第873話 縁談の裏読み
「えっ、グレゴリエ兄様とアンジェお姉ちゃんが結婚するんですか?」
自宅に戻ってバルシャニアからの縁談の話をすると、セラフィマは首を傾げてみせました。
「えっ、もしかして聞いていないの?」
「はい、全く……」
あれほど妹バカだったグレゴリエから、セラフィマに話が来ていないとは驚きです。
「それに、グレゴリエ兄様には婚約者がいらしゃいますが……」
「えぇぇぇ! という事は、アンジェお姉ちゃんは側室って事?」
「縁談は申し込んだ順という訳ではありませんが、最初の婚約者が正室となるのが一般的ですが……」
セラフィマは少し言い淀んだ後で、首を捻って考え込んでいます。
「ねぇ、セラ。グレゴリエさんの婚約者って、どんな人なの?」
「ボロフスカ族の族長の長女です」
「ボロフスカって、確か薬物に詳しい部族だよね?」
「はい、おっしゃる通りです」
「バルシャニアの中では反政府寄りだったような……」
「はい、そうです」
「だとしたら、やっぱりアンジェお姉ちゃんは側室に求められているのかなぁ」
「それは、分からないです。普通では考えられないので……」
セラフィマが言うには、通常バルシャニアの第一皇子は国の結束を固めるために有力部族の娘を娶るそうです。
ただし、周辺国との結束を固める必要がある場合には、そちらから正室を娶り、側室に有力部族の娘を娶るという形になるそうです。
「だとすると、ヴォルザードは他国ではなく、有力部族として見られているってこと?」
「それは無いと思います。お父様はクラウス様を高く評価なさっておられますので、ヴォルザードをバルシャニアの一部族と同列に扱うとは思えません」
「でも、現実にボロフスカの娘と婚約している状態で、アンジェお姉ちゃんに縁談を申し込んでいるんだよね?」
「はい、どうしてなのか……」
セラフィマは頬杖をして視線を伏せていますが、考え込んでいるというよりも何か不安を感じているようにも見えます。
「ねえ、セラ。ボロフスカの婚約者との婚儀はいつになりそうなの?」
「分かりません。リーゼンブルグに攻め込むという話があったので、縁談は棚上げになっていたと思います」
「その後、縁談が進んだって話は?」
「申し訳ありません。私自身の縁談に夢中で……」
「そっか、長年の仇敵だったリーゼンブルグを通っての輿入れだったもんね」
バルシャニアの皇女が、たとえ通過するだけであってもリーゼンブルグ国内に足を踏み入れるなんて、これまでならば考えられなかったと聞いています。
いくら僕の眷属たちが守りを固めているとは言え、その準備には相当な神経を使ったはずです。
そして、輿入れをしてしまえば、いくらコボルト便でやり取りが出来るとは言っても、バルシャニア国内に居た時と同様のやり取りは難しいでしょう。
「あの、ケント様、もしかするとボロフスカとの縁談が破談になったのかもしれません」
「えっ、有力部族との縁談が壊れるって、結構マズい事だよね?」
「はい、そうなんですが、ボロフスカとは例の魔落ちの件もありますので……」
「あっ、そうか、例の注射器を使った魔落ち騒動か」
セラフィマの言う魔落ちの件とは、前日まではまともだった人間が突如として魔落ちして周囲の者に被害を及ぼしていた事件の事です。
セラフィマの輿入れ一行が、チョウスクの街で遭遇した事件で押収された物から、植物の棘を使った注射器が発見されました。
それを元にして捜査が進められた結果、容疑者が特定されたと聞きました。
「確か、ボロフスカの何とかって容疑者がムンギア族の過激派に手を貸してたとか……」
「はい、ヤーヒムという男ですが、まだ捕らえられたという話は聞いておりません」
「もしかして、ボロフスカだけでなくムンギアとの関係も悪化してたりするのかな?」
「分かりません。私は国を出てしまった身なので……」
「そうだよね、例えバルシャニアの国内が不安定になっていたとしても、セラには心配掛けまいとするもんね」
