閑話 紗希とエレナの出会い

1 「この状況で大人しくとか無理。」

「ねぇねぇ。そんなににらまないでよ。まるで僕が悪い人みたいじゃない。」


 高希達のクラスが地獄と化してから少しして、血の匂いが充満する学校の廊下には緊張感のない声が響いた。


「自分の友人を何のためらいもなく殺せるような人間は、間違っても良い人ではございませんよ。」


 その声に冷たく言葉を返したのは、学校の廊下には似合わない黒と青を基調とするメイド服を着た女性であった。


 廊下には他に人影は無く、足音もその2人分のものしか聞こえてこない。


 メイドは氷を思わせるような冷たくも美しい顔を少しだけ歪ませ、その鋭い眼差しで隣を歩く黒髪の美少女の外見をした『早乙女さおとめ 紗希さき』を警戒けいかいしながら歩く。


「それは一理あるねぇ。」


 紗希は何が楽しいのか、口元に少しだけ笑みをうかべ話しを続ける。


「ところでさ? ほんとに君たちに殺されなかった残りのクラスメイトは全員ちゃんと生かしてくれてるの? まさかとは思うけど、僕がこうしてる間に『やっぱ殺そっか!』とかなってないよね?」


「安心してください。あなたの命がかかってるいじょう、あのクラスの人間に危害は加えません。ですが、心配だというのなら今から確認の為戻っても良いのですが?」


 メイドは紗希の手元にある銃にチラリと視線を移した。


「うーん。まぁいいや。君達の事を信用しよう。まぁ僕も好き好んでこんなことしたくないしね。」


 紗希はメイドの視線に気付いたのか気付いてないのか、おもむろに銃口を顎にくっつけて言う。


 メイドはさらに顔をしかめる。先程のクラスでの失態を嫌でも思い出してしまうのだ。

 だがそれも仕方のないことだろう。

 まさかこの安全と言われる日本で本物の銃を扱えさらに友人を何のためらいもなく殺し、さらには自分の命まで賭ける高校生がいるなんて事を想定しろと言う方が酷だ。


「……信用してくださるのなら、今すぐその銃を返してはいただけませんか?」


「やだよ。じゃぁ僕はどうやって死ねばいいんだよ。いくらなんでも舌を噛み切って死ぬなんて嫌だよ?」


「まず死ぬという選択肢をなんとかしてくれないものですかね……。」


「自由にできる命は自分の命しかないからね。ちゃんと最大限の有効活用しないと。あっ、椛の命はフリーだから。皆自由に使っていいんだよ。……まぁそんなことより、君達の最高責任者の所にはまだつかないのかい?」


 紗希は、メイドと共にこうして廊下を2人で歩くことになった理由を口にした。


 というのも、紗希とメイドのせいで重傷を負った『毒島ぶすじま もみじ』と『佐藤さとう 高希こうき』が手当をする為にと白いガスマスクをした集団にクラスからどこかに運び出されて30分程経った時、暇を持て余した紗希が『君達の最高責任者に会わせてくれない?』と言ったのが始まりだ。


 勿論、メイドとその場にいた赤髪はそれは無理だと紗希にうったえる。だが、紗希の『会わせてくれないなら死んでやる!!』というなんともあんまりな発言に2人は頭を抱えた。


 別に紗希の言葉を無視してもかまわなかったのだが、2人は『早乙女さおとめ 紗希さき』の思考や行動が全く分からないのだ。それこそ、無視をしたら本当に自殺しかねないのではないかと疑うほどに。

 こうして苦悶くもんしたすえ、2人は仕方なく紗希に最高責任者に会わせるという約束をしたのだ。


 最初は赤髪が最高責任者の所まで案内をしようとしていたが、メイドが先程の失態を気にしてか自分が案内をすると赤髪に伝え、赤髪はそのままクラスで生き残った生徒の監視をすることで落ち着いたのだった。


