第62話 救世主の焦り

 ベシデル枢機卿から「早急に成果を出せ」と迫られた救世主ガナードは焦っていた。


 というのも、ベシデルの言う成果とは――魔王軍の幹部である【魔族六将】のひとりである砂塵のデザンタを倒すことだったからだ。


 アルヴィンをパーティーから追放し、新たにミーシャとラッセという新メンバーを加えたのだが、その新メンバー参戦後の戦績は散々たるものだった。


 特に尾を引いていたのは、ゴブリン討伐クエストの失敗だった。

 

 ガナードの認識では、ゴブリンなど雑魚中の雑魚。聖剣を手にする彼にとって、そんなゴブリンたちを倒す任務など、朝飯前――だと思っていたが、戦況はガナードの想像を遥かに超える苦戦ぶりをみせた。

 単体での力差で劣るゴブリンは策をめぐらし、ガナードたちはまんまとその策にハマってしまったのだ。

 おまけに、その失敗したクエストを成功させたのが、パーティーを追い出したアルヴィンだという。それもまた、ガナードの怒りを増幅させる要因となっていた。



 

 魔族六将討伐の命を受けたガナードは、ベシデル枢機卿を通して騎士団から全軍の指揮を執る総指揮官に任命された。


 これにより、ガナードの退路は完全に断たれた。

 今のパーティーとエルドゥーク王国騎士団の力を結集し、自らの指揮で勝利へと導かねばならない。

 ただ、大きな誤算があった。

 それは御三家の令嬢をパーティーに加えることができなかったことだ。

 新メンバーであるラッセとミーシャはあくまでもつなぎ。ガナードの本命は、いずれ自分の妻となる、優れた才能を持った三人の少女たちであった。


 そのために、ガナードはわざわざ御三家の屋敷を訪ねて当主に気に入られようと精一杯のゴマすりを行った。

 だが、御三家同士の仲が決して良好でないことを知ると、三人の令嬢を取り入れようとした計画はその雲行きが怪しくなる。その証拠というべきか、当主たちはガナードを信頼し、娘をパーティーへ預けることをしなかった。


 これはガナードにとって想定外だった。


 それまで、しつこいくらいに御三家の当主から面会を迫られており、しかも決まってわざとらしく娘の話題を織り交ぜていた。

 そしてとうとう、「娘を婚約者に」という流れになったのだ。


 ガナードはこの申し出をすべて受け入れた。

 

 勢いのままに行動し、それがすべて成功を収めている。だから今回もうまくいくと、根拠もなく思っていたのだ。

 ――だが、そうした成功の陰には漏れなくアルヴィンの存在があったことを、ガナードは理解していなかった。

 おまけに、討伐クエストがうまくいき、周囲から感謝されることで調子に乗ったガナードが起こしてきた悪行の数々。これまではその振る舞いを大目に見てきた人々も、ここまで失敗続きでは、さすがに疑惑の目を向けるようになった。


 こうした噂は、御三家の当主たちの耳にも届いていた。


 そのため、娘をパーティーへ預けることを躊躇し始めたのだ。

 唯一、ハイゼルフォード家だけが最後まで協力に前向きな態度だったが、それもいつ覆るか分からない。

 事前に見込んでいたメンバーが加わらなくなったことで、救世主パーティーの戦力は大きく落ちる。それでも、ガナードはまだ自分と聖剣の力を疑わなかった。

 これまでの失敗は自分のせいでなく、周りが足を引っ張ったからだ。

 聖剣の力を引き出して戦えば、魔族六将とはいえ物の数ではない。

 

 ガナードは呪詛のように何度もそう呟き、デザンタが軍を展開する西部の砂漠地帯へ向けて騎士団と共に進軍しようとしていた。




 ――だが、その進軍前日に事件は起きた。

 

「ガナード!」


 エルドゥーク城内に用意されたガナード私室に、パーティーメンバーであるフェリオが駆け込んできた。


「なんだ、フェリオ」

「そ、それが……」


 フェリオは一枚の紙を手に持っていた。

 ガナードはそれが元凶であると見て、フェリオから奪う。

 そこには文字が書かれていた。読んでいくと、


「!? あ、あいつら……」


 それは置手紙だった。

 送り主は新メンバーとして加わったミーシャとラッセのふたりだ。

 その内容は――救世主パーティーを抜けるというものだった。


「ぐっ……」


 ふたりからの手紙を、ガナードは力いっぱい握りしめて潰す。ミーシャもラッセも、これ以上パーティーに加わっていたところで旨味はないと判断し、見切ったのだ。周りからはまだ気づかれていなくても、パーティーの一員であるふたりには、ガナードの変化がハッキリと分かったのだろう。


「ど、どうする? タイタスはタイタスでなんか負傷して戻って来てずっとイラついているし……」

「ふん! どうもこうもしない。直前になって逃げだす腰抜けなど放っておけ。どのみちあいつらはつなぎ役だ。御三家の令嬢が合流したら、こっちから切ってやるつもりだった……問題ない」

「……で、その御三家の令嬢はいつ合流するのかしら?」


 苛立ちをのぞかせながら、フェリオが尋ねる。

 だが、ガナードはまともに取り合おうとしない。


「出立は三日後だ。それまでにコンディションを整えておけ。それと、同じことをタイタスにも伝えておけよ」

「あなたはどうするの? また御三家の屋敷を訪ねて、娘を誘いに行くの?」

「……早く行け」


 最後まで答えず、ガナードは厄介払いをするかのごとく、フェリオへ退室を促した。




 救世主パーティーと魔王軍幹部。

 両者が激突する日は、もう間もなくに迫っていた。

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