第93話 戦いの後
目が覚めたのはステラの膝の上だった。
「おはよう、フドーさん」
「ステラ……ここは?」
「九十九階です。あの時――ステたちは九十階まで戻されて、すぐに階段を下りてきて皆さんを見付け……ここまで運んできました」
「他の、ネイルとヨミは?」
「ここにいるにゃ」
「生きてますよ」
体を起こせば、パンを頬張るネイルとウォッチドッグの背に乗るヨミがいた。
「無事で何よりだが、他の奴等は?」
「目を覚まし食事を取っている者もいれば、重傷で未だ目覚めていない者もいます」
見回せば、片腕を失っているボーンと、リーファはアイは寝たままで、ノウンは起きているものの全身に包帯を巻いて休んでいる。他は食事をしたり仲間と談笑している。
「ん? ウォルフは?」
「起きてご飯食べてテントで寝てるにゃ」
「らしいな。……ギフターズは?」
ステラに問い掛ければ、その後ろからグランがやってきた。
「遺体はすべてその場に残して布を掛けておいた。手前らで出来るのはそれくらいだろう」
ギフターズがいなくなった影響が地上にどれだけ出るのかわからないが、過去の記憶改竄などを考えればおそらく大丈夫だろう、と思っておくしかない。
「じゃあ、俺も何か食べるかな」
体の痛みはそれほどない。回復薬に混ぜたステラの血――と言うと微妙な言い回しだが、能力のおかげで治りが早い。
……そういえば、ここまで人型のモンスターを相手にしたことはあったが、ちゃんと人を殺したのは初めてだ。もっとこう、心や精神に何かしらの感情を抱くかと思っていたが意外と穏やかで驚いている。いまいち実感がないだけかもしれないが……ネイルたちも含めギフターズと戦った他の冒険者も大して何かを感じている雰囲気は無い。そもそも人死にが多いこの世界で、死に近い冒険者という職に就いているせいでその辺りの感覚が鈍くなっている可能性はある。
俺自身もこの世界に染まっている――馴染んだ結果、と捉えるべきかな。やらなきゃやられるという状況下の演出だったからこその罪悪感の少なさにはある種の感謝もあるが……そんな気遣いがあったとも思えない。まぁ、結果論だな。
「さて、と――そんじゃあこの先についての話をしたいんだが……ボーンはまだ寝ているし、どうするかな」
「構わないと思うぞ? 私たちで話し合えば納得するだろう」
遠巻きに話を聞いていたエレスの言葉で、ノウンに視線を送れば徐に頷いてきた。
「じゃあ――ヨミはどうする?」
「必要であれば参加しますよ?」
「まぁ、どっちでも構わないが……休みながら耳を傾けてくれていればいい」
エレスと共にノウンの下へ向かい、座り込んだ。
「で、話とは?」
「この先についての話だ」
「先? 地下百階のことだとすれば特に話し合う必要もないんじゃないか? 階層酔いがある者は置いていくしかないが、それ以外は全員で向かえばいい」
「いや――皆がギフターズの話をどこまで聞いたかわからないが、無限回廊内での戦いの記憶は失っていると言っていた。過去に……まず間違いなく俺たち以外にもギフターズに勝ち、百階まで進んだ冒険者がいたはずだ。だが、踏破者はいない。つまり――」
「地下百階にも何かがあるはずだ、と? たしかに、いつからあるのかわからない無限回廊と不老であるギフターズに、我々だけが勝てたとは考えにくい。であれば、どうする?」
「先遣隊を送る。百階に何があるのか状況を見て、戦うか逃げるかを判断する。そのために誰を、と思ったんだが――」
ノウンとボーンは重傷で、エレスのところはウォルフもドルトスも無事そうではあるが何かあった時のためには残っていてもらいたい。
「行くにゃ!」
「そうですね。私達が適任じゃないでしょうか」
俺も同じことを思っていたところだ。
「ってことらしい。俺も同じ意見だ」
「必要であれば私も共に向かうぞ?」
「何が起こるかわからない以上はクラン単位で残っていたほうがいい。連携も取りやすくなるだろうし……何より、このメンバーで無限回廊の最下層を目指す原因になったのは俺だ。リスクと責任は取る」
「責任を取る必要はないが、たしかにこの状況を見ればフドー達しかいない。任せよう」
「……わかった。だが、何かあればすぐに戻ってきてほしい」
「もちろん。俺達だけで無茶はしない」
話を終えて解散。行くなら選抜して、と思ったが結果的に丸いところで納まった。地下百階に何かがいるとしても、ヨミの能力ならノウン達に状況を伝えることができる。仮に何もできずに殺されたとしても戻ってこないとなれば地上に帰ることができる。……素直にそう行動してくれるかはわからないが、死んだ後のことを考えても仕方が無い。
「私達で向かうのはいいんですが、フドーさん。武器はあるんですか?」
「ああ、そういえば出してなかったな。ラリムとの戦いでほとんどは折れてしまったが雲水の一本は残っている。それで十分だ」
折れてしまった刀の複製は済んでいないが、雲水の一本と兜割があれば戦えはする。
「すぐ行くにゃん?」
「体が大丈夫そうなら早めだな。様子見だけだしそんなに準備も必要ないだろう」
「あの、ステたちは……?」
「まだボーンも含め目を覚ましていない者もいるし、色々と必要になるだろうから残っておいてほしい。グランもステラをサポートしてくれ」
「ああ、任された」
立ち上がったところを見上げてくるステラの頭を撫でれば、気持ちよさそうに目を閉じるが不安は消えていないように見える。覚悟はあったとしても、なんだかんだ言って死ぬ気はない。
服と装備を整えて、地下百階へと続く扉の前へ。
「準備は出来たな」
「んにゃん」
「《空白の目録》――ウォッチドッグを置いていきます。私が生きている限りはこの場にいるので、いなくなった時は……」
「その時のことはこちらで準備しておこう」
「まぁ、何度も言うが様子見だけだ。何かあればすぐに戻ってくる。じゃあ、行こう」
巨大な扉を開けて中へ入れば――地下九十九階から百階へと続く階段が現れ、背後の扉が自然と閉じた。
とりあえずは警戒しながら進むとしよう。
扉の閉じた九十九階では、三人を見送ったエレスが静かに息を吐いていた。
「……行ったか」
「良かったのか? 元より、我らは最初に百階に踏み入れる権利をフドー達に譲るつもりでいたが――」
「百階でまだ戦う相手がいるのであれば私達も付いていくべきではあるが……わかっているだろう? この場でまともに動けるのはフドー達だけ、だ」
緊張の糸が切れたようにその場に座り込んだエレスとノウンの額から一気に汗が噴き出した。
「まともに歩くことすらままならないとは……それほどまでにギフターズが強敵ではあったが……」
「私達は今のうちに可能な限り体を休めておこう。すぐに駆け付けられるように」
ギフターズと戦った冒険者間で疲労や傷の治りが違うのは、回復薬に入れられたステラの血液によるものだ。元は十名分ほどを作る予定だったが、ステラの体調面や血液を――白堕の血液を、体内に取り込むことへの拒否反応を示すものもゼロではないことから、ノウン達の進言によりフドー達三名分だけということになった。
フドー達がそれを知らない状況が、幸か不幸かは今は誰にもわからない。
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