第16話:船上で交わる瞳

 残念ながら武道大会は準優勝という結果で終わってしまったが、初出場であそこまでいけたのなら十分過ぎる結果といえるだろう。

 決勝で戦った彼女――――――ステラのことは気にはなりこそするが、

 冒険者ならばまた出会うこともあるだろうし、機会があればその時に考えることにしよう。


「しばらくはシノさんの話題で持ち切りになりそうですねっ」


「それはそれでどうなんだろう……?」


 大会から一夜明けても、ローザはまだ興奮冷めやらぬ様子だ。

 なんでも、村出身の女性があそこまで勝ち上がったのは初めてのことだったらしい。

 そもそも村にいる女性冒険者がシノしかいないのだからそうなってしまうのかもしれないが。

 一先ず、山を一つ越えたということで彼女は一息つくことができそうだ。

 今は森の訪れでいつも通りのんびりしているわけだが、ふいにシノはあることを思い出す。


「そういえば、そろそろリューンベルに訪問とかしたほうがいいのかな」


「リューンベルというと……ローレルさん絡みのことですか?」


「うん。いずれこちらから出向くって約束してたからね」


 あの時は特に何も教えたりすることが出来なかったため、シノの都合がつけば彼を訪問するという話になっていた。

 もうそれなりに日数が経っているため、さすがにそろそろ行ってあげないと失礼だ。

 行けたら行く、というのは信用ならない常套句じょうとうくのナンバーワンといってもいい。

 いくらローレルが心の広い人物だとはいえ、行かないという選択肢はないだろう。


「それなら、今日はちょうど往復の定期船が港から出てる筈ですよ」


「ん、それならちょうどよかった」


「陸路だと、さすがにすぐは帰ってこれませんからね……」


「そこはローレルさん達に申し訳ないと思ってる。定期船もあの時は止まってたし」


 彼が護衛の兵士と共に、陸路で遥々来ていたことを思い出してシノは苦笑した。

 このままだと二度目の訪問がありそうなので、そこまで手間をかけさせるわけにはいかない。

 リューンベルは海沿いの都市なため、陸路より海路でいったほうが圧倒的に早く行き来できる。

 定期船を使えば今日中にはクラド村に帰ることができるだろう。


「よし! じゃあ、ちょっと出掛けてくるね」


「分かりました。道中お気を付けて下さいね」


「お土産は何がいい?」


「えっ!? そんな、わざわざ悪いですよ……」


 一応は遠出なのだし、何か手土産はあったほうがいいだろう。

 ローザは遠慮こそしていたが、結局リューンベル名物の香辛料を所望した。さすが腕利き料理人である。

 クラド村の港は歩いて三十分ほどの距離なのでそこまで遠くはない。時間的に、船出には間に合う筈だ。


「それじゃあ、行ってきます!」


「いってらっしゃいませ、シノさん」


 まだ陽も高い昼下がり。シノはローザに別れを告げると、リューンベルへ向かうべくクラド村を後にした。



 ◇



 村から港への街道は整備が進んでいるため、魔物自体が滅多に出ない。

 村の港を利用するためだけに冒険者を護衛に雇っていたら、お金がいくらあっても足りないだろう。

 もっとも、シノに限っては報酬なしでも日常的に請け負ってしまいそうではあるけれど。

 丘と木々に挟まれた道が続き、実にのどかな雰囲気だ。散歩道としても地元の人気は高い。


「ここ最近は忙しかったし、たまにはこういうのもいいよねー……」


 誰に言うでもなく呟きながら、港までの道を歩くシノ。

 両脇に木々が生い茂った林に差し掛かり、ここを抜ければ港はすぐそこだ。

 耳を澄ませてみると、遠くから船の汽笛らしき音も聞こえてくる。

 万が一遅れても困ると思い、シノは少しだけ歩く足を速めようとした。

 だが、その時――――――――



 ――――ガサガサッ!!



 突然両脇の茂みが音を立て、続けて五人ほどの男が現れた。

 見た感じではガラが悪そうで、決して良い雰囲気とはいえない。


「なっ……誰っ!?」


 驚いたシノは思わず鋭く叫ぶが、立ち塞がっている彼らは動じていない様子だ。

 よく見ると彼らの手には短剣や棍棒などの武器が握られている。これはひょっとすると、


「へへっ、今日はツイてるぜ。まさかこんな獲物に出会うとはよ」


「命が惜しければ大会の賞金、置いてってもらおうか!」


 紛れもなく野盗だった。しかも、シノが先日の大会入賞者と知っているようだ。

 思ったよりも大物が彼らの待ち伏せに引っかかったということなのだろう。

 当然ながら、渡すわけにはいかない。それがどんなに少額だったとしてもだ。


「そんなのお断りよ。野盗に渡す物なんてないっ!」


「何ィ…? この人数を見てそんなこと言っていいのか?」


 野盗の男はシノの言葉にも怯むことはなく、更ににじり寄ってこようとする。

 魔法で一掃してしまうのが一番手っ取り早いのだが、下手をすれば殺してしまうかもしれない。

 ペリアエルフたる彼女の魔法はそれほどまでに強力かつ、いざという時の加減が効かないのだ。

 普通の冒険者から言わせれば、野党を殺したくはないなんて甘い考えだと思われてしまいそうだが、ここでシノのお人好しともいえる性格が出てしまっていた。


「ほらほらどうしたー? やるのかやらねぇのか?」


 そうこうしている間に、シノは港とは逆方向に追い詰められようとしている。

 一人か二人なら魔法を使わずともなんとかなるが、五人を一度に相手するのは無謀だ。


(とは言っても……一体どうすれば……)


