第65話 卑怯な策

 六十九階――巨大な扉の前に、四つのクランが勢揃いした。


「前回はここで散り散りに飛ばされた。今回もそうならないとは限らないから、全員そのつもりで準備していてくれ。行くぞ」


 ウォルフとドルトスが扉に手を着き力を込めれば――ゆっくりと開かれていった。


 前回と今回の違いがあるとすれば人数だが、おそらく何か条件があるのだろう。


「……崖、か」


 目の前に崖がある。ある、というか、断崖絶壁に立たされている。


「ハッ、なるほどなぁ。そりゃあ数人でどうにかなるもんでもねぇか」


 端に立って崖下を覗くスカーの言葉に、全員が視線を向けた。


「あれは……城? いや、砦か?」


「ゴブリンの砦だな。おそらく数は三百程度。策が必要だ」


「ほんじゃあ、一先ずはこの場で腰を落ち着けるかの」


 ボーンの言葉に、各クランの倉庫系がイスを取り出して場を作り出した。


 話し合いをするのは三騎聖に加えて、無限回廊内に精通しているスカーとバイス、それとヨミ。


「相手は三百はいるであろうゴブリンの軍勢――何か案はあるか?」


「個々では大した強さではないが、数になって連携されると容易に負けることもあり得る。倉庫系や防衛系はこの場に残し、五人一組程度に分けて行動するのがいいだろう」


「わし等三人に加えて、フドーとスカーを中心にするとして――正面、後方、支援と役割別に分けたほうがええじゃろ。任せられるか? ヨミ」


「わかりました。能力や連携を加味して振り分けます。この場の守りはドルトスさんとリーファさんを中心に固めるのがいいと思うのですが、どうしますか?」


 ヨミの問い掛けに、エレスとボーンはドルトスとリーファに頷いて見せた。


 話し合いには参加しなくても大丈夫そうだし、こっちは現状把握といこうか。


「ステラ、双眼鏡あるか?」


「はい。どうぞ」


 受け取った双眼鏡で砦を見下ろす。


 中心に聳え立つ城は木で造られているように見える。ゴブリンが建築技術を、か。城の周囲には壕があって水が張られている。竹で造られた高い壁には所々に穴が開いていて――おそらくは弓矢を射下ろす狭間のような役割だろう。その証拠に弓と矢を携えたゴブリンが退屈そうにしている。


 城を攻め落とす方法はいくつか知っているが……今、話し合いをしているのは力攻めだ。正面から門を破壊して攻めていく。戦える冒険者が集まれば勝てる可能性は高いが、こちらに被害が出ないとは限らない。


 他に有効だとされているのは、火攻め・水攻め・兵糧攻めだが――相手がモンスターである以上は、どうだろうな。


「何かあんのか? フドー」


「いや、敵情視察ってやつだが……なぁ、ウォルフ。この階以外にも集団を相手にしたことはあるのか?」


「ああ、ある。五十九階にケンタウルスの部族がいて、それと戦った」


「部族ってことは長がいただろ? その長を倒したとして、他の仲間は戦いを止めたか?」


「いいや、それはねぇ。むしろお嬢が向こうの頭を倒した後のほうが強かったくらいだ」


 モンスターが徒党を組むのはわかっていた。だが、組織的な集団で指揮する者がいたとして――その者が死んでも戦いは終わらない、か。その点に関しては人ではなくモンスターだと実感させられる。どちらにせよ、倒し切らなければ次の階への扉は開かない。


「ウォルフ。それにネイル。ゴブリンの長がどこにいるかわかるか?」


「ゴブリンキングか……あの建物の一番上だなぁ」


「そこが一番嫌な感じがするにゃん」


 大将は最上階で待ち受けるか。当然と言えば当然だな。


 さて、考えてみよう。


 守りは厳重――とはいえ、ゴブリンたちが警戒しているのは周囲だけで、俺たちがいる崖上には一切目もくれない。モンスターとしての性なのか、そもそも攻められることを考えてすらいないのか。まぁ、この無限回廊内で生態系に関して突っ込んでいては切りがないな。


「ゴブリンには種類があったりするのか?」


「大別されんのはキングかそれ以外かだなぁ。あとは使う武器の違いと、たまにでけぇ奴がいるくらいだ」


 詰まる所、俺が知っているような魔法を使うゴブリンはいないってことだ。


「……それなら真正面から戦う必要はないな。ウォルフ、あの城を吹き飛ばせるか?」


「一部なら吹き飛ばせるが、その一撃でゴブリンキングを倒せる保証はねぇ。全体を燃やすことならできるが、広範囲だと威力が弱くて普通のゴブリンも倒せねぇだろうな」


 一つ目は火攻め案だが、モンスターの体は人よりも頑丈だ。当人が倒せないというのなら、そうなのだろう。


 二つ目は水攻め――塀の外側には森が広がっているが、壕の水はどこから引いている? 川も無ければ、井戸も見当たらない。知る限りでは大規模な水を出せる冒険者もいない。水……氷……水蒸気なら、可能性はあるか。


