第500話 マルトリッツ子爵

 リアットの衛士二人に捕まって、橋のたもとにある詰所へと連行されました。

 屈強な体格の二人に挟まれて、しかも左側の衛士にはズボンの後ろ側を握られています。


 これでね、ぐっと吊られちゃうと抵抗出来ないんですよ。

 昔、テレビの警察特番で見たことありますよ。


 てかさ、ちょっと吊ってない? 

 股に食い込んで……って、楽しんでやがるな、ニヤニヤ笑いやがって……この野郎。


 後でツケは払ってもらうからな、覚えとけよ。

 詰所に着いたら事情聴取かと思いきや、留置場に押し込まれてしまいました。


「ちょっ、なんで?」

「なんでじゃねぇ、お前ぐらいの歳になればギルドカードの偽造は重罪だって知ってんだろう?」


 四畳半ぐらいの石造りの牢に僕を押し込めた衛士は、例の金ピカカードを鉄格子の外でヒラヒラさせながら、心底呆れたという表情をしています。


「いや、それは……」

「お前、どこかの工房の小僧なんだろう? ご丁寧に王家の紋章なんか入れて、作ってみたら上手く出来たからって調子に乗ったんだろう?」

「いや、そんなんじゃ……」

「そんで、調子に乗って使えるか試してみようなんて考えたけど、直前になって怖くなって戻ろうとして俺らと鉢合わせになった」


 全然、一つも合ってないんだけど、二十代半ばぐらいの衛士は自分の推理に酔っているようです。


「お前、登録したこと無いんだろう? だから、こんなカードで通れると思ったんだろう?」

「いや、登録したことぐらいありますよ」

「嘘つけ、登録したことがあるなら、ギルドのカードが魔道具だって知ってるはずだろう。これまでの経歴や口座の預金残高やら色んな情報が登録されてんだよ。こんなオモチャみたいなカードが使える訳ねぇだろう」

