第10話 魔道具屋とカルツの恋路
リーブル農園での一週間の仕事を終えると、ブルーノさんから一週間の延長を打診されました。
しかも日給は600ヘルトに値上げと来れば、OKするしかないでしょう。
一日の仕事の他に、みんなにやっていた疲労回復マッサージの効果が絶大で、仕事の効率がぐんと上がったそうです。
いやぁ、自分の働きが認められるのって、こんなにも嬉しいもなんですね。
日本に居た頃はポンコツ過ぎて怒られた記憶しかないので、もうこのまま帰らなくても良いかなぁって、ちょっと思っちゃいました。
リーブルの摘み取り作業は来週で殆ど終わるそうなので、区切りとしても丁度良いかもしれません。
雇用期間の延長は承諾したのですが、下宿の大家さんであるアマンダさんには伝えておかないといけないので、安息の曜日である今日、知らせに戻ります。
リーブル農園は、ヴォルザードの城砦の魔の森から一番離れた所にあるので、久々に街に戻る感じです。
と言うか、まだ街の中の様子は殆ど見ていないので、アマンダさんに仕事が延長になったと伝えたら、少しブラブラしてみるつもりです。
そして、もう一つ、フレッドが一旦偵察から戻って来たので、詳しい話も聞かないといけません。
とりあえず、街に戻りながら少しフレッドの報告を聞きましょうか。
『フレッド、みんなの居場所は分かった?』
『見つけた……やはり召喚場所からは離れてなかった……』
僕らが召喚された場所は、大きな川と魔の森に挟まれた荒れ地で、人は住んでいないようです。
同級生のみんなが連れて行かれたのは、川を渡った先にあるラストックの街にある軍の駐屯地だそうです。
同級生のみんなは、そこで兵士としての訓練を受けさせられているようです。
『待遇とかはどうなの?』
『良くは無い……でも、最悪ではない……』
一応、兵士として使えるようにしなければならないので、最低限度の食事や睡眠などは与えられてるようですが、普通の兵士に対する待遇ほどは良くないそうです。
『でも一部の者は良い待遇……特に聖女様……』
あぁ……やっぱり委員長は聖女様扱いなんだね。
光属性を持つ者自体が少ない上に、魔力量が多い者となると更に少なくて、委員長クラスは本当に貴重なんだって。
委員長の他にも、例のバスケ部のイケメンみたいに、魔力量の多かった人達は、普通の兵士よりも良い待遇が与えられているそうです。
実力第一主義なのか、それか力のある者達を懐柔しようとしているのか分からないけど、とにかく委員長が無事だと分かって一安心ですね。
『確かに聖女様は凄かった……でも、ケント様の方が凄い……』
『いやいや、たぶん委員長には敵わないと思うよ、元々の素質が違うもの』
『いや……そんな事は無い……』
フレッドは僕に召喚されたから、そう感じてるんだと思うけど、真っ直ぐに僕の方が上とか言われちゃうと照れちゃうよね。
『それで、性悪王女の目的は分かった?』
『残念ながら……まだ……』
カミラ・リーゼンブルグは、部下に対して同級生や先生を兵士に仕立てるように指示を出しているものの、どこと戦うといった具体的な話はしていないそうです。
ただ、リーゼンブルグ王国とランズヘルト共和国が描かれた地図を、事ある毎に眺めているそうで、こちらに攻め込もうと考えている可能性は高いようです。
一旦フレッドからの報告を中断して、バステンからも報告を聞きました。
『バステン、ヴォルザードの領主さんって、どんな人なの?』
『そうですね、なかなか面白い人物ではありますね……』
ヴォルザードを治めているのは、クラウス・ヴォルザードという四十後半の男性だそうです。
元々は兄が領主になる予定で、クラウスは冒険者として活動していたそうですが、兄が早世したので代わりとして領主になったのだそうです。
本人は、あまり乗り気ではなかったそうなのですが、他に兄弟が居なかったので、選択の余地は無かったようです。
クラウスは冒険者として活動していたので裏事情とかにも精通していたらしく、大胆な改革をして現在のヴォルザードを作り上げ、民衆からは人気が高いそうです。
『へぇ……改革って例えば、どんな事をやったの?』
『そうですね、金貸しの金利に上限を設けたり、賭博場の営業に制限を付けたり、貧しい子供への援助を行ったり、貧民街に手を差し伸べて解体したそうです』
『それって、かなり凄いよね? でも、敵とかも多そうな気がするけど……』