「もう少しで御座いますの。最高責任者、私の御主人様方がいらっしゃるのは体育館ですので。」


「へぇそうなんだ。で、なんで体育館に?」


「一番広いからです。」


「何そのどうでもいい理由?」


「どうでもいいとはまた随分なものいいですね。まぁ、早乙女様は事情を知らないからそのようにのんきでいられるのでしょうけど。」


 メイドの言葉に少し棘が含まれていたが、紗希はそれを無視する。


「酷い事言うなぁ。少なくとも、学校を占拠された揚句あげくに目の前で何人か友人が殺されてるんだけどなぁ僕。」


「それを思うのなら、早乙女様は人間としてもう少し悲しみや怒りを見せた方がよろしいのでは?」


「いやいや、ないものは見せられないでしょ。」


「……そうですか。」


 紗希に人間らしさを問うても意味がないと、メイドは何度目かのため息をつく。


「にしても、早く会いたいなぁ。それでどういうつもりで僕達の学校を占拠し、未来ある若者達を惨殺ざんさつしたのか根掘り葉掘り聞かなくちゃね。」


「いいですか? 早乙女様が自分の命を人質にしているからこそ私はあなたに従い御主人様のいる所へと案内をしていますが、ゆっくりとお話しが出来るとは思わないで下さいね。 あの2人は今が一番忙しいはずなのですから。」


「まぁ学校占拠した直後だからねぇ。……2人?」


「占拠直後でもありますが、それ以上に忙しくなる理由があるのですよ。」


「へぇー。じゃ、その理由も聞かないとだねぇ……。……あれ? あの体育館の入り口にいる女の子、うちの学校の生徒じゃないね?」


 紗希とメイドが体育館に繋がる通路に差し掛かった時、1人の小さな少女が体育館の入り口に立っているのが見えた。


 赤いスカートにカッターシャツを着た髪の長い女の子は、メイドと目が合うと足早に近づいてきた。


 そして少女は隣にいる紗希に視線を移し、小さく頭をかしげる。


「早乙女様。この少女は私達の仲間です。名前を『イド』様と申します。」


「『井戸』ちゃんかぁ。珍しい名字だね。こんにちは。僕は『紗希』って言うんだ。宜しくね。」


 メイドのいった『イド』とは少しちがった発音で紗希は少女の名前を呼ぶ。


「……」


 しかし、少女は紗希の言葉に困ったような顔をするだけであった。


「? どうしたの?」


「早乙女様。申し訳ありませんが、イド様は喋れないのです。」


「えっ、そうなんだ。困ったね。」


 紗希は目の前の少女が喋れないと聞き、割と軽い感想を口にする。


「……?」


 少女はメイドに『どうしてここへ?』と身ぶり手ぶりで聞く。


「相変わらず可愛らしいですねイド様。 ……少し体育館に用事があるのですが、入ってもよろしいでしょうか? この『早乙女 紗希』様が『ご主人様』と『ティア』様に面会がしたいとおっしゃっていまして。」


「……」


 少女は、先ほどと同じように少し困ったような表情を顔に浮かべ首を横に振る。


「やはり難しいですか? それならば仕方が」


「……あら? 『アンナ』ちゃんじゃない! どうしたの? ん? そちらの美人さんは誰かしら?」


 メイドの言葉は横から聞こえて来た男の声に被せられた。


「おー。これは驚いた。」


 紗希はその声の主を見て小さく呟く。


 現れたのはボロボロのコートを着た異国の青年だった。

 確かに、自分の学校に小汚いボロボロのコートを着た知らない外国人が悠長な日本語(オネェ口調)で話しながら現れたら人は驚くだろうが、紗希が注目したのはそこではなくその青年の髪の色だ。


