第5話

俺が一度合図したら相手の背後に回り込みもう一度合図したら飛び出してくれ。」

  あと移動する時は出来るだけ音を立ててな、華淑にそうとだけ注文をつけた白嬰はそこら辺に落ちていた手頃な石を手に取り握り心地を確かめていた。

  そして、一度肺の中の空気を全て吐き出し深く深呼吸をした。

  緊張は体を硬ばらせる。

  体が強張れば俊敏な動きができない。

  故に気分を落ち着かせ体を脱力させる。

  よし、大丈夫だ。

  白嬰は震える体を笑みに封じ込め自身にそう暗示をかけた。

  機会は一度きりもし失敗すれば十中八九自分の命はないだろう。

  「成功すりゃいいだけの話だ。」

  白嬰は自分を奮い立たせるため小さく呟いた。

 

  男たちは泉のほとりで女人をなぶっている。

  それを見てふつふつと湧いてくる怒りで早りそうな心を抑え白嬰は好機を待つ。

  長身は女人にまたがり手に持っている匕首あいくちを振り回している。

  そして、匕首を女人の体に突き立てるため自分の頭上より高く掲げた瞬間、白嬰は力強く握りしめた拳大の石を思い切りぶん投げた。


 

  飛燕のごとき速度で石は凶器を握る長身の右手を捉えた。

  「いっ…」

  突然自身の利き腕を襲った痛みに顔をしかめ長身は思わず匕首を取り落とした。

  それと同時に白嬰は華淑に一度目の合図をする。

  華淑は指示を受け取るが早いか、それきたとばかりに走り出した。

 


  白嬰たちが今いるここの地形は泉を中心とした円形を描いている。

  しかも、円周をなぞるように森が広がっておりそこを通るものを完全に覆い隠してしまう。

  静かに移動すればこれほど隠密行動に適した地形はないだろう。

  だが、華淑は白嬰に言われた通りなるべく派手に音を立てて男たちの背後に回りこんだ。

  本来ならば地形を利用して得ることができる利点をただ捨てたかのように思える。

  当然男たちに白嬰らの存在が知れ渡ってしまった。

  だが、白嬰はあえて自分の切り札を捨てたことには理由がある。

  それは華淑が先ほどから派手に立てている音である。

 

  茂みの揺れが次々に連動して発するガサガサとした音やカチャカチャとした金属音は男たちに敵が大人数だと錯覚させる。

  音により自分達を現実以上の化け物へと創り上げるのだ。

  それだけではない。

  自分たちの背後へと回りこむ音により男たちの注意を石が投げられた方向(白嬰がいる場所)から逸らすのも目的だった。

  案の定、音に引きつけられ男たちの警戒は自分たちの背後へと向かい、ついに白嬰のいる方向に背を向けた瞬間白嬰は潜んでいた茂みから飛矢のごとく飛び出した。


  「なっ…」

  敵が完全に自分の向いている方にいると思い込んでいた長身の呆けた顔に勢いを殺さず思いっきり飛び膝蹴りを食らわし、倒れ込んだところで首を思いっきり踏みつけた。

  長身はグエッとカエルみたいな呻き声を上げて動かなくなった。

  自分と長身の体格差ならば死んではいないはずだ。

  …たぶん。

  まず一人。

 

  「でめぇ。」

 虚をつかれ目の前で兄貴をやられ頭に血が上った肥満は怒声をあげ殴りかかってくる。

  白嬰は先ほど唇を切って口内に溜まった血を霧状に吹きかけ肥満の目を潰した。

  そして、苦し紛れに振るわれた大振りの拳をやすやすと躱し懐に潜り込んだ。

  潜り込んだと同時に白嬰の放った蹴りは肥満の股間に吸い込まれていく。

  肥満は悶絶し前のめりになる。

  それだけでは終わらず股間に突き刺さった右足をそのまま肥満の太ももに滑らせそれを土台にして跳躍し左膝を肥満の顎に突き立てた。

  舌を噛んだのか口から血を流し倒れ込む肥満の肩を発射台にし、急いで懐の武器を弄まさぐっていた痩身の顔にドロップキックをかましそのままそこに着地する。

  痩身が自分の足の裏でピクピクと痙攣するのを感じて流石に少し可哀想だとは思った。

  痩身は直接には行為に加担していないのだから。

  だが、抗議すらしなかった時点でこいつも同罪だ。

  そう自分を納得させ気をとり直した白嬰はついに最後の一人となった角刈りと対峙した。

 

  「テメェ何もんだ?」

  角刈りは頭に青筋を立てて聞いてくる。

  白嬰はニヤリと笑っただけで答えない。

  「チッ、まぁいい。何もんだか知らねぇがそこら辺にいる転がってる屑どもを俺の代わりに殴ってくれたのは感謝するが悪りぃな。俺にも事情があってなテメェを斬り殺さなきゃ帰れねんだわ。」

