4 「役立たずな才能」

「……ふむ。とりあえず意識に別状もなく、見た限りどこかを痛めた様子も血が出てる様子もないな。防護服が少し破けてるくらいか。ただ汗がまだ引いてないのが気になるな」


 身長の高いクレアが俺の顔を覗き込むように見てくる。


 赤い髪が顔にかかりそうなほどだ。

 クレアって、口調が椛みたいに荒っぽいけど割と美人さんなんだよな。

 なんかいいにおいもするし、胸も結構ある。


 こんな口調は男勝りな感じなのに身体は女らしさの塊とか反則だろ……。


「おいクレア。童貞にそんな顔を近づけりゃそりゃ汗もでるってもんぜ?」


「椛だって童貞だろ! いい加減にしろ!!」


「あ゛ぁん!? 俺様は関係ないだろいい加減にしやがれ!!」


 椛はなんでいつもいらないことばかり言うんだ!


「ほう。童貞か。どおりで可愛らしい反応をすると」


「クレアも悪ノリするなよな! 顔がにやけてるぞ!?」


 クレアはにやけ顔のまま「悪い悪い」と俺から離れる。


「高希は反応が面白いな。まぁそんなことより、あれから10分くらい経ったが体調はどんな感じだ? まだ倦怠感とかは残っているのか?」


「そ、そんなことって……。倦怠感は大分なくなったが、なんかまだ身体が少し熱いかな」


「そうか。えーと、『副作用』を使用時の疲労感。そのあとの身体の熱・中々引かない汗……と」


 クレアはポケットから色々な付箋が貼られたメモ帳を取り出し何かを書きこんでいく。


 ……どうでもいいけど、ピンクのメモ帳で表紙に可愛いウサギのキャラクターが吹き出しで『秘密メモ』ってかかれてるの可愛いな。


「おい高希。ちょっとこっち向け」


「ん? どうした椛?」


「……目が赤くなってるぞ?」


「え、充血してる?」


「いや、黒目、瞳の部分が赤くなっている」


「マジで? 俺の眼そんなかっこいい状態になってんの?」


「言ってる場合かバカ。おいこれヤベーんじゃねぇのかクレア?」


 椛は俺の眼を指さしながらクレアに声をかける。


 人の眼に指をさすのは失礼じゃないのかと言いたいが、今はそれどころでもなさそうだ。


 自分でもどうなっているか見てみたいが、なにぶん眼だから鏡がないと確認が出来ない……。


「あぁそれは副作用を使った弊害だろう。副作用というものは使ったら身体のどこかに変化を起こすんだ」


「まてまて俺様そんなこと聞いてねぇぞ!? なんでお前らは割と重要なことをサラッと言ったり後から伝えるんだ!?」


「えーと、副作用を使ったら目が赤くなるんですか?」


「高希はそうみたいだな。他にも、副作用を使ったら爪が以上に伸びる奴や吐血をする奴とか色々なパターンがある。まぁ目が赤くなるパターンは時間がたてば治るから心配することはない」


「いやいや吐血は笑えねぇぞ!? 俺様が副作用使ったらどうなるんだ!?」


「私に聞かれても困る。骨とか無くなるんじゃないのか?」


「もしかしたら椛の場合便意が止まらなくなるのかもな」


「よし分かった俺様ぜってぇ副作用つかわねぇわ!!」


「いやそんな宣言されても……」


 そういってクレアは椛を困った子共を見るような目で見る。


 こんなふうに椛はちょくちょく宣言をするがその宣言が果たされたことはあまりない。


 多分近いうちに椛も副作用を使うことになるだろうし、その時にどんな事が起きるのか今から楽しみだな。


「あぁそうだ。それでさっきの話しの続きだが、高希は副作用を使ったらあそこにいたと言っていたな」


 固い決意をする椛を横目にクレアは先程の俺について話を始めた。


 副作用を使った俺の状態を忘れないうちにメモしなければとクレアが話を途中で打ち切ったせいで俺も何を話していたか忘れかけてた。


 確か俺がダッシュしたら遠くにあったカーブミラーの所まで瞬間移動していて、そのカーブミラーがどうやら俺がぶつかった衝撃で壊れたって話だったよな。


 これだけを聞けば俺は何言ってるんだろうってなるのだが、これが本当の事だから困る。


「急に景色が変わったから驚いたな」


「それはそうだろう。私も驚いた。そこで少し考えたのだが、高希の副作用である ≪身体強化≫ は先程の『殴っただけで人の頭が爆発するほどの腕力』・『ダッシュしたらぶつかっただけでカーブミラーがへし折れるくらいの速さを出す脚力』・『物凄い速さでカーブミラーに正面からからぶつかっても無傷という身体の耐久力の向上』から考えると、もしかしたら方向性が数多くいる≪身体強化≫系の中でも稀な『完全な全ての身体能力の向上』になるのかもしれないな」


「稀ってことは珍しいのか?」


「珍しいし、貴重だ。 ≪身体強化≫ ではさきほども説明したとおり『腕力上昇』『脚力上昇』『耐久力上昇』と普通は個別に身体が強化されるんだ。それと、どれくらい向上しているかを示すためレベル1~5であらわされる。例えばデータ表、高希と椛が渡されたような書類には


