第5話 合流共闘

 少年とも少女とも取れる声の主が正確にどこにいるのかはわからないが、巨大なモンスター――ドドモクジュと戦っているのはわかる。いや、そもそもドドモクジュがどんなやつかわからねぇんだが。


「ネイル! それと、誰かは知りませんが下がっていてください!」


「そういうわけにはいかにゃいにゃ!」


 再び駆け出そうとするネイルの革鎧を掴んで引き停めた。


「待て待て。何も見えていないくせにどこに行くんだよ。鼻を使え、と言いたいところだが――そもそも、どうしてネイルの連れはこの霞の中で戦えているんだ?」


「それはこの煙自体がヨミの出したものだからにゃ」


 なるほど。だから、ネイルは躊躇いなくこの霞の中を進んでいたわけか。


 とりあえずこの場で一番マズいのはネイルと連れのヨミという奴がドドモクジュとかいうモンスターにやられることだ。俺一人だけ残されたら瞬殺――はされないけど、勝てないことは明白だ。


 死なないためにはドドモクジュを倒す必要がある。だが、ただ何もせずここにいるだけでヨミがモンスターを倒せるとは限らない。


「……ネイル。ドドモクジュってのは強いのか?」


「強いにゃ! 並の冒険者にゃら戦わずに逃げるにゃ! でも――」


「でも、《大物喰らい》なら勝てる、か?」


「にゃん!」


 とはいえ、この視界不良で実質的にネイルは無力化されている。……いや、それはドドモクジュも同じってことか。敵を捉えるのを目に頼っているモンスターだからこそヨミは霞で自らの姿を隠したんだろうし。


 ……試したことは無いが、可能性はある、か?


「ネイル。俺を信じられるか?」


「にゃ?」


「俺がドドモクジュの動きを読んでネイルに指示を出す。出来ると思うか?」


「フドーの指示にゃら信じられるにゃ!」


「そうか。じゃあ、試してみるとしよう」


 掴んでいた革鎧から手を放せば、ネイルは臨戦態勢の猫のように背中を丸めて床に手を着いた。


 さて――これまでは自分の周囲三メートルから五メートル程度の空気を感じて気配を読んできたが、今は意識せずとも離れたところにいるドドモクジュとヨミの動きがなんとなく把握できる。


 つまり、意図的に――意識的に、感じる空間を広げる。


 ……どうやるんだ? いや、ダメだ。集中しろ。目で見ようとせずに、空気を感じろ。肌で、この階全ての空間を満たしてる空気を――いや、無理だ! 自分で言っておいてなんだが、気配を探るのなんて感覚の問題だろ! 意識的に出来りゃあ苦労はねぇんだよ!


「フドー、気負う必要はにゃいにゃ。冒険者は意外と頑丈だからにゃ。気楽にいこうにゃ」


 気楽に、か。そういえばじいちゃんにもよく言われていたな。


 焦った時ほど息を吐け。思考は後から付いてくる。力を抜け――心臓の鼓動が止まるほど。


「ふぅ――」


 ゆっくりと息を吐き、集中ではなくリラックスをする。


 額を流れる汗の一滴が床に落ちてそこから空間が広がっていく――空気の流れを、肌で感じる。


「ネイル、そのまま真っ直ぐ突っ込め」


「にゃ!」


 飛び出したネイルの速度は想像以上に速い。


「右側に跳んで、左に一撃!」


「にゃにゃん!」


 ネイルの拳がドドモクジュを殴りバランスを崩す。あれは……触手か?