 双眼鏡をステラに返して、話し合いをしている場に向かえば、全員がこちらに視線を向けてきた。


「俺に一つ策がある。乗るかどうかは任せるが、聞くか?」


「聞くも何も、この場でフドーが案を出せばその案が採用されるじゃろ。わし等では思い付かんものは、この世界のモンスターも予期せぬもんだからの」


「私は例外なくフドーの案を推すが」


「聞くだけ聞きましょう。フドーさん、お願いします」


「まずは火であぶり出す。上手くいけば燃えた建物が倒壊して、三分の一程度のゴブリンは行動不能にできる」


「たしかに、数が減ればそれだけこちらが有利になるの」


「そして残りの三分の二も一気に片付ける。まずは――」


「ああ、待て待て」遮るように、ノウンが大きく息を吐いた。「策を聞く必要はない。俺たちは冒険者だ。その場その時に合わせて各々が力を発揮できる」


「……つまり?」


「フドーの案を採用する。その上で、俺たちはそれぞれに動く。そのほうが都合が良いだろう?」


 即興で好きなようにやらせたほうがいいのは、クラン戦で明らかになっている。作戦を全て教えるよりかはいいだろう。


「じゃあ、ヨミとウォルフとアイ。あとは……リーファを貸してくれ。他は任せる」


「ほんじゃあ、わし等はその時に備えて待機しておくかの。のう、皇帝」


「ああ、そうしよう」


 前線で戦える者が崖下の砦を臨める場所に集まったのを見て、四人に視線を送った。


「リーファ、建物全てに燃えやすい植物を生やせられるか?」


「燃えやすい植物……建物全体に蔓を這わせて急速に枯らせることなら出来ますが」


「それでいい。ゴブリンに気付かれないようにやってくれ」


 地面に手を着いたリーファを横目に双眼鏡を覗き込めば――砦と城の地面からゆっくりと這い上がっていく蔓が見える。


「次はオレだなぁ。燃やしゃあいいんだろ?」


「威力は多少弱くとも、できれば全体を一斉に燃え上がらせてほしい」


「ハッ! 造作もねぇ。《焔》」立てた人差し指の先に小さな火の玉を作り、城の真上へと放り投げた。「《火雨》」


 一斉に降り注いだ火の雨が、枯れた蔓に火を点け、そこから建物に炎が広がっていく。飛び出てきたゴブリンたちは火に巻かれながらも、統制された軍のように周囲の警戒を始めた。


「火を消すよりも敵襲に備える、か」


 この場合での問題は、火を消す備えをしていなかったってところだな。もしくは知性の無さか。


「あの程度じゃあ燃えるもんが無くなったら火は消えちまうが、それでいいのか?」


「ああ、むしろそれで――ん?」双眼鏡で崩れ落ちる城に潰されるゴブリンを眺めていれば、炎の中で戦うスカーとバンの姿が見えた。「他は任せるって言ったけどなぁ……まぁ、あいつらなら大丈夫か。ヨミ」


「はい。私は何をするんですか?」


 倒れた建物から火が治まってきたところで、次の段階だ。


「あそこ全体に霧を張ってくれ。すぐ隣の奴すら見えないくらい濃いのを」


「霧ですか。それくらいならいくらでも。《空白の目録》」


 広がる濃霧に、ゴブリンたちは戸惑い動けないでいる。


「よし、仕上げだ。アイ」


「あ、なるほど。霧は水蒸気。つまりは、自分の番っスね!」


 アイの体から漂う冷気が崖を伝い――濃霧内にいるゴブリンたちは一気に凍っていった。


 灼熱からの極寒で、細胞まで凍り付くだろう。


 そして、そのタイミングで待機してた冒険者たちが一斉に突っ込んでいった。


「動いているのはガタイが良いのが二、三――十体くらいか。そして……」崩れた城の中から鎧を身に纏い、巨大な剣を携えたゴブリンが姿を現した。「あれがゴブリンキングか。たしかに、他とは雰囲気が違うな」


