第58話 乗り込み

 白堕は頂いた。『ウーンデキム』のドリフター一人で、北にある倉庫まで来い――それが紙に書かれていた内容だった。


 真偽のほどはさて置き、あの状況で仕掛けてきたという事実だけで即行動に移す理由にはなる。


 なぜ今なのか――何が目的なのか――白堕を管理していた組織を潰したとはいえ、それで全てが解決したとは思っていない。少なくとも、どこかの誰かがを続けている可能性は常にあった。ステラを狙っていたのなら、これまで何度もチャンスはあっただろう。にも拘らず、クラン戦の最中に攫ったということは……『ドゥオ』と『オクト』を勝たせたい算段なら、真っ向勝負をしたいエレスやボーンへは逆効果だとわかっているはず。つまり、逆か? 俺を――『ウーンデキム』を綻びにして、他のクランも潰そう、と。


 まぁ、首謀者本人に直接聞いたほうが早い。


 中央都市は大き過ぎて、北と言っても範囲が広い。とはいえ、一斉に増えた気配に気が付けないわけがない。隠れていた? いや、違うな。おそらくはこちら側の戦いが激化するのを待ってから行動に移したんだろう。


 北側の倉庫街――数はおよそ五十人ってところか。


「ん? おいおいおい――一人で来いって書いてあったはずだよなぁ?」


 辿り着いた倉庫の前には武器を携えた二十人程度の冒険者が待ち構えていた。全員が全員、それなりに戦えそうではある。が――人間だけ、か。


「俺は一人で来た。紙に書かれてあった通りにな」


「ハッ! だったらテメェの後ろにいる奴等はどう説明するんだよ!」


「わしはフドーと戦いたいもんでな。先約を断ってまで向かおうというのだ。付いていくのも当然だと思わんか?」


「喧嘩に水を差す野郎は許せねぇ。連帯責任だ。お前ら全員、オレが殺してやらぁ」


「……ん? 俺か? 俺は散歩だな」


「我ハ傍観者ダ」


 無理がある。だが、紙の内容を伝えた上で付いてきたんだ。迷惑ではあるが――俺の予想が正しければ、ノウンとボーンが来ることは向こうも想定内のはず。


「で、どうする? そちらの命令に従わなかったからといって、俺を呼び付けたのはお前らだろ?」


 問い掛ければ、数人の男たちが集まって小声で話し合いを始めた。


 仮に戦うことになったとしても、こちらには冒険者の中でも最強と呼ぶに値する二人と、それに準ずる二人がいる。……とはいえ、万全なのは二人だけか。いや、だとしても、関係は無い。俺一人だったとしても単身乗り込んで来ていたはずだ。ここに来るまでの間に気持ちは若干落ち着いたものの、腸が煮えくり返っている事実には変わりがない。


「よぉ、待たせて悪かったな。決まったよ。テメェら全員、ここで死ね」


 その言葉を待っていたかのように、男たちは一斉に臨戦態勢になった。予想外ではあるが、予想通りでもある。どうせ全員を伸すつもりだったんだ。それが早いか遅いかだけの話だ。


 黒刀に手を掛けた瞬間――一番後ろにいたバイスが前に出てきた。


「ココハ我ニ任セテモラオウ」


 今日初めて会った者を信用することが出来るのかと問われれば無理だが、少なくとも強いことに置いて絶対的な二人は疑問を挟む余地も無い顔をしている。


「……この数を一人で相手にできるのか?」


「フンッ――問題ニモナラヌ」そう言ったバイスが両手を合わせれば、空中に開いた穴から小さな可愛らしい人形が十体降ってきた。「《人形遊戯カーニバル》」


 バイスが指先を動かせば、人形たちは一斉に男たちへと向かっていく。人形、というよりもふわふわのぬいぐるみのようだが、そのパンチ一つで男を地面に沈めていた。杞憂だったな。この場にいる冒険者が、強く無いわけがない。


「ほんじゃあフドー、わしらも本陣に殴り込みじゃのう」


「ああ……そこを退け。ボーン」


 扉の前からボーンが下がるや否や黒刀を振れば、横一線に切れ目が入ったドアは四つに分かれて崩れ落ちた。


「おいおい、まったくよぉ。鍵なんて掛かってねぇんだ。素直に開けて入ってくりゃいいだろ」


 中に居たのは残りの三十人。積み重なった巨大な箱の上で踏ん反り返ったように座っているのが『クアットル』のトップか。逆立てた髪に、目立つゴーグル……強いな。


「呼び出しに応じてここまで来たんだ。どう入ろうと構わないだろ?」


「まぁ、確かに。こんなちゃっちい倉庫で出迎えるには些か過ぎたメンツだなぁ?」


 周りの奴らが臨戦態勢にも拘らず襲ってこないってことは、この会話には意味がある、はずだ。とはいえ、腹の探り合いは苦手だ。今すぐにでも全員を――と出来ればいいのだが。


「不都合があるのか?」


「……いいや。むしろ好都合! よくやったと褒めてもいい! 素晴らしい光景だ! 女帝がいないのは残念だが仕方が無い。お前ら全員、俺のためにここで死んでくれ」


「〝オォオオオッ!〟」


 雄叫びと共に男達が一斉に向かってくると、こちらもノウン達が動き出した。


 ――ここに来る前に釘を刺しておいた。


 今回のクラン戦で、殺す気も殺される気も殺させる気も無い。だから、付いてくるのならそれを守るように、と。


 そのせいだろう。実力では勝っているはずの三人が手間取っている。そもそも、冒険者とはモンスターを殺すことに長けている者だ。対人で殺さない戦い方は、下手をすれば俺が一番心得ている。