「伏せろ!」


「にゃい!」


 地を這うネイルだが、その体勢から攻撃を加えるのは難しい。


「ヨミ! ドドモクジュの足を崩せるか!?」


「っ――任せてください!」


 ヨミがネイルとは反対側で伏せていたのはわかっている。


「三秒後だ! ネイルはジャンプして――」


「にゃ!」


 何をしたのかわからないが、ドドモクジュの脚が閉じて倒れ出すのと同時にネイルが跳び上がった。


「そのまま思い切り拳を振り下ろせ!」


「ん~にゃっ!」


 ズドンッ――と鈍い音が鳴り、霞の中でドドモクジュが動かなくなった。


 これで一先ずの危機は去ったな。


 ネイルの実力が本物だったのは嬉しい誤算……いや、誤算ではないか。


 徐々に晴れていく霞の中で姿を現したのはネイルともう一人――襟付きコートの前を締めて口元を隠し、とんがりハットを目深に被った子供? がいた。


「ネイル。無茶をしましたね」


「そっちこそにゃ」


 互いに手を伸ばして握手をしているが……獣人、では無さそうだな。


「……ネイル」


「あ、そうにゃ。紹介するにゃ! フドー、ヨミにゃ! ヨミ、フドーにゃ!」


 雑にも程がある。


「とりあえず、さっきは呼び捨てにして済まない。俺は不動蔵人だ」


「いえ、呼び捨てで構いません。フドーさん。私はヨミです」


 近寄ってきて、その身長の大きさを実感する。一メートルあるか無いかってところだが、漂わせる雰囲気は子供では無い。


「よろしく。え~と……訊きたいんだが、人間か? それとも獣人か?」


「私の種族はシルキーです。こう見えても十七歳で、成人しています」


 まぁ、地球でも人種によって背の高さも何もかもが変わるから、そこは別に驚かない。


「ちなみにこの世界の成人って?」


「十五にゃ!」


 ってことはネイルも成人には達しているってことだな。


「ちょっと待ってください。今の会話……その服装……フドーさん、ドリフターですか?」


「あ~……どうやらそうらしい。とはいえ、俺が転移してきたのはダンジョンの中だし、そういう意味ではこの世界で言うところのドリフターかどうかは怪しいな」


 明確な基準があるのかどうかは知らないが、ネイル曰く、たぶん俺はイレギュラーなんだろう。他のドリフターが選ばれて転移してきたのであれば、おそらく事故ってところか。マズいな、死亡フラグしかない。


「え、っと……え、冒険者でも無いのにダンジョンの中に? それは、じゃあ――言葉は? どうして言葉が通じているんですか? ドリフターは言葉が通じないものだとばかり……」


「それはボクが穴を開いたおかげにゃ!」


「……穴を開けたんですか? ネイルが?」


「そうにゃ!」


「なっ――にをやってるんですか貴女はっ! ギルド以外でそんなことすれば下手をすれば廃人にっ――あ、いえ、その……どうしてそんな危険な行為をしたんですか?」


「理由はにゃい! 困っていたからにゃん!」


「まったく……成功したからいいものの、無事にダンジョンを出られたらギルドへの報告をお忘れなく」


「にゃ~にゃん」


 ちょっと待て。一連の流れで聞き捨てならないところがあったぞ。


「おい、廃人ってなんのことだ?」


「あ、いえ、大したことでは無いですが――ドリフターの方はギルドで冒険者登録するのと同時に言葉が通じるようになりまして……その辺りはギルドで聞いたほうが早いと思います」


 完全に目が泳いでいるんだが。


 とりあえず、ネイルがやったのは危険な行為で、廃人にならなかったのは運が良かった、と。綱渡りが過ぎる。死んでないのが不思議なくらいだ。


「……まぁ、いいか。考えても仕方が無いしな」


「にゃははっ、フドーのその感じ好きにゃ」


「そりゃどうも。俺も自分のこの感じは好きだ。んで――次の階を目指すか?」


「はい。行きましょうか」


 霞の晴れた二十四階は、どうやら岩肌剥き出しの階層だったようだ。


 ドドモクジュと戦っていたこの場所は開けているが、奥へと続く道がある。


 ネイルとヨミが行く後ろを付いていくが、この世界に人間はいないのか? 片や獣人で、片や小人。シルキーってどっかの国の妖精だっけ? そもそもの言葉が通じないってことは、通じるように脳内で変換されているって可能性が高そうだな。まぁ、下手をすれば廃人になるってことは脳に何かしらの変化をきたしているわけだ。……難しいことを考えても仕方が無いな。


