第263話 エルフたちの事情

 エルフの森を覆っていた不穏な魔力は消し去り、再び穏やかな空気が戻ってきた。

 レクシーたちと合流した俺は、そのまま操られていたエルフたちのもとへと向かう。どうやら、全員ファンディアに操られていた時の記憶をなくしているようだが、「魔人族が森へと侵入し、自分たちを操った」ということは覚えていたらしい。


 また、彼らは魔人族であるファンディアがなぜこのエルフの森へ入ることができたのか――その理由も知っていた。


「この森を明け渡し、自分たちだけは魔王軍から見逃してもらう……そう考えた者たちがいるようだ」


 操られていた戦士たちのリーダーを務めるニルスという若い男性エルフが、そう教えてくれた。長命のエルフだからだいぶ年上なのだろうが、外見年齢は俺と大して変わらないくらいだ。


「そ、そんなことが……」

「我らエルフにとって、この森は何よりも代えがたい存在……それを、己が命を守るために魔人族へ渡すなどと……」


 ニルスは憤慨していた。

 この場合、明け渡した者の命は助かるが……森に残された多くのエルフは魔人族の犠牲となる。……まあ、それを見越した上で明け渡したのだろうが。


「その明け渡したエルフというのは今どこに?」

「殺されたよ……君が戦ったというあの魔人族に」


 ……哀れなものだ。

 仲間を裏切り、自分だけ助かろうとした者の末路……きっと、森を明け渡す交換条件でもあったのだろう。でなければ、連中の誘いに乗っかるとも思えない。同じ助かるなら人間側についた方が安全だったはずだし。

 まあ、そういう選択肢が浮かばないくらい、エルフ族にとって人間との間にある溝は深いってことなのか。

 

 とはいえ、一族を滅亡の危機にさらしたのは紛れもない事実。

 ニルスたちエルフの戦士たちも、どちらかといえばそちらに対する怒りが勝っているように映った。


「それにしても、あの魔人族の幻影魔法によく打ち勝てましたね」

「まあ、魔人族との戦いには慣れているから」

「慣れている? ――っ!? もしや! 君があの、魔族六将を次々と打ち破っているという魔剣使いの商人!?」

「えっ?」


 驚きながら尋ねるニルス。

 ……たぶん、それは俺のことだよな。


「あ、ああ、そうだと思う」

「なんと……いや、お会いできて光栄だ」


 ニルスを皮切りに、次から次へとエルフたちから握手攻めを受ける俺。どうやら、彼らは俺がデザンタやアイアレンといった魔族六将たちを倒したという噂を耳にし、一度会ってみたいと前々から思っていたらしい。

 まさか……エルフから握手を求められる日が来るとはな。


 それともうひとつ。

 彼ら戦士たちの多くは、レクシーのことを覚えていた。

 レクシーの母親がこの森の出身者ということもあり、印象に残っている者が多いとのこと。


「レクシー……君にもいろいろと伝えたいことがある」

「あ、あたしに?」

「うむ。それから、村のみんなにも脅威が去ったことを報告しないといけない。一度戻って、そこで話そう」


 確かに、シェルニたちにも無事を報告しないといけないしな。

 思わぬトラブルだったが、これでエルフ族との交渉は円滑に進みそうだ。

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