第8話 思考の積み重ね

 二十八階――迷路。


「ここに来て迷路か……ネイルはぐんぐん進んでるけど、道わかってんのか?」


「大丈夫だと思います。七階も迷路でしたが、ネイルに任せて攻略できたので」


「こっちにゃ!」


 野生の勘か? 獣人だけに。


 迷路の攻略には左手法とかもあるけど、それはさすがに時間が掛かる。造りのせいか空気の流れもよくわからないし、先を行くネイルを追っていくしかない。


「フドーさん。モンスターの気配は感じますか?」


「気配、というか……敵意が無さそうだから放っておいたんだが」


 立てた人差し指で天井を指せば、視線を向けたヨミは咄嗟に本を取り出した。


「なに、かがいるのはわかりますが……なんですか?」


「なにっつーと難しいな。イグアナ……いや、カメレオンか?」


「カメレオン? スニークカメレオンですか!? だとすればマズいです。ネイルを――」


 視線を向けた先にネイルはいなかった。


「進んだようだな」


「追いましょう!」


 何やら焦っているが、相も変わらず真上のカメレオンは敵意なく付いてくるだけだ。


「何か問題か?」


「私には見えていませんが、スニークカメレオンであれば、もしかしたら誘い込まれているのかもしれません!」


「そりゃあマズいな。ネイル!」


 一本道を走っていけば、出口の無い大部屋に突き当り――そこには青い顔をしたネイルがいた。


「んにゃ~……やっちゃったかも、にゃ」


 大部屋の中央へと集まれば、出入り口の前に擬態を解いたカメレオンが下りてきて道を塞いだ。


「……つまり?」


「たぶん匂いで誘い込まれたにゃ」


「なるほど。逆に獣人であることを利用されたってことか。スニークカメレオンって言ったか? 強いのか?」


「はい。この種のモンスターは姿を消します。一筋縄ではいかないはずです。フドーさんは下がっていてください。ここは私とネイルで」


 なら、言われた通りに下がるとしよう。


 そして、ネイルから感じる威圧感。ということは、少なからずスニークカメレオンのレベルが高いってことだ。


「やることは一つ! 先手必勝にゃ!」


「待ってください! マーキングがまだっ――」


 すると、近付くネイルを警戒したのかスニークカメレオンはその場で透過して姿を消した。へぇ、さすがはモンスター。完全に見えなくなるなんて芸当が出来るんだな。


「仕方が無いので防御力の付与をしておきます! 警戒してください!」


 どこから来るのかわからないスニークカメレオンを警戒しているが見た目だけじゃなく気配まで絶てるのは厄介な相手だな。


「っ――にゃん!」


 伸びてきた舌にネイルが殴られた。


 粘着系の舌かと思いきや硬めなんだな。


 ネイルが向いている方向とは逆に向かってヨミが掌を向けると、小さな火柱が上がった。


「こっちにはいません!」


「こっちも――にゃんっ!」


 またネイルが一発もらった。


「……」


 いつまでもスニークカメレオンを捉えられない二人を見ていてイライラしてきた。


 要領が悪い。これまでで知ったヨミの力でも有効なものがあるのに、どうして使わないのか。


 任せた以上、口出しするのもどうかと思うが……この先があることを考えれば、ここで体力を消費するべきでは無い。


「どこに行きましたか!?」


「わっかんにゃいにゃ!」


「はぁ……ヨミの上だ! 落ちてくるから左に避けろ!」


 言った通りに左に避けるとそこにスニークカメレオンが落ちてきて土埃が待った。それを見たネイルが拳が構えて向かっていったのだが、気が早い。


「尻尾を振っているからジャンプだ!」


「んにゃん!」


「そのまま全体重を載せて着地しろ!」


「ん~――にゃ!」


 ジャンプしたネイルが尻尾を踏み付け――その反動で透明化が解けたスニークカメレオンの体が浮き上がった。


「そこに思いっ切り拳を叩き込めっ!」


「っ――にゃあっ!」


 叩き込んだのは拳じゃなくて肘だったけど、まぁいい。


 倒れたスニークカメレオンは動いていない。そもそも一撃で倒せること自体が規格外なんだとは思うが、それ以前がぐだぐだ過ぎる。