 ・≪身体強化≫ 『腕力上昇』 レベル2

 ・≪身体強化≫ 『耐久力上昇』 レベル3


 のように書かれるな。」


「あっ。レベルってそういう意味だったんですか。」


 クレアがなんとか分かりやすいようにと説明をしてくれる。


 この人、割と親切でマジメだよな。


「1~5だぁ? だが高希は


 ・≪身体強化≫ レベル6


 って書かれてたと言ってたぞ」


 いつも通り説明にケチをつけ出す椛。


 とはいっても今回は俺も同じところに疑問を持った。


 見間違いではなく確かに俺のデータ表には ≪身体強化≫ レベル6 と書かれていた。


 これではクレアの説明と食い違ってしまう。


「それに俺のデータ表には『腕力上昇』とかはなく≪身体強化≫へ直接レベル6って書かれてたぞ?」


「多分そこが高希が≪ネームド≫である所以なんだろう。」


「≪ネームド≫って、『役立たずな才能』のことだよな?」


 確か≪ネームド≫ってのは薬によって現れた沢山の副作用の中でも更に特異で強力な副作用にのみつけられる称号みたいなものだったよな。


「そうだ。きっと『ティア』はこうして直接見ないでも高希のデータを見ただけでこうなると分かって、こんな皮肉下な≪ネームド≫を授けたんだな。」


「ティアって?」


 知らない名前が出て来たな。というか皮肉?


「ある天才の名前さ。『方向性』『副作用』を最初に把握・分類し、『人類進化薬』を作り出した私達『人類最終永続機関』のもう一人の最高責任者だ。」


 えっ。最高責任者って2人いるの? 最高って書いてるのに?


「おいなんだそいつ。詳しく教えろ」


「因みに私もこれ以上ティアという人物については知らないから質問しても意味ないからな?」


「……カッ。まぁたそのパターンかよ。」


「なんていうか、『人類最終永続機関』も複雑なんだな」


「あたりまえだ。全人類を救おうって機関なんだぞ」


「……まぁ人類をしっかり救ってるのかって話しは置いておいて、俺の≪ネームド≫が皮肉な訳は?」


 とりあえずそのティアって人はあとで紗希かジュリアに聞いてみよう。

 今重要なのは俺の副作用についてだ。


「話すと長くなるのだが」


「2行で頼む」


「めちゃくちゃ凄い能力だが、

 肝心の高希には一切使えない

 なぜなら高希はクソザコだから」


「3行じゃねぇか」


「そしてバカにされたよな俺?」


 いまの余分な3行目は俺を貶す為だけに足されたよな?


 別に2行でも言いたいこと伝わったよな?


「まぁ噛み砕いて分かりやすく言うと、まずレベルというものは普通は最大でも5なんだ。勿論、1が弱くて5が強いという並びでな。で、高希のデータ表に書かれていたレベル6というのはもうその尺度ではあらわせられない、理解不能意味不明なレベルなんだ」


「……つまり、俺の体は最強ってことでよろしいか?」


「よろしくねぇよ。いいか? つまり、高希は理解不能意味不明な自分の身体を頭では操縦不可能ってことだ」


「え? そうなの?」


「だって高希、お前は気づいたらカーブミラーのとこにいたんだろ? 自分の行動に目と頭が追いついてねぇってことだ」


「椛の言う通りだ。つまり高希はものすごい副作用を持ってはいるが、強すぎて使えないんだよ」


「いやでも、『副作用』でゾンビ倒せたが?」


 強すぎて使えないとは言うが、これでも2体のゾンビをその副作用で倒したんだぞ? 


 いや2体目のゾンビは俺に轢かれてどっかに飛んでいったらしいから実感がないが。


 そんなふうに考える俺にクレアはため息交じりに言う。


「高希。お前は一発殴ったりダッシュしただけで疲労感を感じる力を連続して使えると本気で思っているのか? 当たり前だがゾンビは1体ずつ来てくれるわけではない。むしろ群れで来る事の方が多い。疲労感で動けないところを囲まれるなんて映画だけで充分だぞ? それに、先ほどのダッシュだが方向転換はおろか止まる事も出来ないし、ダッシュした後は態勢を立て直すのにも時間がかかるみたいじゃないか。もしダッシュした先にゾンビたちがいたらどうするんだ? 最悪ゾンビの群れの中心に間違って突っ込む可能性だってあるんだぞ」


「うっ…」


 俺の『副作用』の欠点をクレアはスラスラと上げて行く。


 俺もなにか言い返そうと考えてはみるが、クレアの言うことはどれもが正論なので何も言えない。


「うっわそりゃ確かに『制御できない副作用』、≪ネームド≫通り『役立たずな才能』だなぁおい」


「椛は黙ってろ!」


最強能力チートを持つ最弱さんチーッス!!」


 椛は煽ることに人生かけてんのか!?


「いやほんと、チート持ちのザコとか小説でもみな痛い!?」


「とにかく、今回は副作用を使用するな。わかったか?」


 水を得た魚のように俺を煽る椛をクレアは叩きながら言う。


 さっきは副作用を使ってみろと言い、今度は副作用の使用はするなってか。


「……なんというか、『役立たずな才能』って慣れとか特訓で何とかならないのか?」


「可能性はあるが、今は時間がない」


「ですよねー」


 力があるのに使っちゃいけないとか生殺しだ……。

 もっと漫画のヒーローみたいに特殊能力をばんばん使ってみたいのに……。


「さぁ。休憩は終わりだ」


 落ち込む俺をあえて無視したのか、クレアはそう言った。


「もう少しで人の多く住んでいた地域に入る。念を押すようだが、高希は私の許可なしに副作用は使わないようにしろ。いいか? 絶対に許可なしで使うんじゃないぞ? 絶対だからな?」


「なんかあれだな。『押すなよ? 絶対押すなよ!?』ってやつに聞こえてくるな」



 椛はいらんことを言って、またクレアに叩かれていた。


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