 すでに戦いに行ってるのが三騎聖とスカー、バン、ネイルにウォルフ。それだけいれば俺が行く必要もないと思うが……どうするか。


「行くのであれば、私が手を貸しますよ」


「手を?」


「はい。手を」


 差し出すように手を向けてきたヨミを真似て手を差し出せば、何かに掴まれて引き摺られるように崖から飛び出した。


 浮いている。ゆっくりと、宙を漂いながら――落ちていく。


「なるほど。見えない拳か」


 およそ二十秒間の浮遊を経て――辿り着いた。


「遅かったにゃフドー!」


 ゴブリンと殴り合いをするネイルは、言葉を掛けてくる程度には余裕があるか。


「別に俺が来なくとも勝てる戦いだとは思うが――」その時、近付いてくる殺気に振り向きながら雲水を抜いた。「っ――ゴブリンキングッ!?」


「ウガァアアアッ!」


 振り下ろされる巨大な剣を弾きいなす。言葉が通じるタイプじゃない――というか、これだけ仲間が殺されれば、対話など出来るはずもない。


「不動流――」剣を弾いた直後に合わせて刀を振り抜けば、鎧に弾かれた。「かってぇな」


 本気ではなかったとはいえ、それでも鎧すら斬れないのか。いや、そもそも何故真っ先に俺を狙ってきたのかがわからない。……まぁ、弱い奴からってことなのか、この惨状を計画したのが俺だとバレたのか、どちらにしても荷が重い。


 剣を弾いて刀を振ろうにも鎧で防がれる。兜も被っているから首元も守られているし、狙えるとしたら開いている顔だが――膂力の差を考えれば、初手で剣を防いでも二手目も防がれる可能性が高い。


 手が足りない。が――何も俺は一人で戦っているわけではない。


「んにゃははっ!」


 飛び込んできたネイルが剣を握るゴブリンの腕を掴んだが、すぐに振り払われた。


「ネイル」


「合わせるにゃ!」


 振り下ろされる剣を弾き、斬り返せないようにネイルが飛び掛かったところで顔面目掛けて刀を突けば――鎧の籠手で防がれた。


「くそっ、器用だな」


 狙いが読まれていたとしても片手で防がれるのは中々にショックだ。


 さすがは六十九階の長と言ったところか。階が下がるほどに強くなるのは当然だが、斬れないなら叩き壊すしかない。


「ボクが止めるにゃ!」


 言わずとも役割を意思疎通できるのはありがたい。


 全身に膜を張ったネイルが尻尾と爪を振りゴブリンを翻弄する。振り下ろした剣が地面に突き刺さり、その腕に尻尾を巻き付けた瞬間に一気に距離を詰めた。


「不動流――天の型」


 雲水を金剛刀へと持ち替え――一閃。


 振り下ろした刀は防ごうとした籠手を破壊し、兜を割り、脳を揺らす。


「ガッ、ァアッ――」


 バランスを崩したゴブリンは地面に倒れ込んだ。


「フドー! ネイル! 退けぇ!」上空から聞こえたボーンの声に、ネイルと共にゴブリンから距離を取った。「《過重プレス》!」


 降ってきたボーンに踏み潰されたゴブリンキングは、周囲の地面と共に深く沈み込んだ。


「んにゃっ! 良いところ持っていかれたにゃ!」


「勝てればいいんだよ。誰が、じゃなくてな」


「しっかし硬いのう。《過重》でも潰れずに形を保っているとは」


 同意だ。どころか、硬過ぎる。兜で多少は威力が殺されたとしても、天の型でも頭を割れなかった。


「……これで終わりだな。下の階に行く道を探しつつ、崖上に残っている奴等を下ろすとしよう」


「下ろすのはこちらでやろう。ドルトス!」


 ドルトスの能力で崖上から緩やかな坂が造られ始めたのを見て、ようやくひと息ついた。


 仮に無限回廊が百階までだとして、あと三回はゴブリンキングよりも強い相手と戦うことになる。策を練り協力して戦ったとして勝てるかどうか……いや、先のことを考えても仕方が無いか。楽観的に行こう。それくらいが丁度いいはずだ。


「っ――」不意に、肌に突き刺さる殺気に雲水を手に取った。「ボーン! 離れろ!」


「グルッヴァァアアッ!」


 吹き飛ばされたボーンは、衝撃波に耐えるように空中に留まった。


「なんじゃあ、死んどらんかったんか」


 窪んだ地面から飛び出してきたゴブリンキングに対して、動き出していたのは俺を含めて三人。


「《四震――四吹》!」


 エレスが剣を振った衝撃波がゴブリンキングの体に直撃して鎧を粉砕し、


「不動流――地の型」


 脇構えから剣を持つ腕の手首から肘に掛けてを斬り裂いて、


「能力を使うまでもない」


 ノウンがゴブリンキングの首を刎ね飛ばした。


 圧倒的なタフネス。これから先は確実に倒したと判断できるまで油断は出来ないな。


 一先ず、今は勝ったことを喜ぶとしよう。……多少、卑怯な手だったとしても。

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