第三章
第63話 閑話休題
クラン同盟で無限回廊に挑むまでの二週間――それぞれが準備を整えている。
装備を整える者、能力を磨く者、仲を深める者――『ウーンデキム』も例外ではなく。
あと一週間と迫った今日、ネイルはウォルフと街の外へ行き、ヨミは他三つのクランとの会議へ。能力の情報共有して連携をしやすくしたいらしい。
グランは連日、剣を探しているらしいが未だに良いのが見つからず、ドルトスの紹介で鍛冶屋に行くらしい。ステラはヨミと共に会議へ。各クランの倉庫系能力の冒険者で持っていく物を話し合うんだとか。白堕故にあまり打ち解けられないかもと思っていたが、意外と交友を広げているようで何よりだ。白堕がいると不吉なことが、というのも、それは実力の無さを表す言葉だと理解してくれているのだろう。
そして、珍しく一人の俺は――中央都市を散歩することにした。
クラン戦で壊れた街も元通りになり、商人も住人も冒険者も今日も今日とて世話しなく動き回っている。各地の有限回廊を踏破した冒険者が街にやってきては、無限回廊に挑戦して死んでいく。それが常であり、日常だ。
俺たちは運が良いんだろう。誰も欠けることなく、ここまで来た。無限回廊がどこまで続くのかは不明だが、現状では最善の布陣のはずだ。そもそもの目的はヨミの父親捜しだが――その辺りに関してはスカーやバイスにも話を聞いたらしい。が、詳しいことは知らない。家族のことは家族だけで。とはいえ、何も言ってこないということは、明確な結論が出たわけではないのだろう。
「おっ、
「ああ、ありがとう」
投げられたリンゴを受け取って、会釈を返した。
クラン戦が終わってからこっち、冒険者以外からは不殺と呼ばれることが増えた。中央都市に住む者のほとんどがクラン戦を観ていたわけだし、わからないでもない。
それに何より、特異点と呼ばれるよりは不殺のほうがよほど俺らしい。
「あれ、特異点の兄貴じゃないっスか」
散歩中、目の前で立ち止まった少女に記憶を辿る。
「……ああ、アイか。珍しいな」
「そりゃあこっちの台詞っスよ。いつも大体誰かと一緒なのに、今日は一人なんっスね」
「まぁ、そういう日もある。無限回廊に入れば嫌でも四六時中一緒に行動するわけだしな。そっちはどうした? 一人か?」
「自分はいつでも大体一人っスよ。そのほうが楽じゃないっスか」言っていることはわかる。が、ならばわざわざ声を掛けてくる理由も無いと思うんだが。などと言うのは無粋だな。「あ、リンゴ」
「さっき貰ったんだ。いるか?」
「いやいや、貰ったんなら兄貴が食べたほうがいいっスよ。でも、せっかくなら美味しくしましょうか」
アイがリンゴに触れた瞬間、冷たさが掌に伝わってきた。
「能力で冷やした……いや、内側を凍らせたのか。便利だな」
「あ~……そう、っスね」
「……せっかくなら一緒に食おう」
近くにあった噴水の縁に腰掛ければ、アイも隣に腰掛け――雲水でリンゴを四等分に切り分けて二つを手渡した。
「ありがとうございます」リンゴを一齧りしたアイの手から、微かに冷気が漂っている。「……兄貴は、自分の能力どう思うっスか?」
一人称のせいでわかりにくいが、アイの能力をどう思うか、だろう。
「優劣についてはよく知らないが、良い能力なんじゃないか? 汎用性も高いし、攻めにも守りにも使える」
「そうなんスよ。良い能力で、良い奴なんっスけど……自分とは釣り合わないな、って」
「そう思う理由は?」
「冒険者って結構みんな戦い大好きじゃないっスか。でも、自分はそんなに……嫌いってわけじゃないけど、そこまでマジにはなれないなって……自分はもっと、こう……緩い感じでやりたいんスよ。本気で戦わないとかじゃなくて……その、言い方が難しんスけど……」
ガドリからグランとアイの戦いの様子は聞いている。いつまで経っても本気を出さないアイにグランが苛立っていた、と。どちらの気持ちもわからなくはない。だからこそ、難しい。
「その感覚は理解できる。真面目に戦ってはいるが本気ではないし、死なないように戦ってはいるが殺すつもりで戦ってはいない。それが相手に伝わらないことも、よくわかる」
「そう! そうなんっスよ! ん、でもまぁ……当然と言えば当然なんスよね。兄貴は倉庫系なんで知らないかもっスけど、能力の外装ってのがあるんスよ」
「がいそう? 聞いたことも無いな」
「わかりやすいところで言うと、ウォルフさんとか帝王っスかね。炎を纏ったり重力を纏ったりするアレっスね。結構シンドイんスけど、その代わりに身体能力も上がったりして強くなる。それをしていなければ、舐められてるって思われても仕方ないっス」
ああ、アレか。たしかに、ウォルフも本気を出すって時に使っていたな。
「アイも、その外装ってのを出来るのか?」
「二十五階を越えた冒険者は大抵の人が出来るっス。もちろん自分も」