「そのぐらいの事は……」

「いいから、そこで大人しくしとけ。ただし、このカードに情報まで書き込んでやがったら、十年ぐらいは臭い飯を食うことになるから覚悟しとけ!」

「いや、ちょっと……」


 衛士は僕の金ピカカードをヒラヒラさせながら、留置場の外へと出ていってしまいました。


「うーん、どうしたもんかねぇ……」


 こんな牢から出るなんて影に潜れば簡単ですが、持っていかれたカードを取り戻さないといけません。

 まぁ、情報が書き込まれているか確かめるみたいですから、すぐに本物だと分かるでしょう。


 仕方がないから待っているかと後ろを振り返ると、マルト達が影の空間から取り出した厚手の敷物を広げ、万全のくつろぎ体制を構築しています。


「ご主人様、撫でて撫でて」

「うちも、うちも」

「うちは、お腹撫でて」

「はいはい、分かりましたよ、サヘルもだね」

「くるぅぅぅぅぅ!」


 靴を脱いで敷物に座り、マルト達をモフっていると、なんだか眠たくなってきました。

 お昼を食べて、適度な運動して、次はやっぱ昼寝ですかねぇ。


「主殿、どうぞ寄り掛かって下さい」

「ありがとう、ゼータ」


 ネロを呼ぼうと思う前に、ギガウルフのゼータが出てきました。

 ふわっふわのネロもいいけど、もっふもふのゼータも素晴らしい。


 ゼータに寄り掛かり、マルト達に囲まれて、もふもふハーレム最高です。

 すっかりリラックスモードになっていたら、何やら留置場の外が騒がしくなりました。


「あのガキ、ふざけやがって……」

「待て、ちょっと待て!」

「……んでだよ。だから偽造だろうが!」

「だから待て! そうじゃねぇ!」


 なんでしょう、衛士同士で揉めているような感じです。


「こんなふざけたカードが本物だって言うのかよ!」

「だから、良く見ろ!」


 あれ、急に静かになりましたね。

 何か話しているようですけど、ボソボソとしか聞こえません。


「はぁぁ? 魔王だと?」


 おぅ、どうやら分かってもらえたみたいですけど、また静かになっちゃいましたね。


「ど、どうすんだよ、牢屋に入れちまったぞ!」

「まだ本物かどうか……」

「お前、今本物だって言ったのに……」

「だから、確かめてから……」

「どうやって確かめるんだよ。本物ですかって聞くのかよ!」

「だから……」


 うん? また静かになったかと思ったら、ドアの軋む音が聞こえました。


『ケント様、様子を覗きに来ましたぞ』

『それじゃあ、寝たフリでもしとこうかなぁ……』


 薄目を開けて様子をうかがっていたのですが、危うく吹き出すところでした。

 だって、まさか匍匐前進で様子を見に来るなんて思わないでしょ。


「ひぃ……」


 床スレスレの所から顔がのぞいたと思ったら、短い悲鳴を残して引っ込んで行きました。


「どうすんだよ! どう見たって本物じゃん!」

「なんでギガウルフがいるんだよ、どこから入ったんだよ!」


 ドアを閉め忘れているのか、さっきよりもハッキリと声が聞こえてきて、笑いをこらえるのが大変です。


「駄目だぁ、もぅ終わりだ……」

「逃げるか?」

「馬鹿、逃げられっこねぇよ……」

「てか、許してもらえなかったら、リアットの街は……」

「こうなったら、アルベール様に頼もう……」

「そうだよ、今日は現場にいたよな?」

「よしっ!」


 バタバタと走り去る足音が聞こえて……えぇぇ、出してくれないのかよ。

 まぁ、全然意図した形じゃないけど、領主さんに会えそうだからいいか……いや良くないよね。


『そういえば、ケント様、シューイチ殿へのお祝いは、どうなさるおつもりですか?』

「あっ、忘れてた……てか、鷹山は僕にたんまりと借金があるんだけど……シーリアさんには関係ないから、やっぱり何か贈るか。帰ってから、唯香達と相談して決めるよ」

『そうですな、奥方様のご意見も参考になさった方が良いですな』


 ヴォルザードでは、どんな品物を贈るのが一般的なのかリサーチしてからの方が良いですよね。

 日本の紙おむつとか超喜ばれそうだけど、まぁ、そのあたりは鷹山の実家から送ってくるでしょう。


 もふもふハーレムに埋もれていたら少し暑くなってきたので、サヘルを隣に呼びました。

 うん、ツルツルすべすべで、ひんやりして気持ち良いですね。


 ただ、このメリハリの利いたボディーは、ちょっといけない気分になりそうです。

 心地良い温度設定に成功して、またウトウトし始めた頃、バタバタと複数の足音が近づいてきました。


「本当に、本物の魔王様なんだな?」

「間違いありません、留置場には一人だけ入れたはずなのに、コボルトが何匹かいましたし、なによりギガウルフが……」

「分かった、ワシが行くから鍵をよこせ」

「なりません、アルベール様。もし魔王様の逆鱗に触れれば、お命が……」