  角刈りはそう言って腰に帯びた剣を抜き深く構えた。

  空気がピリつき角刈りの雰囲気がガラリと変わった。

  あと数秒後には虚ろな目をした自分の首が地に転がっているだろう。

  だが、そうはならない。

  白嬰はもう一度不敵に笑い背負った剣を前に投げ捨てた。

  そして、地面に落とした剣から少し後ろに離れた。

  「何のつもりだ?」

  当然角刈りは疑問に思い理由を尋ねてくる。

  先ほどから観察していてわかったことだがやはり角刈りこいつは正々堂々としたことを好む熱血漢だ。

  先ほど長身や肥満に見せた態度がそれを物語っている。

  概おおむね親族でも人質に取られているのだろう。

  でなければこんな直情型な人間がコイツらみたいな外道と行動を共にするはずがない。

 


  そのような人間が武器を捨てた無抵抗な自分より体格も技術も劣る少年を斬り殺すはずがない。

  白嬰はそう見て武器を捨てた。

  全ては先ほど音を立てた正体から意識を少しでも逸らすため。

 

  白嬰は目一杯腕を前に突き出し角刈りにすら聞こえるか聞こえないかわからないほど低い声で二度目の合図を送った。

  「今だ!華淑。」

  先ほどからずっと森の中で待機していた華淑は白嬰の二度目の合図を受け取り茂みから音を立てながら飛び出した。

  「チッ、しまった。」

  白嬰の策が功を奏し確かに角刈りの意識は華淑から離れていた。

  だが、それでも研ぎ澄まされた角刈りの剣は振り向きざま一閃で奇襲を仕掛けてきた人間を屠ることができた。

  そう、相手が人間ならば。

  「なっ…うま?!」

  角刈りが放った一撃はそれを軽々と飛び越えた華淑により空を切った。

  角刈りの頭はほんの瞬きの間だけ理解が追いつかず混乱した。

 

  その一瞬の動揺が命取りとなった。

  白嬰は合図を送ったと同時に距離を詰め地面に転がった剣を右足で蹴り上げ、着地した華淑を踏み台にして空高く舞い上がった。

  これにより再び白嬰の方を向き返った角刈りの視界から一瞬姿をくらました。

  白嬰は空中で柄を掴みそのまま抜刀する。

  そして、 鞘を刀身で滑らせそのまま角刈りの小手を打った。

  刀身ではなく鞘で打つことにより間合いが約二倍に伸び角刈りの虚をついたのだ。

  意図せぬ空うえからの攻撃と相まって角刈りは武器を取り落とす。

  小手を打つと同時に白嬰は角刈りの懐に潜り込む。



  (金的かそれとも刺突のどちらかだ。)

  だが、さすが戦い慣れしてるだけはある。

  このような状況でも冷静さを失わず敵である少年が取れる攻撃パターンを二つに絞った。

 

  一つ目は先ほど白嬰が肥満の懐に潜った際に行った金的からの顎蹴りである。

  この急所への集中攻撃は食らったら大の大人でも卒倒させることができるのは肥満が身をもって証明している。

  そして二つ目は最も素早く繰り出せてしかも殺傷力も高い剣を用いた刺突である。

  それ以外に自分を一撃で倒せる手段は無い。

もう手加減しない。

  もう子供とはみなさない。

  金的が来たらそのまま軸足を崩しマウントをとり首をへし折る。

  刺突が来たら剣を脇で掴んで奪い取り逆に斬り殺してやる。

 

  角刈りの読みは理にかなっていたし実際白嬰一人ならそれしかなかっただろう。

  だが彼はここでも読み間違えた。

  白嬰にはとても頼りになる親友が付いていたことに最後まで気づけなかった。

 

 

  華淑は白嬰が飛ぶと同時に落としていった袋を後ろ足で蹴り飛ばした。

  飛来する袋を振り返りもせず受け取った白嬰は剣を角刈りに向かって投げ、慌てて躱したところでその頭に銅貨の詰まった袋を叩きつけた。

  打撃はこめかみに直撃したらしく角刈りは白目をむき地にその影を沈めた。

  これで最後だ。


  白嬰は、はぁはぁと乱れた息を整え辺りを見渡すとそこには自分が倒した地にひれ伏す四人の男たちと周囲の状況が飲み込めず唖然とする女人の姿があった。

  白嬰はゆっくりと女人の方へと近づいていった。

  何か考えていたわけでもない。

  だが、守れたという誇らしさと安堵が一気に押し寄せて来て自然と笑みがこぼれた。

 


  「もう、大丈夫ですよ。」

 

 

 

 

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