第百五十三話 ヒステリックすぎる件

 ――キィィン!!


「氷室ォ!!」


 氷室はイージーなサードゴロをしっかり捌いてアウトを奪った。今の五番打者も抑え、東雲はこの回も無失点で切り抜けた。



 そしてその裏の攻撃。



 ――キィィン!!!



「カット!! 三つ行かせるな!!!」


 若林が懸命に指示を出す。


 バッターランナーの氷室は二塁でストップした。覚醒状態の中谷から、何と右中間へのクリーンヒットを放った。



「ナイスバッティング!! 調子いいね氷室君!!」


「ナイスバッティング!! 続けよ駄覇!!」


 明来ベンチは追加点のチャンスで盛り上がっている。



「中谷ドンマイだ。あの四番はお前と相性が悪いらしい」



 若林がマウンド上の中谷の元へ駆け寄った。中谷は挙動不審になっていた。



「……もうダメだ」


「はぁ? ランナーが出ただけだろ。お前の今の球威なら切り抜けられるって」


 中谷が動揺する意味が、若林には分からなかった。


「逃げます」


「は?」


「次の義経は敬遠します」


「またかよ!! いくら元チームメイトで元中学MVPの駄覇だからってビビりすぎだ!!」


 若林の言葉を聞き、中谷は目を真っ赤に充血させて睨みつけた。


「そう言ってさっきも打たれた!! 義経には練習の時から打たれまくってるんだ!! 何度も何度も何度も何度も何度も!!!!!」



「どうどう……落ち着いてくれ中谷。わかった勝負を避けよう。ただし、あからさまなのはダメだ」


「どういう……ことですか」


 中谷は息を切らしながら問いかけた。



「ボール球でいいから、際どいコースを狙って投げるんだ。手を出してくれたら儲けものだ。明らかな敬遠はナインの指揮にも影響する」


「……わかりました」


 

 中谷の言葉を聞き、若林はポジションに戻っていった。



「五番、セカンド、駄覇君」


「よぉ。中谷っちと俺を抑える相談でもしてたか? 悪りぃけど次も打つぜ」


 若林は駄覇の言葉を無視して腰を落とした。



 ――スパァァン!!


「ボール」


 球はアウトコースを僅かに外してボールとなった。


 そして二球目――。


「あぁ!?」


 中谷の抜けたストレートは駄覇の身体へと向かっていた。



 ――キィィン!!


 駄覇はうまく身体を回転させ、ボールにコンタクトした。痛烈な打球はライト線僅かにファウルとなった。



「あああああ!!! 何で今のボールを打てるんだよぉぁぉ!! デッドボールになる抜け球だぞぉぉぉ!!!」

 


中谷が帽子を取り、頭をガリガリと掻いている。



「お前、なんで今のクソボールに手を出したんだよ」


 若林が駄覇に問いかける。


「ここで打てないと夏大に影響するからっしょ。中谷っちなら皇帝でも一年からベンチくらい入れるだろ?」


「お前ら……マジで先輩には敬語を使えよ」


「今日くらいは中谷っちにイヤーなイメージを持って貰えねぇと困るんだよ。中谷っちはそれ程のピッチャーだと確信しているからさ」



 そう言って駄覇はバットを中谷に向かって突き立てた。



「余裕なんだ!! 俺のボールなんて余裕だからイチローの真似なんかするゆとりがあるんだろ義経!!」



「中谷っち……これは昔からやってただろ。被害妄想も甚だしいぜ」



「ぁぁぁ……うわああああ!!!」


 中谷は声を上げながら投球フォームへ入った。



 ――その時だった。



「逃げた!!!!!」



 なんと二塁ランナーの氷室がスタートを切っていた。



 ――パシィィィ!!!


「ボール!!」


「舐めんなや!!」


 若林からの送球がサードへ放たれた。ただスタートの良かった氷室は楽々セーフとなっていた。



「これでノーアウト三塁。追い詰めたぜー、中谷っち」



 駄覇はまた、バットを中谷の方に向けて突き立てた。



 四回裏 途中 ノーアウト三塁


 皇帝 ゼロ対一 明来

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