「外国人は髪の毛は青いのもいるんだなぁ…。」


 さっき赤髪もいたし、かんがえてみたら青もいるよねーと紗希はひとりで納得する。


 そんな紗希を無視し、青髪の青年に名前を呼ばれたメイドは渡りに船とばかりに話しだす。


「あぁ『ルノー』様。丁度良かったです。今この早乙女様と言う方が、私達の最高責任者と面会させてほしいとおっしゃっておりまして。とりあえずここまではご案内をしたのですが、やはりイド様の様子を見る限り今は難しいでしょうか?」


 ルノーとメイドに呼ばれた青年は事情を聞き、頬を掻いた。


「妹に? 今はちょっと無理かしらねぇ。なんかの手違いかは分からないけど、あの『奇跡の存在』、レベル0が2人も重傷で運ばれてきちゃってね? もう中はてんやわんやなのよ。」


「そ、そうでございましたか……。……それは、何と言いますか、た、タイミングが悪かったようですね……。えぇ。タイミングが……。」


 メイドはルノーの言葉に動揺し声を震わせながらもとぼけた。


「うーん……。もし急ぎの用事なら、とりあえず中に入って待ってみる?」


 メイドの動揺から何か勘違いしたのか、ルノーが体育館の扉に手をかける。

 体育館の中は外と違い白いガスマスクをした人であふれていた。誰かの叫び声やドタバタと走る足音といい、とても中にいる人に話しかけられる雰囲気ではない。


「あぁいえ! ……急ぎではないのでまた時間を開けてから伺います。私達が今体育館にいても邪魔になるだけでしょうし。」


「あらそう? でも、こんな状況で妹に会いに来るなんて、やっぱり本当は急ぎの用事だったんじゃないのかしら?」


「いえ、そういった訳ではないのです。というのも今は私たちのほうでも少し状況が悪くてですね……。」


「アンナちゃんが? 珍しいわねぇ……。でも、こんな状況だから何が起きても不思議じゃぁないわよね。」


「そう言って頂けると嬉しいです。では、私達はこれで失礼いたします。……確かルノー様は『2』以下の人間達への薬の投与するかかりでしたでしょうか?」


「えぇそうよ。まぁ任せてちょうだい。出来る限り早く、正確に終わらせてみせるわ。」


「お願い致します。……さて、早乙女様。やはり今は体育館に入れる状況ではなかったようです。今はまずクラスの方に戻り、時間が経過したら……。……早乙女様?」


 ルノーとの会話を終わらせ、メイドは隣に視線を送る。しかし、そこには先ほどの少女、イドがいるだけだった。イドはわたわたと手を動かしている。


「あら。アンナちゃんと一緒にいた美人さんならフラフラとどこかに歩いて行ったわよ?」


 動かなくなったメイドにルノーは声をかける。


「………どちらに……向かわれて…………いましたか?」


 メイドはルノーの方に振り返らず、まるで壊れかけのラジオのようにとぎれとぎれに聞く。


「うーん。あの方向だとグラウンドじゃないかしら?」


「……つまり、外ですか?」


「えぇ。まぁそうなるわね。……どうしたのアンナちゃん? 急に顔色が「あぁぁぁああああああああああああああああ!!!!」ど、どうしたのアンナちゃん!? 急に膝から崩れ落ちて叫ぶだなんてアンナちゃんらしくないわよ!?」


 メイドの急変ぶりに、話していたルノーだけじゃなくイドも驚き飛び上がる。


「あぁぁああああああああああもぉぉぉぉおおおおおおお!!!」


 しかしそんなの知ったこっちゃないとばかりにメイドは地面に手をつき叫ぶ。知り合いに会い少しでも警戒を解いた己を叱責するように……。


「アンナちゃん!! 落ち着いてアンナちゃん!! イドちゃん! ジュリアちゃん呼んで来て! ジュリアちゃんじゃないとこれ多分どうにもなんないわ!!」


「!!」


「もう何なんですかあのキチガイィィィィィイイイイ!!!」


「ちょっとアンナちゃん!? そんなこと叫んじゃだめよアンナちゃん!?」






 体育館の入り口前は、紗希というトラブルメーカーによりこうして混乱に包まれたのであった。




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