第9話

「守り切れなかった俺じゃあ、君の生きる理由には、なれない、かな。俺は、いつかユーフェミアに会うために勉強して、剣術訓練も受けて、必死で頑張った。それは全て、君といつか二人で暮らしていくため。ユーフェミアは、俺と生きるのは嫌?」


嫌じゃない、嫌じゃないよ。でもね、もう疲れたんだ。


そう言葉に出したいのに、声がうまく出せなくて、息だけが吐き出されていく。


「ユーフェミアの人生、俺にちょうだい。俺のためだけに、生きてほしい」


 誰かに必要とされる人生であればよかった、誰かに幸せを運べる人でありたかった。もしもう一度許されるのであれば、生きてみたい。


「つかれたの……もう……」


「うん、今はゆっくり休んで、また元気になったらいろんなことを体験しよう」


『ユーフェミア、幸せにおなりなさい』


おばあさんの声が頭の中に響いた気がした。私のことを、許してくれるのだろうか。


『自由に、なりなさい』


『僕たちはずっと、お姉さまと一緒だよ』


 そんな言葉が、聞こえるようだ。みんなが私の背を押してくれているのか、暖かな風がふわりと私の頬を撫でていく。


「ユーフェミア、行こう」


「……うん」


 躊躇う私の背を押すように後ろから強い風が吹き、私をオリヴァーの方へ押していく。それに身を任せて、私はオリヴァーに連れられて歩いた。


「ユーフェミア、君は一人じゃないからね」


 私の前を、手を引いて歩いてくれた彼。立ち止まったかと思うと、私を抱きしめてそう囁いた。その瞬間、世界は暗転した。


「おかえり、ユーフェミア」


 そんな声が聞こえて重たい瞼を開くと、視界いっぱいに、オリヴァーの顔があった。何か言いたくて、でも喉が張り付いたみたいに声が出せない。


「ああ、無理して声は出さなくていいよ。とりあえず、水ね。ゆっくり、焦らず飲んで」

水差しで水を与えてくれる彼に甘えて、何も考えずに彼の言葉に耳を傾ける。


「一緒に生きてくれる選択をしてくれて、本当にありがとう。まずは身体を治そうね」


「……」


 こくり、と頷くが酷い痛みが身体を襲う。どこかを動かそうとしても、あちこちが痛みで動かしづらい。視界もなんだか狭いと思い、なんとか腕を動かして違和感のある顔の方へ持っていけば、顔半分が包帯で覆われていた。


「ユーフェミア、心配かもしれないけど、大丈夫だよ。絶対、全部治るからね」


 それからは、オリヴァーと、年配の女性、二人に助けられながら、身体を休める日々を送った。オリヴァーがいない間はその女性が私の世話をしてくれた。黒い髪の毛や目を見ても、全然嫌がったりしない、素敵な女性だ。どこかおばあさんを感じさせる人でもある。


「ユーフェミア様、お身体の具合はどうですか? 今日の料理をお持ちしましたよ」


 優しい彼女は、まだまだ一人で起き上がることも、話すことさえもできない私のことを親身になって支えてくれる。そんな彼女はオギさんという。


「ユーフェミア様、食べられるだけで構いませんからね」


 オギさんに介助されながら食事をする。離乳食のようなそれらを食み、ゆっくりと飲み込む動作を繰り返す。


「今日もたくさん食べられましたね! それでは苦いですけれど、お薬とそのあと、これを食べましょう」


 これでもかというほど苦い薬湯を飲み込んだ後、すぐにすりおろしの果物をスプーンに乗せて口元まで運ばれる。まだ自分で手を使えないから、こうして食事を介助してもらっている。最初の方は飲み込むのも難しいくらいだったから、ずいぶんと身体は治ってきているように思う。


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