「そういえば、ヨミの能力はなんなんだ?」


 問い掛ければ、ヨミは見えない視線を向けてきた。


「私の能力は……そうですね。本来であれば出会ったばかりの相手に教えるべきではありませんが、ネイルの勘は信頼できます。私の能力は――見せたほうが早いですね」


 そう言って空中に手を翳すと、何も無いところから分厚い装丁の本が姿を現した。小柄なヨミには不釣り合いなほど大きな本だ。


「……本?」


「名を《空白の目録ブックメーカー》と言います。モンスターの一部を食べると、そのモンスターの力の一部を使えるようになります」


 その瞬間、本の表紙に現れた口が開いて牙のような歯が見えた。怖いというより、不気味だな。


「じゃあ、ネイルの言っていた気配を消すのが上手いというのもその能力のおかげなのか?」


「そうですね。現在空白の目録で使える力は二十五個あり、その中の一つが気配絶ちです。正直、あまり戦闘に使えるものが多くないのも現状です」


「へぇ……あ、じゃあさっきのドドモクジュは食べさせなくて良かったのか?」


「もう食べさせましたよ」


「気付かにゃかったのかにゃ?」


 そういう能力だと知っていれば気にしたかもしれないが、どうやら俺は自分が思っている以上に周りが見えていないらしい。


「ちなみにどういう力が手に入ったんだ?」


 訊けば、ヨミは浮いたままの本をパラパラと捲り始めた。形だけの物かと思ったが、実際に記されているのか。


「え~っと、どうやら索敵能力ですね。類似の力は持っているのであまり役には立たなそうです」


「結構強かったのに攻撃系じゃないんだな」


「そうですね。どのモンスターの、どういう部分が使えるようになるのかは私にもわからないので」


 アトランダムってのは厄介そうだな。強い力が欲しくて強いモンスターを倒したところで、得られる力が強いものとは限らない。千円ガチャを引いたのに中身が百円ガチャと同じだったら凹むのと同じだ。……いや、同じではないのか。倒さずとも、モンスターの一部を食べさせてればいいんだから。それでも、どちらにしろ命懸けには違いないが。


「ネイルの《大物喰らい》とかヨミの《空白の目録》とかって、自分で選んだ能力なのか? それとも与えられたもの――才能、とかか?」


「んにゃ~、半々、かにゃ?」


「そうですね。私たちの能力はギルドに冒険者として登録した時に教えられます。そういう意味では与えられたものですが、元を辿れば深層心理からくる力らしいので、まったく予期していたものでは無かったか? と問われれば『いいえ』と答えます」


「じゃあ、二人は望んでいた能力を得たってことか?」


「そうですね。私の場合は確かにモンスターのような力を寄せ集めて使えれば、いずれ――いずれ目的を達成できるだろう、と思っていました」


「ボクは強い奴を倒したかっただけにゃ!」


 シンプルだが、同時に複雑な気がするのは俺だけか? 例えば、ヨミの願いを形にするのなら元から集めるでもなくモンスターの色々な特性を使えるような能力にすればいいし、ネイルなら単純に肉体的に強くなる能力で良い。


 だが、実際は――ネイルは相手が強ければ強いほど、それに比例して自分も強くなる能力で、ヨミは自分でコレクションするようにモンスターの力を手に入れなければならない。とはいえ、それを苦に感じていないってことは不便だとは思っていないってことだよな? つまり、性格やらも反映した上で能力が出来上がっていると考えるべきか?


「……じゃあ、俺もギルドに冒険者登録したらそういう能力が使えるってことか?」


「おそらくは、そうだと思います。まぁ……多分、大丈夫だとは思いますが……」


「何か不安な要素があるか?」


「いえ、これまでのドリフターは全員が冒険者になっているので大丈夫だとは思うのですが、この世界の冒険者とは命を賭して戦う者を意味します。あまり、望んでなるものでもないかと」


「ふむ。それなら、どうしてネイルとヨミは冒険者になったんだ?」


「適性があったんにゃ。成人した日に検査をして、適性があれば冒険者ににゃるのがお決まりにゃん」


「選択権は?」


「無いにゃん」


「フドーさんのいた世界はわかりませんが、この世界では冒険者になれなかったものが他の職に就きます。なので、おそらくは――」


「選択権は無いってわけか」


 ここまで来て――若干、適性が無い可能性もあるのが怖いところだが、今は生きてダンジョンを出て、ギルドで適性検査してもらうことを目標にするとしよう。


 戦いたくはない。というか、戦うことはできないが――そんな特殊能力みたいなものに心躍るのは当然だ。超能力、ロボット兵器にスーパーヒーロー――男はいくつになっても夢を見る。

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