『普通にやれば敵だらけになりそうですが、いわゆる暗黒街の連中とも上手く付き合って、真面目に商売する利を説いて懐柔したようです』
『へぇ……それは、相当なやり手って事だよね?』
『そうです、ただ清濁併せ持つような底知れない感じがありますので、注意も必要かと思います』
『うーん……何か、僕なんかじゃ全く相手にもされない気がするよ』
『いえいえ、ケント様ほどの素質があれば、どんな人物でも一目置きますよ』
冒険者上がりで、ヴォルザードの領主として辣腕を振るうような人物と、ポンコツな子供じゃ勝負にはならないよね。
勿論、敵対するつもりは無いし、話を聞いてるだけでも応援したくなる人なので、場合によっては、全部話して協力してもらった方が良いかもしれません。
ヴォルザードの旧市街に戻り、真っ直ぐにアマンダさんの下宿に向かいました。
農園での早起きが習慣付いてしまって、まだ時間が早いのと、今日は安息の曜日なので街を歩いて行いる人は疎らです。
アマンダさんの店は、安息の曜日も営業するみたいで、仕込みの作業が行われていました。
「アマンダさん、ただ今戻りました」
「おかえり。おや……何だか逞しくなった気がするねぇ」
「今までは外で働く機会が無かったので、日焼けしてなかったからかもしれません」
「本当に、すっかり日焼けして。ここに来た時は病人みたいな顔色してたけど、これなら安心だ」
「それで、農園のブルーノさんから、もう一週間働いてくれって頼まれまして、来週も住み込みで働いてきます」
「おや、それじゃあ、下宿代をオマケしてやった甲斐が無いねぇ……」
「いえいえ、こっちの都合ですから、気にしないで下さい」
「そうかい、今日はどうするんだい?」
「この後は、街を見て歩いて、夕方には農園に戻る予定で、こちらには次の安息の曜日に戻って来ます」
「分かったよ、それじゃあ、身体には気を付けるんだよ」
「はい、いってきます」
「はいよ、いっといで」
懐には、先週分の給料が入っているので、街歩きの軍資金に不足は無いでしょう。
さて、どこから見て回ろうかと考えて、頭に浮かんだのはカルツさんの顔でした。
ヴォルザードに入り込むための嘘設定を信じ込ませ、色々と世話をしてもらった御礼をしなくちゃいけませんよね。
ちゃんと仕事もして稼いでるのですから、手土産の一つも持って行って、安心してもらいましょう。
街の中央通りに出ると、多くの店が戸を開け始めていました。
商店の中には安息の曜日に仕事をして、闇の曜日に休む店も多くあるそうです。
日曜営業で、平日に休みがあるデパートみたいな感じですね。
店の軒先には、何屋なのか一目で分かる看板が下げられています。
ブーツの形は靴屋さん、くしとハサミで床屋さん、そのものズバリのパン屋さんや、錠前屋さん、と眺めて来て、魔方陣……?
『ラインハルト、この魔方陣みたいな看板が下がったお店は、何屋さんなの?』
『ここは魔道具屋ですな』
『なるほど、色々な魔方陣を刻んだ道具が置いてあるって事なんだね?』
『その通りです、材質によって値段も様々ですぞ』
剣と魔法の異世界に来たならば、魔道具は無くてはならないアイテムですよね。
これはもう見ていくしかないでしょう。
「こんにちは……少し見学させてもらって良いでしょうか?」
「どうぞ、どうぞ、いらっしゃいませ、お手軽価格の物から高級品まで色々取り揃えてありますよ。ゆっくりと御覧になって下さい」
ガラスの入ったドアを開けて中に入ると、丸眼鏡を掛けたヒョロっとした若い男性が、愛想良く出迎えてくれました。
魔道具屋だから、一癖ありそうなお爺さんとか、年齢不詳の魔女がやっているのかと思っていましたが、意外にも普通のお店という感じです。
お店の中は、入口近くには価格の安い物、奥に行くほど高級品が置いてあるようです。
『ラインハルト、この陣紙って何?』
『陣紙は、使い捨ての魔方陣ですな、紙の上に特殊なインクで魔方陣が描かれていて、陣に触れて魔力を流すと発動するようになってます』
『へぇ……使い捨てなんだ』
陣紙には、火種、水種、氷種、風種、明種、浮種などの色々な種類があるようです。
『火種は、文字通り魔力を通すと火が着きますし、水種は、鍋一杯ほどの水が出ます』
『へぇ……野営する時とかには便利そう……あっ、そうか、この陣紙を使えば、自分の属性以外の魔法も使えるって事か』
