を一変させた。



「どうだったの?」

「いや、まあ……職業は大魔導師だったよ」



 そう言うと妹とお姉ちゃんは顔を綻ばせて手を取り合った。



「ほらー、やっぱり! ギィくんは優秀なんだよ!」

「そうねおねーちゃん! おにーちゃんはちょー優秀!」

「……って、感じじゃないわよね。予定より早く帰ってきてるし」

「ああ」



 お母さんとお父さんが僕の自体を察してくれているようだ。勿体ぶっても仕方がないので、どのような状況か手短に話すことにした。



「魔法が……使えるのが、一種類だけなんだ」

「ゆーしゅー、ゆーしゅ……え?」

「おにー……ん?」

「大魔導師だけど、魔法は一種だけ。しかも補助魔法である『速度』だ」

「そ、そんなことって……?」

「ありえないよね、ブライト先生も口を開けて固まってたよ」



 家族皆んな黙ってしまった。僕のことを昔から優秀だともてはやし、学び舎でいい成績を取るたびに踊りながら喜んでくれた家族。

 そんな家族が揃ってショックを受けている。



「ちょっと、部屋に戻るね」

「あ、ああ……」



 僕は二階へ上がり、自分の部屋へ入った。

 そしてそのままベッドへダイブし、枕に顔を押し付ける。

 ……大魔導師だけど、扱える魔法はたった一種類だけ。

 こんなのって、こんなのって……!



 _____素敵だと思う。



「は、はは……あははは、あはははははははははははは! はははは、はははははははは!」



 どれくらい振りだろうか、僕は腹の底から笑った。

 大魔導師なのに魔法は一つ。それだけでおかしくて面白い。


 ずっと思っていたんだ、なにか変わったことにならないかなって。ただ優秀な職業について、ただ優秀な結果を残すのはなんか違うって。


 周りの期待通りの性能で、期待通りに動くなんて、それって僕という個人じゃなくてもいい。はっきり言ってつまらない。

 個人の個性を尊重するこの少数派な考え方が行きすぎて、僕はそう思うようになってしまっていた。


 そして周囲に期待されたとおりにはならなかった。

 ここまで極端な人間は過去に誰かいただろうか? 

 いや、いない!

 こんな強烈な個性は過去も現在も他にない!

 なんて素晴らしいんだ!

 

 つまらなかった世界が、くぐもった世界が、急に明るく見えてきた!



「……入るぞ、ギアル」

「お父さん……。どうぞ、入って」



 部屋の扉の外からお父さんがノックしたので、中に入ってもらった。お父さんは枕に埋めている僕の顔をみて、一つため息をつく。



「枕を取ってどんな顔してるか見せてみなさい」

「……はひ」

「やっぱりな。お前のことだ。こんな状況になって楽しんでるんだろ」

「バレた?」

「ああ、お前がそこまでの笑顔になったのはベティが喋れるようになって、初めてギアルを「にぃに」と呼んだとき以来だ。いつものクールなお前は何処に行った?」

「少なくとも今日はいないよ」



 お父さんは自分の職業を生かして、ずっと、僕にあった本を図書館から借りてきてくれていた。僕のことを一番わかってくれているのは、ブライト先生でも、幼馴染みのアテスでも、うちの女性陣でもない。お父さんだ。



「ずっと退屈そうだったもんな。お父さんは嬉し……いや、世間的に喜んでいいのか……」

「『世間なんてアテにしてはいけない。人とは儀式で得た情報に縛られず、それぞれ個性を持って生きていくべきなのだ』……そう書かれた哲学の本を紹介してくれたのはお父さんだよ」

「そうだな。それからずっと、お前は周りには内緒でその一節を念頭において生きてきた。それがお前の信念だった。……それで、自分の詳細がわかって、今後の目標でもできたか?」

「うんっ!」



 僕は笑った顔のまま元気よく頷いた。その様子を見たのか、お父さんも微笑んでくれる。……多分苦笑いではない。



「どんな目標だ?」

「まず、大魔導師や賢者で、魔法が十五種以上、能力は普通にあって、その通りの職について生きていく。それを周りは期待してただろうけど、そんなありきたりな道筋は嫌だったのは、知ってるでしょう?」



 僕は枕を手放し、大袈裟に両手を上げて振り始める。

 興奮が体の外から流れだしたくて堪らないみたい。



「でもこうなったら訳が違う! 補助の魔法一種のみ! これだけで、これだけでいままで皆んなに抱かれていた期待通りの活躍をしてみせる! それどころか国内……いや、世界最強と呼ばれるほどの戦士になってみせる! これが今の僕の夢だよ!」

「ははははは、よく言ったぞ!」



 お父さんは僕の頭を撫でた。

 お父さん……嬉しいんだ。僕、嬉しいんだ。個人差、人それぞれ、それら僕の信念を僕自身で証明できるかもしれない。

 そんな可能性が。


 そして何より、家族がそれを認めてくれるのが。


 





==========

(あとがき)



登場人物紹介



<ギアル・クロックス>


14歳 161cm

職:大魔導師 魔法:1種 能力:2つ

趣味:読書

好きな食べ物:辛いもの、甘いもの

嫌いな食べ物:脂が多すぎる肉と魚


詳細:

・普段は父の影響で本ばかり読んでおり、そのせいか学び舎にて学問で優秀な成績を納めている。趣味を続けていくうちにそうなっただけであるため、本人は周りから褒められてもあまり喜びをあらわにしない。


・学問は優秀だが運動は全くできない。毎回、下から数えたほうが早い成績を取っている。原因はただ普段から体を動かしていないだけである。


・一見感情の起伏が乏しいが、逆境に立たされたり、自分の好きな状況になると一気に燃えるタイプ。自覚はしていない。


・姉と妹にはかなりあまい。また、家族が女性の割合が多いせいで、稀に女性に間違われることがあるが、その際は自覚がなくもないため、あまり気にした素振りを見せない。



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