「馬鹿者! これだけの無礼を働いて、ただで済むとでも思っているのか。もはや、この命は今日限りだと覚悟を決めた」

「アルベール様!」

「すみません、俺が、俺が馬鹿やっちまったせいで……」


 うわぁ、何だか大事になってる……てか、すすり泣きが聞こえてきます。


「泣くな! ワシが命を賭しても魔王様のお怒りを納められるとは限らない」

「そんな……どうすれば……」

「騎士団に召集を掛けろ! 第一級の緊急召集を掛けて、騎士団の総力を持って……」

「あのぉ! すみません、そちらにいらっしゃるなら、早く出してもらえませんかね? てか、勝手に出てもいいですか?」


 騎士団の召集とかされても困るので声を掛けると、外はシーンと静まり返りました。

 その静けさの中を決意に満ちた足音が一つ、ドアの向こうから近づいてきました。


 姿を現したのは、クラウスさんと同じぐらいの年齢で、実直そうな職人のおじさんといった風貌の男性でした。

 シャツも、ズボンも、靴も簡素な仕立てで、土埃で汚れています。


 現場にいると言っていましたから、本当に外堀の工事現場で働いているのでしょう。

 意志の強そうな角ばった顔は緊張に強張り、急いで戻って来た汗か、それとも冷や汗なのか分からない雫が頬を伝っています。


 男性は鉄格子の向こう側に跪いて、深々と頭を下げました。


「マルトリッツ領を治めております、アルベール・マルトリッツと申します。この度は、衛士が大変な失礼を働き……」

「主様、斬りますか?」

「ひぃ……」


 突然響いた声に顔を上げたアルベールさんは、サヘルの爬虫類特有の感情の読めない瞳に射抜かれて体を強張らせています。


「いやいや、斬らないからね」

「そうですか、残念です」

「どうも初めまして、ケント・コクブです。とりあえず、座って話が出来る場所に移動しませんか?」

「は、はい、ただいま鍵を開けます」


 アルベールさんは、慌てて牢の扉を開けようとして鍵を落とし、牢の中へと転がしてしまいました。

 チャリーンと音を立てて転がった鍵を、スっと音も立てずに立ち上がったサヘルが拾って差し出しました。


「どうぞ……」

「あ、あ、ありがとう……ございます……」

「主様……」

「斬らないの!」

「残念です……」


 戻ってきたサヘルにマルト達がウンウンと頷いている所を見ると、タブレットでお笑い番組でも見たんですかね。

 やり切ったというような満足げなサヘルを撫でてやると、くーくーと喉を鳴らして上機嫌で体を揺らしていました。


「ま、魔王様、どうぞ……」

「マルト、敷物を片付けておいてくれる」

「任せて、ご主人様」


 マルト達は、敷物をくるくると丸め始めてたのは良いのですが、両側から丸めていったので、真ん中で鉢合わせになって首を捻っています。

 サヘルやゼータまで一緒になって首を傾げているのは可愛いですね。


「魔王様、あの魔物は魔王様が使役なさっていらっしゃるのですか?」

「いいえ、みんな僕の家族なんで、そこらの魔物と一緒にしないでください」

「はっ、かしこまりました」


 アルベールさんに続いて留置場を出ると、僕を連行して来た二人の衛士が跪いて頭を下げて震えていました。

 まだ暑いと感じる気温じゃないのに、二人の顔を伝った汗がポタポタと床に落ちています。


「そうだ、僕のギルドカードを返してもらえるかな」

「こ、こちらに……」


 僕を牢屋に放り込んで説教した衛士が、ブルブルと震える手で金ピカカードを差し出しました。


「どうも……そこらの工房の小僧です。ズボンが股に食い込んで足が長くなったかもしれないなぁ……」

「魔王様、この者共には厳しい処分を下しますので、どうか命だけは……」


 アルベールさんが決死の形相で、何とか僕の怒りを鎮めようと割って入ってきました。

 別に処分してもらうつもりはないですし、処分すると言っても止めますけど、ちょっとだけ仕返しに生きた心地のしない時間をすごしてもらいましょう。


「厳しい処分ねぇ……例えば、腕の一本、足の一本も切り落とすとか?」

「そ、それは……」

「まぁ、処分の内容は後で相談しましょうか」

「かしこまりました。どうぞ、こちらへ……」


 案内されたのは詰所の入口で、領主一家が使っているであろう豪華な馬車と、二十人ほどのフルプレートの兵士が整列していました。

 僕の姿、いやアルベールさんの姿を見た途端、兵士達は一糸乱れぬ動きで剣を抜き放ちました。


 抜いた剣を一旦顔の前に真っ直ぐ上向きに立てた後、クルリと回して今度は剣先を持って顔の前に剣を立てました。

 うん、ジャキッ、ジャキッという鎧の音が一つに聞こえるほど統率された動きです。


 兵士達に向かって様にならない敬礼を返してから、馬車に乗り込んで城へと向かいました。

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