『その通りですぞ、それに明かりとか、重さの軽減とかは、属性魔術とは異なる魔方陣を使った特有の魔法ですな』
この世界には、六つの属性魔術の他に、魔方陣を使った魔法体系があるそうで、こちらは戦闘行為よりも生活関わる所で使われているそうです。
そう言えば、僕らを召喚したのも魔法陣を使った魔法だよね。
「陣紙をお探しですか?」
「いえ、そういう訳じゃないんですが……」
「うちの陣紙は、良い物を取り揃えてございますから、火や明かりは、効果が長く続きますし、水は大鍋一杯分ぐらい出ますよ」
「そうなんですか、やっぱり陣紙も良し悪しがあるんですね」
「はい、陣を描くインクの質、陣の正確さ、台紙の質などで効果が大きく違ってきます」
「そういうのは、どうやって見分けたら良いのですか?」
「うーん……そうですねぇ、普通の人にはちょっと難しいですねぇ、こればかりは信頼出来るお店で買って下さいとしかアドバイスできませんね」
「なるほど……」
丸眼鏡の男性、ノットさんは、このお店の三代目だそうです。
父親である先代は、商売よりも魔道具を作る方が好きで、早々とノットさんに店を任せて、自分は工房で魔道具作りに熱中しているのだとか。
ノットさんは、制作よりも商売の方が好きなので、別段不満は無いそうです。
ちなみに、魔道具作りの方は、妹さんが熱中しているので、こちらの跡継ぎも問題無いそうです。
日本だと、女性が販売で、男性は職人仕事の跡を継げ……みたいな風潮があるけど、こちらには無いのでしょう。
「魔道具の良し悪しは、基本的には材質と陣の精度で決まります。高級品は工芸品や芸術品としての側面が強くなってきますので、細工や見た目の美しさなどが重要になってきますね」
店を開けたばかりの時間で、お客さんも居なかったので、ノットさんが色々と説明をしながら商品を見せてくれました。
一番安い陣紙は10ヘルト、一番高い、細工時計は50万ヘルトだそうです。
細工時計というのは、魔石を電池にしたカラクリ時計で、時間になると音楽を奏でて、人形が踊る細工がされているそうです。
個人用の時計は、いわゆる懐中時計で、高級品と実用品でまるで形が違っています。
実用品の時計は、ダンジョンに潜る冒険者向けの物で、壊れないように、とにかく頑丈に作られているそうです。
一方の高級品は、ケースや文字盤、針にも細かい細工がされていて、美しさを競う物のようです。
色々と説明してもらったのですが、今すぐ僕が必要としている魔道具はありません。
でも、折角説明してもらったので、何か買わないと申し訳無いかと思って悩んでいると、無理に買う必要は無いと、ノットさんに言われました。
「魔道具は、必要とされる時でなければ、その価値を正当に評価されないものです、例えば、火種の陣紙を持っていても、旅もしなけば、料理もしない人では使う機会も無いし、その本当の有り難味も分かってもらえません」
「なるほど、確かに農園の手伝いをしている僕には、火種の陣紙の良さは分からないかもしれませんね」
「ですから、必要になった時に買いに来て下さい、それと、こんな物は無いかと思った時は、いつでも相談に来て下さいね」
「はい、色々と有難うございました」
丁度、お客さんが来たので、ノットさんにお礼を言って店を後にしました。
ダンジョンに潜るときには色々と必要になるでしょうから、ノットさんのお店に買いに来ましょう。
『いや……ケント様の場合は、ダンジョンに潜る時も、あまり魔道具は必要ないと思いますぞ』
『えっ、どうして? ダンジョンって言ったらさ、色んな装備を整えないと踏破出来ないんじゃないの?』
『普通の冒険者であれば、武器や野営の為の装備など、色々と揃える必要がありますが、ケント様の場合、明かりは必要ありませんし、影移動が使えるので野営の必要もありませんぞ』
『あっ、そうか……途中で戻って来ちゃっても良いし、一度行けば、またそこからスタートすれば良いのか』
一人だけセーブ機能を使えちゃうみたいで何か申し訳ないけど、そう聞いたらダンジョンに潜るしかないでしょう。
来週の農園の仕事が終わったら、ちょっと考えてみましょう。
やっぱり異世界に来たら、ダンジョン探索は外せないもんね。
魔道具……ダンジョン……ふぉぉぉぉぉ、盛り上がって来ましたよ。
ノットさんのお店を出て、再び街を歩くと、武器や防具を扱っている店が目立ちます。