ボロフスカやムンギアとの関係が悪化したので、外部との結び付きを強固にするという意味でヴォルザードに縁談を持ち掛けたのでしょうか。
だとしたら、ヴォルザードではなく西の隣国フェルシアーヌ皇国の方がムンギアの抑えになるような気がします。
「ねぇ、セラ、フェルシアーヌ皇国には、グレゴリエさんと年齢の近い皇女っていないの?」
「いらっしゃると思いますが、フェルシアーヌ皇国から正室を迎えることは無いと思います」
「えっ、どうして? 確か、ムンギア族の支配地域って、フェルシアーヌとの国境に接してたよね?」
「はい、おっしゃる通りですが、母上がフェルシアーヌ皇国の皇女ですから」
「あっ、なるほど……リサヴェータさんはフェルシアーヌ皇国の出身なんだ」
フェルシアーヌ皇国の現皇帝がリサヴェータさんの兄ならば、対ムンギアの牽制という意味では十分でしょう。
「そう言えば、コンスタンさんって側室は居るの?」
「いいえ、皇妃は母だけです」
「もしかして、それって国内不安の原因になってたりするのかな?」
「どうでしょう。有力部族から皇妃を迎えたとしても、内乱が起こる時は起きます。序列争い、皇位継承争いなどで国が乱れた事もありました」
「そうか、自分の孫を未来の皇帝に……とか思っちゃうのか」
「はい、そうした事例を引き起こさないためには、国の外から皇妃を迎えた方が良いのかと」
「なるほど、単純ではないんだね」
部族の協力は得たいけれど、皇位継承争いを芽吹かせるような事態は避けたい。
日本でも親族企業の跡目争いで揉めた……みたいなニュースを聞いたことがあるけど、皇帝とか国王とか一つの国を統べるような権力の争いともなると、話の大きさが違ってくるのでしょう。
「とりあえず、今夜アンジェお姉ちゃん達がうちに来るから、その辺りの国内事情も含めて話をしてあげてくれないかな」
「分かりました。私が知っている事であれば、お答えいたします」
「うん、お願いね。でも、どうしても答えにくい事は、無理して答えなくても良いからね」
「大丈夫です、私はケント様の妻ですから、優先すべきはケント様の利益です。父や母、兄達もそれは十分に理解していますから、私を通じて知られたくない事は伝えてこないはずです。たぶん、今回の縁談について私に何の知らせも無かったのは、私に話すか話すまいかの決断をさせたくなかったからでしょう」
「なるほど、伝えないのも愛情なんだね」
こうした家族同士の思いやりは、家族同士の繋がりが希薄だった僕には新鮮に映ります。
これから、僕とセラフィマの間にも子供が出来るでしょうし、他のお嫁さん達の間にも子供が出来るでしょう。
普通の家族よりも大人数の家族になると思うから、家族同士の繋がりや思いやりが希薄にならないように気を付けないといけませんね。
「セラ、グレゴリエさんとアンジェお姉ちゃんは上手くいくかな?」
「アンジェお姉ちゃんは、グレゴリエ兄様には勿体無いです」
「えぇぇ……それは言いすぎじゃない?」
「とんでもない、グレゴリエ兄様は、外に居る時でも周りが気を配っていないと羽目を外しすぎてしまうし、私室はすぐにゴチャゴチャにしてしまうのですよ」
「あぁ、何となく様子が目に浮かぶかも。でも、国民からは人気あるよね?」
「はい、外面だけは良いですし、本当に国民を愛していますから」
グレゴリエさんの話をするセラフィマは、とても優しい微笑みを浮かべています。
お兄ちゃん達からいっぱい愛されていたから、やっぱりセラフィマもお兄ちゃん大好きなんでしょうね。
僕もお兄ちゃんがいれば……と考えたら、グレゴリエさんは義理の兄貴なんですよね。
もっと交流を深めた方が良いんでしょうけど、なんとなく気恥ずかしかったりするんですよねぇ……。
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