「はぁ――」


 見下ろしてくるクソ野郎の視線は、ずっと俺を捉えて離さない。確かに、この場にいる中で最も弱いのは俺だが――


「どこ見てんだぁ!? ドリフター!」


 振り下ろされた斧を避けて、黒刀の柄で鳩尾を突けば膝から崩れ落ちた。


 ノウンは鞘を付けたままの剣で相手をいなし、ボーンとスカーは力を制御しながら相手を伸していく。


 見たところ『クアットル』の冒険者は全員が人間で、能力が身体や武器を強化するタイプのようだが、単純な強さで言えば一人一人がおそらく能力を使わないグランよりも若干強いくらいだ。それが連携して数で襲ってくる。弱いはずは無い。


「死ねオラァ!」


「皇帝を殺しゃあオレが最強だよなぁ!」


「帝王? 所詮はザコだろうがよぉ!」


 恨みを買ったのか、それとも強さ故に逆恨みをされているのか――どちらにせよ、強さに伴う代償は厄介だな。


「不死身かどうか試しやるよぉ! エルフなら、その首もぎ取って箱に詰めて飾ってやらぁ!」


 ああ――駄目だ。気が付いた時には、腰に下がる刀は雲水に代わっていた。


 人間だけのクラン。紙に書かれていた内容。そして、今の発言だ。これ以上は抑えが利かない。


「――黙れ」


 漏れ出た呟きは喧騒に呑まれていく。


 誰一人として耳を傾けることは無い。誰一人として――気にすることは無い。


 自然と上がっていた片脚は、全体重を込めて地面を踏み鳴らした。


「全員! 黙れっ!」静けさの中で、踏ん反り返り続ける男に視線を向けた。「名乗れ。お前は誰だ?」


「『クアットル』のトグサだ。覚えなくていいぞ? どうせお前らはここで死ぬ」


「トグサ――ステラはどこにいる?」


 問い掛ければ、トグサはわからないように首を傾げた。


「…………ああ、あの白堕か。安心しろ。大事な商品を傷付けることはしねぇよ」


 悪びれることもなく、然も当たり前のように語る男に、怒りを通り越した感情が全身を包み込む。


 わかる――わかってしまう。目の前にいるのは純然たる悪意の塊だ。いや、そもそも悪など俺の中での定義に過ぎないが……だとしても。


「俺が……甘かったのかもしれないな」


 呟き、脱力し切った体で雲水に手を掛けた瞬間――倉庫の屋根が突き破られた。


「よぉ、集まってんなぁ。お嬢はいねぇみたいだが……」突然現れたウォルフは、倉庫内を見回して俺のすぐ横までやってきた。「なかなか面白れぇ状況になってるみてぇだな?」


「どうしてお前がここに? って訊くのは野暮か?」


「いや――ネイルを『ウーンデキム』のクランまで運んだ時にドアがぶち破られるのを見つけてなぁ。居るはずの白堕もいねぇときたもんだ。そんで騒がしいほうに来てみりゃあこの有り様だぁ」そこまで言って、ウォルフは腕に炎を纏わせながらトグサに視線を送る。「日陰もんの『クアットル』かぁ。オレのケンカの邪魔をする意味を教えてやらぁ!」


 駆け出したウォルフがトグサに向かって跳び上がろうとした時――全身から力が抜けたように膝を着いた。


「燥ぐなよ。獣人風情が。お前の順番は後だ。ドリフター――いや、フドーと呼ぼうか。お前、うちに来ないか? この世界を支配しているのは誰だと思う? エルフか? 獣人か?  冗談じゃない。ドワーフ? シルキー? 鬼族? ハッ! まさか。人間だ! この世界は人間様が支配している!」


「……何が言いたい?」


「わからねぇか? お前はまだ毒されて無ぇ。こっちに付きゃあ天下が取れるって話だ」


「人間以外の種族を殺して、か?」


「いいや、人間も殺す。手始めに、三騎聖を。ついでにそのクランの奴等も全員な。まどろっこしいのは無しだ。つまり――俺はここからでもこの場にいる奴等全員を五秒以内に殺すことが出来るっつーことだ」


 嘘、では無いんだろう。未だに動けないでいるウォルフを見ても、ブラフを張っているわけじゃないことはわかる。


 能力が何か、とか――何故そんな大それたことを、とか――天下を取る意味は、とか――疑問は腐るほどあるが……何よりも気に食わないことが一つだけある。


「お前は、俺がその誘いに乗ると本気で思っているわけじゃないよな?」


「誘いは本気だが――まぁ、元より俺の思い通りにならない奴は皆殺しにする予定だ。俺の二つ名を教えてやろう。俺は――」その時、衝撃を受けた倉庫の壁に大穴にが開き、エレスが姿を現した。「っ――女帝か。どいつもこいつも、ドアってもんを知らねぇらしいな」


 刃折れの剣を握り締めたエレスが倉庫内を見回すと、俺を見つけて視線を止めた。相手をしている場合じゃないんだが。


「エレス、悪いが今は――っ」


 言い掛けたところで、エレスを中心に大気を揺らす振動が広がった。


「フドー! 私は決めた! 私――エレスフィア・グランゼールと縁を結んでくれ!」


「なっ――」


 ああ――くそっ。言葉が出ない。


 後ろで笑いを堪えているボーンの声が妙に鼻に付く。


 次から次へと……なんなんだ、この状況は。

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