日本では殆ど見る事の無い店ですし、まんまゲームやアニメで出て来るようなお店で、これまた心引かれてしまいます。
ただ、現状では、どんな物を買えば良いのか、全く分からないので、外からチラチラと見るだけですね。
そう言えば、肝心のカルツさんへの手土産を忘れていました。
何が良いのだろう、そう言えば、そろそろお腹も空いてきたなぁ……と、街角で立ち止まって考えていたら、守備隊の制服姿の人が近付いて来ました。
二人組でパトロール中と思われる守備隊員の一人は、カルツさんでした。
「カルツさん! お久しぶりです」
「おぉぉ、ケントじゃないか。おっ、だいぶ日焼けしたなぁ」
「はい、今週は農園の仕事をしていたので、かなり焼けました」
「おぉ、そうか、元気そうで何よりだ」
「はい、今日はお礼に伺おうと思っていたんですが、そうだ、良かったらお昼をご馳走させて下さい」
「ケント、俺は仕事をしただけだから、礼などいらんぞ……だが、そうだな、それなら一緒に昼食にしよう、馴染みの店の新しい客になってくれれば、それで良いぞ」
一緒に居る守備隊の人も頷いているので、あまりお礼にはならない気がしますが、昼食をご一緒する事にしました。
カルツさんと一緒にいたのは、カルツさんの隊の隊員でバートさんと言うそうです。
「お邪魔じゃなかったですか?」
「とんでもない! ケントが居てくれて大助かりさ!」
「へっ? そうなんですか……?」
「そうそう、隊長と二人だと、色々と気詰まりでなぁ……」
バートさんは何やらニヤニヤした笑みを浮かべ、カルツさんは何だかちょっとバツが悪そうな感じです。
カルツさん達に連れて行かれたのは、中央通りから、アマンダさんの下宿とは逆方向へ一本裏道へ入った所にある食堂でした。
「いらっしゃいませ! あっ、カルツさん、いつもありがとうございます」
「や、やぁ、メリーヌ、三人なんだけど、入れるかな?」
「はい、奥のお席にどうぞ!」
「う、うん、ありがとう……」
出迎えてくれたのは、白いフワフワな髪の綺麗な女の人で、頭の横にクルクルっと丸まった角が生えています。
たぶん羊の獣人さんだと思うのですが、こちらの方も素晴らしいスタイルの持ち主ですね。
カルツさんが、何だかキョドってますし、チラリとバートさんに目線を送ると、ウンウンと頷き返されました。
カルツさん、分かりやすいっすねぇ、思春期ボーイみたいっすよ。
「カルツさん、こちらの坊やは……?」
「あっ、あぁ、ケントは先週ヴォルザードに来たばかりでな、魔の森で魔物に襲われた商隊のたった一人の生き残りなんだ」
「まぁ、可哀相……大変だったねぇ……」
「いえ……ふぐぁ……」
ヴォルザードのお約束のように抱き締められました。
やばっ、視界の端でカルツさんが鬼のような形相になっています。
「ふがぁ……ふぐぅ……」
「ひゃん、あぁ、ごめんさなさい、苦しかったわよね」
「い、いぇ……だ、大丈夫です」
大丈夫ですから、ギロリと睨んでいるカルツさんから、僕を守って下さい。
てか、バートさん、笑いを噛み殺して悶絶している場合じゃないっしょ。
この気まずい雰囲気のままで、昼食を食べなきゃいけないかと思っていましたが、バートさんがメリーヌさんと話すようなネタ振りをしてくれたので、カルツさんの表情はだらしなく緩みましたね。
やっぱりカルツさん、分かりやすいっすねぇ。
それは良いのですが、もうお昼時だというのに、あまりお客さんが入っていませんね。
まさか、メリーヌさんにちょっかい出す男を、カルツさんが鬼の視線で排除しているからじゃないでしょうね。
でも、そうだとしても、年配のお客さんは来るはずですよね。
何でだろうと思っていましたが、注文した料理が来て、直ぐに分かりました。
うん、あんまり美味しくないね。
アマンダさんの料理と較べると、二段は味が落ちますね。
「どうだ、ケント、美味いだろう」
「は、はい、そうですね……」
チラリとバートさんに視線を向けると、またしても、ウンウンと頷かれてしまいました。
たぶん、バートさんは、ちょいちょいカルツさんに引っ張って来られてるんでしょうね。
果たして、カルツさんの涙ぐましい努力は報われるのでしょうか、一度カルツさんのいない所でバートさんに聞いてみたいですね。
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