第176話 荒れる王都
アルヴィンが鉄塊のアイアレンを撃破し、折れた魔剣を修復してダビンクへ戻って来た頃の同時期――
エルドゥーク王国の王都は魔族六将の半分が倒されたことで大きな盛り上がりを見せていた。
これまで、表向きは騎士団を応援しつつも、内心とてもじゃないが人間など歯が立たないだろうと思っていた民衆にとって、この快進撃は誤算かつ大変喜ばしいものということで、数日にわたりお祭り騒ぎとなっていたのだ。
だが、王国の内情としてはまったく喜べない事態となっていた。
その最たる理由は――救世主ガナードの失踪である。
リュドミーラ、タイタス、フェリオが気を失っている間、氷雨のシューヴァルとガナードは一騎打ちを繰り広げていた。
しかし、彼らが目を覚ました時、ガナードの姿もシューヴァルの姿も消え去っていた。それだけでなく、シューヴァルが人間界での拠点としていた砦までもが消失していたのである。
このことから、リュドミーラたちは帰還後、「ガナードはシューヴァルと戦って相打ちとなった」と報告。
現状から判断するに、それがもっとも可能性がある――が、救世主パーティーを裏から取りまとめるベシデル枢機卿は信じなかった。
ガナードを救世主に押し上げたことで今の立場を築いたベシデルにとって、そのガナードが失踪したというのはこれ以上ないダメージとなる。
周りには特別な鍛錬を行っていると言い訳をし、タイタスたちにガナードを捜索するよう命じる。
だが、タイタスとフェリオのふたりは、真面目にその命令を遂行する気がなかった。
彼らとガナードはアルヴィンたちのような強い絆で結ばれた仲間というわけではない。損得勘定の上に成り立つ薄くて脆い関係だ。
ゆえに、これ以上の恩恵が望めそうにないと分かると、この辺りが潮時かと思うようになっていた。
聖拳士と大魔導士であるふたりならば、ピンでも十分仕事がある。
氷雨のシューヴァルの実力を目の当たりにした頃から、魔族六将に対して自分たちの力が遠く及ばないと感じていたことも、救世主パーティーという肩書に見切りをつける材料となっていた。
一方、そう簡単に引き下がれないのは御三家の一角であるハイゼルフォード家の令嬢・リュドミーラだ。
かつて、救世主ガナードの妻になるため、同じ御三家に数えられるハイゼルフォードとレイネスの令嬢と張り合っていた――が、気がつくとそのふたりが撤退。事実上、ハイゼルフォードのひとり勝ちになった、とほくそ笑んでいた。
しかし、現実はまったく想定していなかった方向へ流れ始めた。
ガナードは聖剣使いの救世主とは思えない、心身ともに脆弱な存在であり、おまけにモンスターや魔人族の力を弱めるとされる聖剣の力を存分に発揮できなくなってしまった。こうなると、技術のないガナードは一般剣士以下の力しかない。
本来ならば、リュドミーラもここでガナードに見切りをつけたいところだが、他の御三家令嬢とは違い、焦るあまりすでにガナードとは婚約をしてしまっている。
これがもし婚約破棄となったら、ハイゼルフォード家の令嬢という立場に大きな傷がついてしまう。
なまじ、相手が救世主という知名度が高く、事情を知らない民衆からの評価が高い存在であるため、普通の婚約破棄とはダメージ量が違ってくる。
リュドミーラに残された道は、ガナードを覚醒させることだけだった。
そのため、非協力的なタイタスやフェリオに頼らず、ハイゼルフォードの力で捜索に当たろうと準備を続けていた。
救世主パーティーは、今大きく揺れ動こうとしている。
◇◇◇
エルドゥーク王国――王宮の一角。
「そうか……ガナードが消えたか」
薄暗い部屋に置かれた執務机に肘を置き、目の前にいる女騎士へそう呟いたのは、このエルドゥーク王国の第二王子・リシャールであった。
エルドゥーク王には四人の息子がおり、彼はその次男に当たる。
「はい。ベシデル枢機卿は鍛錬の旅に出たと主張していますが……どうもキナ臭いです」
そのリシャール王子と話しているのは彼の近衛兵である女騎士・アルメイダ。青く長い髪をポニーテールでまとめた彼女は、さらに話を続ける。
「もはや我らの希望は、魔剣を扱う例の商人だけです」
「アルヴィン、と言ったか。かつては救世主パーティーにいたようだが……ガナードの逆鱗にでも触れたか?」
リシャールは大きく息を吐き、
「アルメイダ……ひとつ頼まれてくれないか?」
近衛騎士アルメイダへ、ある任務を与えた。
――のちに、この任務がアルヴィンたちの運命を大きく左右することになる。
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