第10話 パーティー崩壊への序章

 救世主パーティーは新しいクエストに挑んでいた。

 その内容は森林に住みついたゴブリンの討伐。

 これまでの実績からすれば、なんの苦労もなく達成できる簡単なものだ。


「ギーッ!」

「おらぁ!」


 襲いかかってくるゴブリンを聖剣で片っ端から斬り捨てていく救世主のガナード。その左右を、タイタスと新メンバーのラッセがフォローに回っている。三人の背後には魔導士のフェリオと、ラッセと同じく新メンバーのミーシャが後方支援に努めていた。


 完璧な布陣。

 隙など微塵もない。


 それどころか、役立たずのアルヴィンが抜け、新たに有能なふたりのメンバーが加わったことで、以前より強化されている――その絶対的な自信があった。


 実際、ガナードたちは苦労することなく、森の奥へと進んでいく。


「楽勝っすね、ガナード様」

「へっ! 物足りないくらいだぜ」

「まったくだな」


 血気盛んな男三人は気力と自信に満ち溢れていた。


「それにしても、いいクエストを探してきたじゃねぇか、ミーシャ」

「ふふん! それほどでもあるわよ♪」


 今回のクエストを冒険者ギルドで見つけてきたのは、アルヴィンの穴埋めとしてパーティーの雑務を担当する情報屋のミーシャだった。


「たかがゴブリンの討伐クエストにAランクをつけるなんて……よっぽどここの冒険者はレベルが低いのね」


 呆れたようにフェリオは言うが、ガナードの方は上機嫌だった。


「その方が俺たちにとっちゃ好都合だ。たいしたクエストでもねぇのに、大金が転がり込んでくるんだからよ!」

「とはいっても、金なんか使わなくても周りがお膳立てしてくれるから、貯まる一方なんすよね」

「だが、金には魔力がある。こいつをバラ撒けば、大抵のヤツは俺たちにひれ伏す。それを、遥か高みから眺めるのもまた一興だ」

「さすがっすねぇ、タイタス様! 俺も早くその域に到達したいっす!」


 ラッセはとにかくパーティーのメンバーを持ち上げた。実力としては、魔剣を解放したアルヴィンの足元にも及ばないのだが、常にメンバーを褒めることで自らの居場所を確保し、救世主メンバーというブランドがもたらす恩恵を受けていた。


 そんな思惑が交差する中、一同はさらに森の奥へ。


「そろそろヤツらの根城に到着か?」


 周囲を岩壁に囲まれた細い道が続いている。

 その先には、古代遺跡のようなものが薄っすら見えていた。恐らく、あそこがゴブリンたちの住処だろう。


「クエストの依頼主はあの古代遺跡の調査を行いたいらしいから、遺跡を壊さないようにゴブリンを倒してくれとのことだったわ」

「お安い御用だ」


 五人は遺跡に向かって細い道を直進――すると、


「ギギッ!」


 頭上から声がした。


「あ?」


 ガナードたちが見上げると、岩壁の上から、少なく見積もっても百体以上はいるゴブリンたちが武器を片手に見下ろしていた。


「何っ!?」

「ど、どういうことっすか!?」


 タイタスとラッセは動揺。

 その横で、


「どうやらあたしたちは……あいつらにハメられたようね」


 舌打ちをしながら、フェリオが状況を分析する。


 実は、この森に出現するゴブリンは通常個体に比べて知能がかなり高い。

 集団で罠を仕掛け、冒険者たちを返り討ちにするのが常套手段で、ガナードたちのようによそから来た者はゴブリン退治で大金が得られると、浅はかな考えでクエストを受けていた。

 これらの情報は、地元の冒険者たちと接触し、情報を集めればすぐに発覚する。だが、アルヴィンに代わって情報屋としてパーティーに加わったミーシャはそれを怠った。その結果が、今の窮地だ。