「すみません、フドーさん。助言痛み入ります」


「それはまぁ別にいいんだが……とりあえず本に食わせるんだろ?」


「はい。行ってきます」


 入れ違うようにこちらに駆けてきたネイルは腕を広げて抱き付いてきた。


「やっぱり凄いにゃ! スニークカメレオンの動きを完全に捉えるにゃんて普通じゃにゃいにゃ!」


「あ~……まぁ、それはそれとして。ヨミ! その能力は一日の使用上限とかあるのか?」


 倒れたスニークカメレオンから剥ぎ取った皮膚を食べさせているヨミに問い掛ければ、振り返って首を横に振った。


「いえ、基本的にはありません。力によっては連続で出せるものとそうでないものがありますが、私自身が休んだり《空白の目録》がモンスターを食べればすぐに使えるようになるので」


 ネイルを引き剥がせば、モンスターを食べさえ終えたヨミが戻ってきた。


「じゃあ、どうしてドドモクジュの時のように霧を張らなかったんだ? 霧の中なら透明なスニークカメレオンの動きを追うことも出来ただろ」


 そう言えば、ヨミは驚いた顔――は見えないが、目を見開いているからおそらく驚いた顔をしているのだろう。


「……なるほど。目晦ましではなく、そういう使い方もあるんですね」


「そんにゃの思い付くのはフドーだけにゃ!」


 思考の積み重ね……というか、俺がゲーム的な思考回路なのか。


「俺だけでも無い気はするが、それは措いといて。一先ずは階段を探すか? ネイルを誘導していたスニークカメレオンは倒したし、今度は大丈夫だろ?」


「にゃん!」


 そして、ネイルの後を追っていけば今度こそ上へと続く階段に辿り着いた。


「ここが二十八階で、次が二十九階。三十階が頂上だとすれば、三十階に最後のモンスターがいるのか?」


「いえ、頂上にモンスターはいません。なので、おそらくは次の階に最後のモンスターがいます」


「マジでか。じゃあ、一旦休憩が必要だな」


「んにゃ~」


 疲れたように腰を下ろしたネイルに続いて、ヨミも床に座り込んだ。


 俺はそこまで疲れていないが、二人は汗まで掻いている。そこまで体力の差があるようには見えないし、違いがあるとすれば能力か。そういう力を使うのにも体力を使うんだろう。


「そんじゃあ、最後の一個だ。三人で分けるとしよう」


 取り出したエナジーバーにネイルは前のめりになり、ヨミは不思議な顔を見せた。


「美味しいやつにゃ!」


 三分の一をネイルに向かって投げれば大口を開いて受け止めて、残りを半分に割って片割れをヨミに渡せばおずおずと口に運んだ。


「……んっ――これは、確かに美味しいですね」


 表情が見えずとも美味そうにしているのがわかる。


 俺も残りの三分の一を食べて腰を下ろし大きく息を吐いた。


「はぁ……思うんだが、ネイルもキヨも自分の能力について把握していないのか?」


「そう、ですね。私たちはギルドで自分たちの能力について教えられますが、あくまでも大枠だけで細かいところは実際に使ってみてから学ぶことも多いです」


「そうにゃ~。ボクも強い相手だと自分も強くなるって説明されただけで、数値とかレベルは自分で気付いて自分で考えたからにゃ~」


 ということは、俺にも何かしらの能力があれば、それを育てていくという要素も……いや、だから、ゲームとして考えるな。悪い癖だ。


「改めて言っておくが俺を戦力として考えるなよ? 囮くらいにはなるが、それ以上のことは出来ない。いいか?」


「問題ありません」


「ボクは一緒に戦いたいけどにゃ~」


 剣を使わなければ可能性はあるが、使える能力もわかっていない今は戦うことも出来ないだろう。異世界に来たらモンスターと戦うという醍醐味を知りたいところだが、もう少しだけお預けだな。


「……二人とも調子は?」


「万全にゃ!」


「私も、フドーさんからいただいたものを食べたら一気に体力が回復しました」


 理屈は知らないが、確かに汗は引いて顔色も良くなっている。


 じゃあ、進むとしよう。おそらく次が最後の階――最後のモンスターとの対決だ。……まぁ戦うのは俺じゃなくてネイルとヨミだが。

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