 このままだと野盗を退治できないどころか、船にだって乗り遅れかねない。

 今日を逃がせば次の定期船はだいぶ先になってしまうし、それだけは避けるべきだ。

 ここは一か八か突っ切って逃げたほうがいいのだろうか。そんなことを考えていると、


「よぉし皆、やっちまえー!!!」


 ついに野盗の男達が行動を起こし、一斉に襲い掛かってこようとする。

 これは避けられないと思い、シノが何とか防御しようとしたその時――――――



 ――――スタッ。ズバババババッ!!!



 何かが目の前に着地する音と、続けて鋭い殴打の音が道の真ん中で響いた。

 シノ自身はあと数秒で斬られたり殴られたりしていたのだが、それは一切起こらない。

 両手を顔の前に出して目を瞑り、防御しようとしていた彼女は恐る恐る目を開けてみる。


「えっ……?」


 そこには襲い掛かってこようとした野盗達が、地面に倒れている光景があった。

 見事に全員が昏倒しており、しばらく起きる様子はないだろう。

 それよりも何よりも、倒れている野盗達の真ん中に立っている人物がいた。

 木々から差し込む逆光に照らされているが、その姿は見間違いようもない。


「ステラさん……!?」


 薄紫のポニーテールに、仮面で隠れた顔。両手に携えている双剣。

 旅の冒険者ステラ・アーシェルその人が、そこにいた。

 着地音が聞こえたということは、木の上から現れて野盗達を打ち倒したのだろう。

 五人を相手にあの一瞬で片付けるとは、相変わらず恐ろしいほどの強さだ。


「危ないところだったわね。怪我はないかしら? シノさん」


「は、はい……ありがとう御座います!」


「一人の時に野盗に出会うなんて、災難だったわね」


 武器を仕舞ったステラはシノに歩み寄ると、優しげに微笑んで見せる。

 あれほどの腕を見せておきながらこの余裕。やはり彼女はただ者ではないと思う。


「野盗達は港の憲兵団にでも連絡して引き取ってもらうわ」


「それはいいんですけど……どうしてステラさんは此処に?」


 昨日の今日で再会するというのも妙な偶然だが、まさかこんなところで出会うとは。

 いくらなんでも、シノを待っていたとは考えにくいだろう。

 あの大会の後すぐに姿が見えなくなってしまったし、クラド村でも見かけてはいない。


「そろそろ次の街へ行こうと思ってね。定期船が出ているでしょう?」


「と、いうことは……ステラさんもリューンベルに?」


「あら、行先は同じだったみたいね」


 旅をしているだけあって、彼女もリューンベル行きの定期船に乗るつもりだったらしい。

 それなら船の時間も近いのだし、この辺りにいたのも頷ける。

 野盗に襲われかけていたシノの元へ駆けつけることが出来たのはそれもあってということか。


「そういうことなら、急ぎましょう。船に遅れるわけにはいかないわ」


「そうですね。あ、船賃は私が出しますよ。お礼ということで」


「いいの? なら、ありがたく受け取っておくわ」


 ほどなくして港についた二人は憲兵団に野盗の処理を任せると、ちょうど入ってきていた定期船へ乗り込む。

 ここから運河に沿っていけば数時間ほどでリューンベルに着くはずだ。

 海辺の都と呼ばれるだけあって、各地への航路は相当整備されている。

 しばらくすると、大きな汽笛の音を響かせて、港から船が出航した。

 シノとステラはデッキ部分に出ており、風に吹かれながら景色を眺めている。


「んー、やっぱり船旅っていいですねー」


「各地を転々としてると厄介事も多いから、癒し程度にはね」


 二人は他愛のない会話を交わしているが、その最中でシノはふとあることを思い出した。

 せっかく出会えたのだし、ここはあの事を聞いておくべきかもしれない、と。

 武道大会が終わった直後に一瞬だけ見えた、仮面の下の銀色に輝く瞳。

 今確かめておかなければ、もう確認する機会はこれから先ないかもしれないのだから。


「……ステラさん。一つ、訊いてもいいですか?」


「何かしら?」


 実に普通な感じでステラが反応する。どうやら、あの時シノが見ていたことには気付いていない様子。

 最初から警戒されたらどうしようとも思ったが、その心配はないようだ。

 仮面で隠れて表情を読めないまま真っ直ぐ見つめられて緊張してしまうが、思い切って言葉を続ける。


「ステラさんは……私と同じペリアエルフ、ですよね?」


「……!」


 ペリアエルフ、という単語が出た途端。仮面の上からでも分かるほどにステラは驚く。

 呆気に取られてしまったのか数秒ほど固まってしまうが、やがてその口元が和らいだかと思えば、



「……貴女には敵わないわね、シノさん。ええ、その通りよ」



 観念した、と言わんばかりにステラは苦笑する。

 どうやらシノの予想は間違いではなかったらしく、顔の上半分を隠していた仮面を取ってみせる。


 そこには今度こそ間違いなく、ペリアエルフ特有の銀色に輝く瞳があったのだった。

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