 ゴブリンたちの策にまんまとハマり、一気に状況は悪化――したかに見えたが、救世主ガナードの顔に焦りの色はない。


「はっ! 雑魚が何匹群がろうが無意味なんだよ! まとめてかかってこいや! 俺の聖剣で皆殺しにしてやるよ!」


 ガナードが聖剣へ魔力を込める。

 同時に、眩い金色の輝きが全身を包んだ。

 神に選ばれた聖剣使いしか扱えない――光属性の魔法。

 今まさに、ガナードはそれを放とうとしていた。


「魔を滅する聖剣の光――おまえらの大嫌いなものだ!」


 岩壁の上から降り注ぐゴブリンたちを、ガナードは斬り捨てていく。それに負けまいとタイタス、ラッセ、フェリオの三人も応戦していく。


 ――だが、


「ギギーッ!」

「ぐあっ!?」


 ガナードの右肩に、ゴブリンの攻撃が当たり、その衝撃で思わず聖剣を手放してしまった。


「し、しまった!?」


 地面を転がっていく聖剣。光属性の結界魔法に覆われているため、救世主以外は手を触れることさえ叶わないので盗難の心配はないが、いくら知能があるとはいえ、ゴブリンごときに武器を弾かれたという事実が、ガナードのプライドをひどく傷つけた。


「こいつらぁ……死ねっ!!」


 落ちていた聖剣を拾って、再び暴れ始めるガナード。

 しかし、


「ぬおっ!?」


 今度は背中に激痛が走る。


「!? ガナード!? 背中に矢が!」


 フェリオの叫び声で、ガナードは自身の身に起きたことを知る。自分の目では見えないが、どうやらゴブリンの放った矢が背中に当たったらしい。


「クソが! ――っ!?」


 振り返ったガナードは戦慄する。

 岩壁で挟まれた細道の向こうから、多くのゴブリンたちがこちらへ矢を向けている。その矢の先端は紫色に変色していることから、毒矢であることが分かった。聖剣を構えようとするガナードだったが、毒矢によって全身が麻痺し、呼吸さえも苦しくなる。


「ガナード! 一旦退くぞ!」


 タイタスが叫ぶも、毒矢の効果で呼吸困難に陥るガナードには返事ができなかった。


「ちいっ!」


 タイタスはガナードを担ぎ上げると、他の三人にも指示を出し、撤退を始めた。

 背後から、ゴブリンたちの勝ち鬨ともいえる雄叫びが聞こえてきた。



  ◇◇◇



「ミーシャ! どういうことだ!」


 宿へ戻り、フェリオの解毒魔法で回復したガナードは、今回の作戦の失敗を引き起こしたミーシャを責めた。


「ただのゴブリン狩りって話だったよな?」

「そ、そうだと思ったんだけど……」


 今回のミスは明らかにミーシャの情報不足が招いたこと――だが、ガナードと長くパーティーを組んでいるタイタスとフェリオは少し腑に落ちない点があった。


「ガナード」

「あん? なんだよ、タイタス」

「聖剣に何かあったのか?」

「は? どういう意味だよ」

「これまでも似たような状況はあったけど、あんたの聖剣の力で乗り越えることができた……でも、アルヴィンを追い出すきっかけになったトロール戦の時から、聖剣の放つ魔力が弱まってきているように感じるんだけど」

「!?」


 それは、実際に聖剣を扱っているガナードも感じていたことだった。

 しかし、弱まっているとはいえ、威力絶大の光魔法。

 その光魔法を扱える世界で唯一の存在であることには違いなかった。


「……気のせいだろ。それより、次のクエストだ。今度はもっとデカい町でSランクの任務に挑む。それでこれまでの失態を取り戻すぞ」

「あ、そ、それなら、ダビンクって商業都市の近辺にギガンドスが住みついているからなんとかしたいって話を聞いたわ。しかも、あのオーレンライトが直接クエストを出したらしいの」

「! 噂のオーレンライト家か……よし! なら次はそこだ!」


 ガナードは、無理やり話題を変えて聖剣の力が弱まっていることを誤魔化す。

 この判断を後悔するのは――まだ先のこと。

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