単純な話、うちのクランには火や水を出すような能力を使う者がいないから知らないんだろう。強いて言えば、ネイルが気を纏えるようになったのが似たようなものか。
「まぁ、本気を出すとかは俺がどうこう言えることじゃないからなぁ……戦いは好きだけど必死になるのは違うってのもわかるし、それを言うならボーンやノウンも似たようなもんだと思うしな」
「いやいや、そこと比べられるのも違うっス。自分からすれば、その二人ですら別次元なのに、そこに勝っちゃう兄貴にもドン引きっスから」
「俺の場合はただの技術だが……正直、アイの能力も、他の奴等の能力と比べて劣っているようには見えないから何をどうするべきかはわからない。ただ一つ言えるとすれば――必要なのは覚悟だろ。俺自身も偉そうに講釈垂れるような人間でもないが、相手の本気に答える覚悟は持っておいたほうがいい。それが冒険者であれ、モンスターであれ、な」リンゴを食べ終えて立ち上がり背筋を伸ばせば――迫ってくる気配に首を傾け、それを手に取った。「……氷のナイフ、ね」
敵意は無さそうだが。
「兄貴! 自分に修行をつけてほしいっス!」
なるほど。そのための品定めってことか。今更な気もするが、そこはいい。
「悪いけど、嫌というほど思い知ってるんだ。経験に勝るものは無い。実戦経験という意味では、圧倒的に俺よりもアイのほうが経験を積んでいる。だが、まぁ……無限回廊は長い。最下層を目指す間に、手合わせくらいなら付き合おう」
「はいっ! よろしくお願いしますっス!」
こういうタイプは、こうでも言っておかないと退かないことを知っている。そもそもそういう話をしていたわけでも気はするが……その流れにしたのは俺のほうか。
なら仕方が無い。
アイと別れて散歩を再開。
特に目的があるわけじゃないからどこに向かうでもなく――……見られている? 住人ではなく、異質な鋭さがある。
「……スカー。戻ってきてたのか」
視線を上げた屋根の上から、スカーが下りてきた。
「ぎゃははっ、無限回廊に行って帰ってくるくらいオレにとっちゃあ散歩みてぇなもんだ」
「野暮用で地下五十階まで散歩か。用事は済んだのか?」
「ああ、勝負に負けたからなぁ――そのケジメだ。地下五十階に長年放置されていた刀をくれてやる」
そう言って背負っていた太刀を差し出してきた。
「くれるって言うなら貰うけど……五十階なら三騎聖のクランも立ち寄ってるはずだろ? そいつらは使わなかったのか?」
「使わなかったっつーか、使えなかった、だな。そいつは誰がどうしても抜けずに使い物にならなかったからなぁ」
「つまり、廃品回収のようなものか」
太刀を手に取れば、《刀収集家》のカタログに記された。
金剛刀――刃と鞘が一体となり、重く頑丈な刀。斬らずに殴る。
……もはやそれを刀を呼んでいいのかどうか、という議論をしたくなるが、昔素振りに使っていた木刀のようなものか。圧倒的質量で殴る。不動流なら威力は出そうだが、使いどころは限られそうだ。
「使えそうか?」
「刀としては――まぁ、問題ない。ありがたく使わせてもらう」
「ま、せいぜい役立てろよ。じゃあ、また一週間後にな」
それだけ言って、スカーはさっさとどこかへ行ってしまった。
「あいつ、出発の日まで会わないつもりなのか?」
とやかく言うつもりもないが、まぁスカーは自由にさせておいたほうが良いだろう。
「あれ、フドーさん」
声のしたほうに視線を向ければ、ヨミとステラが居た。
「おお、会議は終わったのか?」
「はい。一先ずは、ですが」
「ステラも」
「ステのほうは終わりました。あとは持っていく物を各自で用意するだけです」
気付けばすでに夕方で、街には無限回廊から戻ってきた冒険者たちが酒場に向かう姿が増えてきた。
「んにゃ! フドー! みんにゃ!」
飛び込んできたネイルを受け止めれば、装備はボロボロで疲れ切ったように脱力していた。
「ネイル。……特訓か?」
「秘密の特訓にゃ!」
言ってしまえば秘密でも無い気はするが、隠すつもりも無いのだろう。
「この分だとそろそろグランも――」
呟けば、目の前を横切ろうとしたグランがこちらに気が付いた。
「ん? おお、揃ってるな」
「グラン。装備の新調は済んだのか?」
「剣を頼んできたところだ。無限回廊への出発には間に合うだろう」
「なら良かった。特に意識することなく全員集合したわけだが……帰るか」
「そうですね。ドロレスさんも待っているでしょうし」
「んにゃん」
「ネイルさんはいつまで抱き付いているんですか。離れてください」
「モテる男は大変だな、フドー」
「これは絡まれてるって言うんだよ。他も然りな」
こんな他愛ない会話が出来るのもあと一週間――無限回廊踏破までどれだけ時間が掛かるのかはわからないが、事を成した後にも変わらぬ関係でいられることを願っておこうか。
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