第二百十二話 凡人による非情な戦い方な件

 ――キィィィィィン!!!


「センター!!」


 山神の打球は右中間へ放たれた。ただ予め少しライト寄りに守っていたセンターの守備範囲内であった。


「アウト!!!」


 センターがランニングキャッチし、明来の攻撃は三人で終了した。ギアの上がっている赤坂の前に攻めあぐねている。


「ナイスピッチ」


 麻布は赤坂にミットを突きつけたが、彼はそれを無視してベンチに引き下がった。


「おーおー、完全にキマッちゃってんねぇ」


 麻布はスルーされたことは気にも止めず、赤坂の状態を見てニヤニヤしていた。


『塁に出たらウゼェ兵藤は完全に赤坂に対応出来てねぇ。氷室以降はどいつもカス。二番〜五番まで徹底マークすりゃあ問題ねぇな』


 蛭逗の攻撃は八番からである。一番打者の麻布は打席に入る準備をしながら、戦況を眺めていた。


「チッ……ストレートが多くなってやがる。変化球打たせすぎたか?」


 麻布は舌打ちをした。


「麻布」


「あん?」


 麻布は声をかけられた方を向いた。そこには豊洲が立っていた。


「何だよ豊洲」


「麻布、こういう野球は止めないか?」


「何だよ、こういう野球って」


 麻布はとぼけた感じで答えた。


「サイン盗みだよ!! こんな勝ち方をして嬉しいよか?」


「チッ……誰だよコイツにバラしたの」


 麻布は小さな声で呟いた。


「別にサインを盗んでるんじゃねーよ。癖を見抜いてるだけだ。それを見抜いた俺の技術であり、逆に奴らの技術不足ってだけだろ?」


「だがそれをチーム全体で攻めるなんて……」


 豊洲の言葉を聞き、麻布は目をカッと見開いた。


「緩いこと言ってんじゃネェよ!!!」


「麻布……!?」


 豊洲は驚いた表情を浮かべた。


「敵の傷口に塩を撒くんじゃ甘めぇんだよ。ラッキーパンチだろうが、目の前で気絶させた相手に反撃されない様、両腕、両足を粉々に破壊すんだよ!! それが戦場だろうが!!!」


「……っ!!!」


 豊洲は言葉を失った。


「俺らは、お前とは違うんだよ。ただ必死にバットを振り続ければ打てる様になる天才と俺ら凡人はな。凡人は頭使って相手を蹴落とさなきゃ勝てねぇんだよ」


「……」


 豊洲は完全に俯いてしまった。


「俺たち凡人は凌牙のストレートは捨て、変化球狙いに絞っている。なーんも知らないでストレートを簡単に打ってくれたお前のお陰で迷彩になってるわ。じゃあな」


 打席に向かう準備を終えた麻布は、ネクストバッターサークルに入っていった。途中、それ以上豊洲が声をかけることはなかった。


「つか、下位打線何やってんだよ。いくらストレート比率多くなってるからって、もう少し対応しろよ」


 麻布がそんなことを呟いている間に、九番打者が三振に倒れた。前の回の七番から、三者連続三振だ。


 ただ、キャッチャー不破のぎこちない捕球シーンにとても違和感を抱いていた。


「東雲のやつ、ついに勝手をやりはじめたぞ」


「は? 何言ってんだ」


「今の捕球見ただろ? あれ、多分出てたサインはチェンジアップだぜ」


 九番打者の言葉を聞き、麻布は眉間に皺を寄せた。


「はぁ? もうバレてるってのか?」


「いや、バレてるならあんなキャッチングにならねぇだろ。あのキャッチャーのキャッチングは本来悪くねぇ。ありゃ東雲が勝手にサインと違うボールを投げてやがる」


「チッ……凌牙の奴、最悪のタイミングで自己中ピッチングを始めやがったか」


 麻布は舌打ちをした。


「一番、キャッチャー、麻布君」


 麻布は思考を張り巡らせながら、打席へと向かっていった。



 五回裏 ツーアウトランナーなし


 明来 二対二 蛭逗

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る